×11 雷鳴と共に 前編
カツン、カツンと音を立て、一人の少女が階段を上がって行く。
両手の指全てに指輪をはめ、スカートのベルトには鍔のない、小ぶりな刀を差していた。
何やらつまらなそうな表情で、淡々と階段を上がる。
「はぁ、ようやく頂上か。まったく面倒な……」
上がりきった先には青い空が広がっている。彼女は高い塔のような建物の、屋上に出た。
「ようこそ! そんなに小さいのにここまでよく頑張ったな? お姉さんは褒めちゃうぞ?」
黒いマントを羽織った、金髪の女が少女に話し掛ける。
「あまりにもくだらない仕掛けと、ザコばかりでしたね」
刀を抜き、女に切っ先を向け、少女は吐き捨てるように言う。
平静を装ってはいるが、その声には明らかにイラつきが混じっている。
二人の間にいったい何があったのだろうか。
「くくく、楽しんでもらえなかったようで残念だよ。だが私は君が気に入ったぞ? 私の部下にならないか? というかなれ。君が部下を全て倒してしまったせいで、私は独りぼっちになってしまったじゃないか。服はバニーガールかメイドを選ばせてやる。下着の着用は許さんが」
「黙れ、貴様と話しているとイライラしてくる……」
バチィ、と少女の体が電気を帯びる。それに反応するように、指輪の一つ一つが光りはじめた。
「くはは、君が私にキレるのはこれで何度目かな? 反抗期にはまだ二、三年早いのではないか? 可愛いお顔が台無しだぞ? 仕方ないなぁ、替えのパンツくらいは貸してあげようじゃないか。洗って返せよ?」
「ライトニングハンマァァァ! 死ねェェェェェ!」
少女は怒りで我を忘れ、強力な雷魔法を発動させて女に襲い掛かった。
……本当に何があったんだろうね?
「ふぅ、やっと着いたわね~」
城壁に囲まれた城下町、入り口の門の前で、クイナは足を止めた。
門を見上げ、楽しそうな表情。
「デケー門だなぁ、ここがランジールかー」
「ここまで長かったね……」
後から仲良さそうに歩いて来たのは、ルキとシェリィだ。
シェリィはアイラから授かった、立派な剣を背負っている。
「……よし! みんな~、印が張れたよ~。これでいつでもランジールに来られます!」
地面に手を当てて、念じていたのはメリル。
「じゃあ、みんなで一緒に門をくぐろうか」
シェリィの呼びかけで集まり。それぞれが楽しそうに門へと向かって行く。
目的はランジール王が持っているといわれる解呪の石だ。
門を抜け町へと入る。門からは長く、広い道がまっすぐに伸びており、遠くに見える大きな城まで続いていた。
その大通りの左右には様々な店が並び、町人や旅人が行き交う。
「スゲー! こりゃ歩き回ってるだけで一日中飽きないなー」
「ル、ルキ! 迷子になるんじゃないわよ!」
「一番迷子になりそうな奴に言われたー!」
「はいは~い、ルキちゃんもクイナちゃんも落ち着いて~。シェリィさん、まずはご飯にしない? えへへ……わたしお腹すいちゃった」
「そうだね。宿の部屋を取ったら、どこかで食べようか……あっ、そこに宿があるよ」
町へ入ってすぐの所に大きな宿がある。旅人相手の商売ならば、最高の場所だろう。
何をするにもまずは寝床の確保だ。四人はひとまずその宿へと向かって歩く。
そして先頭のシェリィが、入り口の扉へ手を掛けようとした瞬間――
「おっと、ワリーな。ねーちゃん」
丁度扉が開き、中から出てこようとした男と鉢合わせになる。
「いえ……お先にどうぞ」
入り口から退き、男を先に行かせた。
「へへ、すまねぇ」
男と共に、数人の男女が外へと出てくる。
それぞれが剣や槍で武装しており、女は指に魔道輪(魔法を扱う為の指輪)を付けていた。
彼等は町の入り口へと向かって歩いて行く。
「……冒険者のパーティかな?」
後ろ姿を見送りながら、ルキが呟いた。
「こんなところで? 探索するようなとこないと思うけど」
その呟きを拾ったのはクイナ。
