×14 破格の時給、ぱふぱふ屋の誘惑。と、今後のお話
「エルクよ……人間が生きていくのには金が必要だ……金が無ければ人は下着すら身に着けることが出来ない……そうだよな?」
目を瞑りながら腕組みをし、諭すようにルキは言った。
「そ……そうですね……」
メイド服の短いスカートをきゅっと掴んで、引き気味にエルクが返事をする。やや動揺。
頬を赤く染め、きょろきょろと辺りを見回している。
「だからって……こんなことダメだよ……もっと自分を大切にしなきゃ」
涙を浮かべ、ルキを説得するメリル。もの凄く嫌そうな顔だ。
「メメッ、メリルの言う通りよ? コココ……こんなこと駄目なんだかららら……」
目をぐるぐる回しながら妙な手ぶりをしているのがクイナ。
誰よりも動揺が激しい。多分一番メンタルが弱い。
(みんな……どうしたんだろ?)
そんな四人の様子を不思議そうにシェリィが見ている。
現在五人はランジールの町中にいた。
とある店を見つけたルキが立ち止まり、求人の看板の前で話を振ったのだ。
「最低時給五千ディーナか……あたしはともかく他四人は間違いなく跳ね上がる。シェリィとメリルならしばらく働けば冗談みたいな額を稼げるはずだぞー!」
「わたくしもですか!? 自分で言うと悲しくなりますが、ほとんど板ですよ!? 需要あるんですか!?」
「ある! しっかりとある!」
エルクの目を見て、力強くルキは語る。
「むしろエルクみたいなのが一番好みという意見もある!」
どこの誰の意見だかは分からないが、自信満々にそう言い切った。その瞳には炎が燃えている。
「そう……ですかね……」
満更でもなさそうな顔で胸に手を置くエルク、あっさりと落ちた。
「あほかー! ルキィ! ア、アンタ子供になにやらせようとしてんのよ! それにア、アタシだって嫌よこんなこと!」
耳まで真っ赤になったクイナが怒鳴る。
それを聞いたルキは懐からチラシを取り出し、無言でクイナに渡した。
「な……なによこれ……」
息を大きく吸ってから、ルキは叫ぶ。
「ランジールの高級ステーキ店、肉三昧のチラシだー!」
「ううっ!?」
チラシには美味しそうなステーキの写真が掲載されている。
「どうだクイナ? ここで十時間も働けば、どんな高級ステーキだって食えるぞ?」
「うっ、ううう……(じゅるり)」
「ほら見ろ……一番高い肉……ドラゴンブリアンでも五万ディーナじゃないか……これを口の中いっぱいに頬張ってさぁ……味わってみたいと思わない?」
「…………おもう」
落ちた。チョロい女だ。
「ルキちゃん。いくらお金の為だからって、こういうことはダメだよ……ほ、ほら、忘れちゃってるだけで、悲しむ人がいるかもしれないよ? その人の為にも……」
なんとかルキを説得しようとするメリル。もはや彼女が最後の砦だ。頑張れ!
「なぁメリル……聖王アレス様はその生涯で愛を説き続けたよね?」
「えぇ? うん……そうだけど……」
ルキは遠い目で店の看板を見る。
「ここはね、辛い日々を寂しく生きる人たちに、愛を売っているお店なんだよ?」
「……愛を?」
完全にペースを掴まれている。非常にマズイ流れだ。
「そう、愛を。ここは決して不潔なお店じゃない。大勢の人々に癒しを与えているんだ……」
「で、でも、こんな、自分を売るなんて――」
「自己犠牲は!」
何かを言おうとしたメリルに、ルキが強く被せた。
「自己犠牲は、究極の愛だ!」
「はぁう!?」
雷に打たれたように固まってしまったメリル。これはもう駄目だろう。
最後の希望はあっさりと潰えた。
「……ねぇみんな?」
ずっと黙っていたシェリィが、店の看板を指差した。
「この……『ぱふぱふ屋』ってなぁに?」
誰も、答えようとはしなかった。気まずい空気が五人を包む。
「……やめよう……何も覚えていないシェリィに……こんなことはさせられない……」
涙を流しながら、ルキは折れた。
いったい何のお店だったんだろうね???
再び目的地へと向かい歩き出す五人。行き先は町の武器屋だ。
「申し訳ありません、わたくしの為に」
パーティーの懐事情が厳しい事を察し、エルクが謝る。
武器屋に向かっているのは、シェリィに刀を壊されてしまった彼女に、代わりの武器を買う為である。
「あー、気にしないでいいよ。エルクには百万の首を譲ってもらった事もあるしさー」
笑顔で返したのはお財布担当のルキ。
「そう言って頂けると助かります。下着まで買ってもらってしまって……」
現在エルクは文無しである。
ジュリアンテに捕まった時に、武器以外の持ち物を全て奪われてしまっていた。
しかも奪われた荷物は、ジュリアンテの所持品として国に接収されてしまったのだ。
「はぁ……わたくしの道具袋には、貴重な物がいくつも入っていたのに……」
「お? なんか面白いもんでも持ってたのー?」
「野営の道具と、腕輪を調べるために集めた資料などが主です。こちらは大体頭に入っていますが……とある剣を失ったのが痛いですね。アレは皆さんにも見てほしかったのですが」
「ちょっと待った、アンタの道具袋どんだけデカいのよ?」
ツッコミを入れるようにクイナが言った。
「わたくしの道具袋は特別な魔道具です。物のサイズを小さくして収納する事が出来ます」
「それめちゃくちゃ便利ね……」
「ええ、気付いた時には持っていたので、記憶が戻らなければどこで手に入れたのかも分からないのですが……」
「その、見てほしかった剣っていうのはどういうものなの?」
今度はシェリィが尋ねた。するとエルクは、すこし間を開けてからゆっくりと口を開いた。
「……聖剣フィルナノグ……聞き覚えはありますか?」
「ううん、まったく」
シェリィはすぐに答えた。エルクは他の三人に視線を向ける。
「皆さんはどうです?」
「あたしは知ってるよー、名前くらいだけど」
「アタシも聞いた覚えあるわね」
「わたしも……どんなものかは実際見てみないと分からないけど……」
三人がそれぞれ返事をする。
それを聞き、やはりか……と呟き一人で考え込んでしまうエルク。
「それがいったい何なのよ? 記憶喪失が重いシェリィは仕方ないとして、全員が知ってるって事は一般常識じゃないのかしら」
「いえ、常識ではありませんよ」
エルクは足を止め、淡々と語り始めた。
「少し調べてみたのですが、あんな物の情報は出てきませんでした。何人かの武器屋に見せても知らないと……しかしわたくしは知っていた、そして皆さんも……」
四人も足を止め、エルクの方を振り返る。
「これは腕輪以外の、わたくしと皆さんの共通点ですね。これらの事を考えれば、記憶を失う以前から、わたくしたちが知り合いだったというのはほぼ間違いないかと思われます」
エルクの言葉を聞いた四人は言葉を失い、それぞれ顔を見合わせる。
そして……皆一斉に笑顔に変わった。楽し気にくすくすと笑い合う。
「ど、どうしたのですか?」
予想外の反応に困惑したエルクが尋ねる。
「だって……ねぇ?」
そう言ってシェリィはルキに振る。
「今更、だよなー」
ルキはニヤニヤしながらクイナへ。
「エルク、アンタもしばらく一緒にいりゃ分かるわよ。理屈じゃないんだけど……なんとなく分かってくるから」
クイナからメリルに。
「わたしはもう確信してるよ? みんな大切な友達だったってこと」
最後に、エルク。
「あの……えっと……」
なんだか気恥ずかしくなってきてしまうが、悪い気はしない。
「これから、よろしくお願いいたします……」
ぺこりと頭を下げ、何故かそんなことを言っていた。
途中で買い食いやらなんやらしながら武器屋に着いた五人。
この城下町には武器屋がいくつかあるが、一番大きくて品揃えが良さそうな店を選んで来ていた。
「エルクー! この銀の斧とかどう? モンスターなんか真っ二つだぞー」
「重くて無理ですね」
「エルクちゃん。この輪っか可愛いよ~。えいっ」
「メリルさん、それは円月輪と言います。危ないのでわたくしの頭に投げて乗せないでください。ハゲてしまいます」
「ぎゃはは! この槍先っぽから炎の魔法が出るわよ! おもしろーい! (ブンブン、ボワァ)」
「クイナさん、商品で遊んではいけませんよ。火事にでもしたら本当にぱふぱふ屋行きになります」
武器屋でわーわーきゃーきゃーとショッピング(?)を楽しむ。
少し離れた所にいたシェリィが、片手剣を二本掴んで戻って来た。