こういった大きな国の領土では、危険な場所が手付かずで放置されている事などまずありえない。
「危険なモンスター退治とかじゃないかなぁ?」
「誰かに話を聞いてみれば……何か分かるかもしれないね」
彼等の事を少し気にしつつも、四人は宿へと入って行った。
部屋を取り、荷物を置いた四人は、宿の中の食堂へ向かった。
席に座り注文をしたところで、ルキが何かに気付く。
「なんだろアレ? デッケー張り紙だな」
席を立ち見に行ってみる。
「……ちょ、ちょっとみんな来て! はやく!」
張り紙を眺めていたルキの様子が急に変化した。
ただ事ではないと、シェリィたち三人もすぐに向かう。
「南西の塔に住み着いた魔女の討伐依頼?」
張り紙には塔までの地図も書いてある。
明らかに地元の人間ではなく、旅人や冒険者に向けたものだった。
「へー、さっきの連中の目的はこれね。依頼主は……えっ……ランジール国王バルバネスって……マジ?」
「魔女を倒し、塔を開放したものには、国王自ら望みの褒美を与える……か」
「シェリィさん! わたしたちで魔女を倒せば、解呪の石が王様から貰えるんじゃないかな!」
「そうだね。何も考えないでここまで来ちゃったから、どうしようかと思ってたけど……これならどうにかなるかも」
「……君たち、塔に向かうつもりなのかい? やめといたほうがいいよ?」
近くの席で食事を摂っていた男が、話に入ってきた。
「あそこは元々この国の兵士の訓練場だって話だ。それがふらっと現れた魔女とやらにあっさり乗っ取られちまった」
これがどういう事かわかるかい? と男は続ける。
「魔女はとんでもなく強いって事だろー? この国の腕自慢が束になってもかなわないくらいに」
ニヤっとしながらルキが答えた。
「その通り、塔を奪われたと知ったここの王は、顔を真っ赤にして精鋭部隊を送り込んだらしい」
「それで……ダメだったんですね」
「ああ、部隊は壊滅さ。面子があるから公にはしてないみたいだがな。この国の連中はみんな噂してるよ」
「なるほど、それでアタシらみたいなのに向けて、こんな御触れ出してるのね」
そう言ってクイナは再び張り紙を見た。
恐らくこれは、国が魔女に対する策を練るまでの時間稼ぎだ。
最初から旅人や冒険者にどうにか出来る相手だとは思っていないからこそ、望みの褒美を与えるなどという条件も出せるのである。
「これで分かっただろ? やめときなって、俺はもう十日以上ここにいるけどね。この張り紙を見て出てった連中は誰一人帰ってこないよ。中にはちっこいお嬢ちゃんまでいた。わざわざ死にに行くことはない」
それだけ言うと、男は席を立って出て行ってしまった。
「……でも、行くよね?」
最初に口を開いたのはメリルだ。上目遣いで、ちょっとだけ笑顔を見せて。
「もっちのろんでしょ! 魔女だろうが魔王だろうが、やってやろうじゃない」
握りこぶしを作ってウインクするクイナ。
「むしろラッキーだね。敵を倒すだけで目的のものが手に入るんだからさー」
ルキは八重歯を見せてニカっと笑う。
「うん、行こう。こんなチャンスはきっともうないよ」
最後にシェリィがしめる。四人全員が、仲間たちの力を強く信じていた。
「お待たせしましたー……あれ?」
料理を持ったウェイトレスが、誰も居なくなったテーブルの前で固まる。
「あー! ハイハイハイ! いるわよ!」
慌てて席へと戻って行くクイナ。
「……クイナー、メシ食ってたら他の連中に先越されちゃうよ?」
渋い顔で近付いていくルキ。
「っかー! なぁに言ってんのよ! 腹が減っては魔女とは戦えぬってことわざ知らねーのかしら!」
「戦う前に食ったら気持ち悪くなっちゃうと思うんだけどなー」
「もがもがもがもが……ウェイトレスさ~ん! 注文追加おねが~い」
クイナは食べながらもメニューを持ってどんどん注文していく。
大きな戦いに備えてガッツリ食べておくつもりだ。
「頼みすぎだろ! そろそろ財布がピンチなんだぞ……」