「エルクちゃんの戦い方だとこういうものが合うかな? 軽くて片手で扱えるものが良いよね?」
「シェリィさん……流石です……やはりあなたは素晴らしい」
シェリィにだけは笑顔を見せるエルク。
褒められた理由が分からずきょとんとするシェリィ。
エルクの中で、彼女の評価が相対的に上がって行く。それも爆上がりだ。
「エルクちゃんが使ってた剣と似たものを探してみたんだけど……見つからなかったんだよね」
申し訳なさそうにシェリィは言った。
「あれは刀と呼ばれる珍しい剣ですからね……ジパングという島国に伝わる、特殊な製法で作られているそうです。そう簡単に見つかる事はないと――」
あるぜ? という声でエルクの話は遮られる。
エルクたちが声のした方を向くと、そこには武器屋の主人が。
「一本だけだがな。ジパング製の刀だ。ちょっくら待ってな」
そう言って店の奥に消えて行った。
「こいつだ、見てくれ」
戻って来た武器屋の主人はそう言って手に持っていた物を差し出す。
「これは、杖ですか?」
渡されたのは何の変哲もない、まっすぐな杖。
「そう思うだろ? 先端を握って引っ張ってみな。剣を鞘から抜くような感じでな」
「これは……」
エルクが言われた通りに先端を握り、引く。すると――
「か……刀だ。これは杖に偽装した刀……」
妖しく光る刀身が現れる。見ていると、吸い込まれそうになる程美しい刃。
「へへ、すげェだろ? ジパングでは仕込み杖って言うらしい」
「い、いくらですか? 欲しい! これは欲しいですよ!」
目を輝かせ、興奮気味にエルクは詰め寄る。相当気に入ったようだ。
「三十万だ。買えるかい?」
「さ、さんじゅ……」
がっくりと肩を落としてしまう。流石に買ってくれと頼める値段ではない。
「あー、おっちゃんよ。ちょっくら相談があるんだが……」
様子を見ていたルキが割って入って来た。
「ん? なんだ?」
「三万に負けてくれ」
いけしゃあしゃあと言い放った。
「無理に決まってんだろ!」
当然の返しだ。あまりにも舐めすぎている。
「ちっ、仕方ない。最終手段だ……」
そう呟くと、懐をごそごそ漁りながら、店の隅まで歩いて行くルキ。
そしてしゃがみ込んでちょいちょいと武器屋の主人を手招きした。
「何なんだいったい……」
追いかけて行って同じようにしゃがみ込む武器屋の主人。
ルキは無言で水晶のような物を取り出し見せる。
「これは録画水晶か? 映ってんのはあの黒髪のねーちゃんだな。これが何なんだよ」
「静かに。黙って見るんだ」
低い声でルキは言った。渋々水晶を見る武器屋の主人。
「ん? こりゃあゴブリンか? げっ! あのねーちゃんに抱き付いて……おっ……おおおお!?」
「おっと、ここまでだ」
さっと水晶をしまうルキ。焦らしが上手い。
「なぁおっちゃんよ。これとあの仕込み杖……交換しないか?」
「ば……馬鹿言っちゃいけねーよ……いくらなんでも……」
そうは言うものの、離れた所で不思議そうにこっちを見ているシェリィに目が行ってしまう。
あの映像の続きが気になって気になって仕方がない。
「冷静に考えてみなよ。これはよろず屋にでも持っていけば結構な値が付くぜ? 好きなだけ楽しんでから売ればいいんだから、悪い取引じゃないだろ?」
悪い顔で囁くように話すルキ。武器屋の主人はシェリィから目が離せない。
そして、止めを刺すように耳元で呟いた。
「脱ぐと凄いぜ? シェリィは」
決着の瞬間だった。
「喜べエルク、それ譲ってくれるってさー」
皆のところに戻って来たルキ、勝ち誇った表情をしている。
「ゆずっ!? え、なんで? どうしてですか!?」
エルク、混乱。
「ま、シェリィのおかげってとこかな!」
「……私の?」
まさか、自分の恥ずかしい姿が取引に利用されていたとは思いもよらないシェリィ。
世の中には知らない方が幸せな事もある。
「シェリィさん、よく分かりませんが……ありがとうございます」
こうして、エルクは無事新たな武器を手に入れた! シェリィのおかげで……
武器屋を出てから、五人は町の観光を始めた。
珍しい店があるたびに立ち寄り、他愛のない話で盛り上がる。
その姿は年相応の女の子たち。
ひとしきり遊び終わって、宿に戻って来たのは夕方になってからだった。
「はー、疲れたー」
部屋に戻った途端ベッドにダイブするルキ。
「ふい~デカい町はやっぱ飽きないわね~」
クイナは上着を脱いで放り投げる。おっさんみたい。
「も~クイナちゃんだらしないよ~?」
投げられた上着を拾って綺麗に畳むメリル。
「でも……楽しかったな」
「ですね」
部屋の椅子に腰掛けるシェリィ。
そしてついてきたエルクがちょこんとシェリィの膝の上に座った。
「あら、フフ……」
「あー! あぁー!」
仲良さそうに座る二人を指差して叫び出すルキ。まだまだ元気だ。
「ルキ、うっさい。それよりさエルク。そろそろ話してよ。腕輪について知ってる事と解呪の石をどう使えばいいのかについて」
ベッドの上であぐらをかき、クイナが言った。
「はい、では説明をいたしましょう」
そう、彼女たちはそのために旅をしているのだ。腕輪を外し、記憶を取り戻すために。
「まず、記憶喪失の原因ですが、それはこの腕輪の影響で間違いありません。これの名前は聖王の腕輪と言います。数はこの世に五つ、この場に全部揃っていますね」
メイド服の袖をまくり、腕輪を露出させ説明を始めるエルク。
「聖王? アレス様となにか関係があるのかなぁ?」
「そこまではわたくしにも分かりません。ただそういう名前だという事は調べて分かりました」
「呪物じゃないって言ってたわよね? だったらどうして外せなくなって記憶が無くなるのよ?」
「それは……腕輪を使った者への『代償』……」
あまり穏やかではない単語、場の空気が少し重くなる。
「聖王の腕輪は持ち主に大きな力を与えるそうです。しかし、腕輪はその見返りを求めます。それは持ち主の過去……記憶です」
「あたしたちは、腕輪の力を使いすぎて記憶を無くしたって事か」
ルキはそう呟いて考え込む。
「わたくしが調べて分かったのはここまで、これ以上の事は本では分かりませんでした。ハッキリしているのは……わたくしたちは被害者ではなく、『自らの意思』で腕輪の力を使い、その代償として過去を差し出したという事です」
「なるほどねー。自業自得ってことか」
自分の腕輪を触るクイナ。
「それじゃあ、どうしてエルクちゃんも解呪の石を?」
以前聞きそびれた事をあらためて問うシェリィ。
「はい、大切なのはここからです。今後の目的に関わってきますので」
そう前置きをしてから語りだす。
「聖王の腕輪について、あまり情報がないのには理由があります。これは昔から、妖精という種族に管理されていたからなのです」
「ちっちゃい女の子ばっかりの種族だね? 数が凄く少ないけど、寿命が長いっていう」
「その通りですメリルさん、彼女たちは人間を避けるように、森の中の城に住んで……いたようです」
「いた……?」
「……わたくしは腕輪について聞くために、妖精族の城を尋ねました。しかし、そこに妖精の姿はありませんでした」
嫌なものでも見たように、エルクは語る。
「もぬけの殻になった城は血痕だらけ……あれは……妖精たちがいなくなってしまったと言うよりは……」
皆殺しにされたかのようだった……と続けた。シェリィは慰めるようにエルクの頭を撫でる。
「その後わたくしは、誰も居なくなった城を調べてまわりました。そこで、森から少し離れた所に、妖精族の牢獄がある事を知ったのです」
「牢獄……なるほど! そこにぶち込まれてる罪人なら生き残ってる可能性があるわけね!」
「ええ、『オウカ』という者が捕らえられているようです。しかしまぁ、当然ですが……牢獄の入り口は呪術によって封印が施されていました」
「そこで……これかー!」
ルキが解呪の石を掲げた。
「はい、牢獄の封印を解くために、その石を求めて、わたくしはこの国に来たのです」
「ようやく、話が繋がったね」
「目的地はエルクが知ってて、カギは既に手元にあるわけね。なによ、楽勝じゃない」
「で、でもさ。その妖精さんは悪い人なんだよね? 大丈夫かなぁ……」
「牢獄から解放する事を条件に交渉すればいいのではないでしょうか? 彼女を牢に入れた同族は既にいないわけですし」
「い、いいのかなぁ……」
「ちょっと待ったー! そもそもその人どうやって生きてるの!? 餓死してるんじゃない?」
「妖精族は食事を摂らなくとも生きていけるそうですよ、ルキさん」
「うわ、羨ましい……」
「そう? アタシはかわいそうだと思うけどな~」
賑やかに、楽し気に、五人は話を続ける。
目的地は新たに定まり、彼女たちの過去を探す旅は続いていく……
「ところでさ……ルキちゃん」
「んー? どしたの? シェリィ」
「ぱふぱふ屋って何だったの?」
「……とっても素敵なお店だよ!」
分からない人はお父さんに聞いてみよう!