結局四人で食べてから出発しました。
ランジールの町から出て南西の方角へ、目指すは魔女によって奪われてしまった塔だ。
四人は横並びになって平原を歩いて行く。
「あの遠くに見えてるのが例の塔かー、たっけーなー」
「一応付近の地図も買ってきたけど、これなら要らなかったね」
地図で見る限り、このまま南西に進み、大きな川を渡れば塔はすぐである。
「シェリィさん、わたしに貸して? 荷物になっちゃうから宿の部屋に送っておくよ~」
「お願い、メリルちゃん」
受け取った地図が一瞬にして消える。
メリルが触れてさえいれば、人だろうが物だろうが自由自在である。
彼女がその気になれば最悪の泥棒が誕生するだろう。
「ねぇみんな、あの橋のところ……人が何人か倒れてない?」
クイナが前方に見えてきた橋を指差す。
「……急ごう」
走り出すシェリィ、三人もすぐに追う。
「大丈夫ですか!?」
橋までたどり着き、一番近くに倒れていた男へ声を掛けた……しかし返事はない。
体には鋭利な刃物によってつけられたような傷も見られる。
「良かった。意識はないけど、死んでるわけじゃないね」
追いついてきたメリルが傷を治していく。
「こっちの人も大丈夫だ。息はあるよ」
「全員が同じ状態ってわけね」
倒れている者たち全員を順番に見て、クイナは気付く。
「この連中、ランジールの宿ですれ違ったパーティーだわ……」
「塔を目指して、この橋を渡ろうとしたところで……何かあったんだね」
橋を見て考え込むシェリィ。
そうしていると……橋の向こうに一人の少女が現れる。
どこかに隠れて、こちらの様子を窺っていたようだ。
少女は何故かメイド服を着ており、指輪をいくつもはめた手で刀を持ち、こちらに近付いてくる。
スカートの丈がやたら短いので、足を前に出すたびに太ももがチラチラと見える。きわどい。
「……えっ!? あの子……レイドルで会った子だ……」
何度か目が合っていたシェリィはすぐに気付いた。
「あー! アタシらの獲物横取りした子供じゃない!」
「うひゃっ! スカートみじけー! 見える見える!」
「……みんなの知り合いなの?」
橋の中央まで歩いてくると少女は足を止め、虚ろな目をシェリィたちに向けて話し掛けてきた。
「ジュリアンテ様からの命令です。『いちいち相手するのが面倒だな? 雑魚は塔まで来させるな』、との事です」
「あ、あの。私のこと覚えてないかな? レイドルで会ってるんだけど……」
「ジュリアンテ様からの命令です。『いちいち相手するのが面倒だな? 雑魚は塔まで来させるな』、との事です」
虚ろな目で同じ言葉を繰り返す少女。明らかに様子がおかしい。
「一体どうしたの? 何故こんなところに……」
「……シェリィさん、あの子気の流れが変だよ。正常な状態じゃない」
「その『ジュリアンテ』ってのが例の魔女のことかしら? アンタそいつの手下にでもなったの?」
少女に近付いていくクイナ、すると――
「――ッ!?」
一瞬でクイナの懐に飛び込み刀を振る少女。
一番反応が早かったのはルキだ。クイナに振り下ろされた刀を短剣で受け止めた。
「みんな! 気を付けろ! この子速いぞー!」
「いきなり何すんのよ!」
怒ったクイナは強烈な前蹴りを少女に繰り出す。蹴りは少女の体を見事にとらえるが……
「チッ、浅い……」
少女は蹴りが当たる瞬間、後ろへ飛んで威力を殺していた。
少し距離をあけ、少女の体が帯電を始める。
「ライトニングスネイク」
少女がぼそっと唱えると、指輪の一つが光り、電気によって大きな蛇が四体作られていく。
「……いけ」
雷の魔力によって生み出された蛇が、シェリィたちへと一斉に襲い掛かった。
「任せて!」
剣を抜き放ち前に飛び出したのはシェリィだ。腕と剣に自身の魔力を込めていく。
「神速剣!」
凄まじい威力と速度の剣がその刹那を駆ける! 四体の蛇はあっという間に切り裂かれた。
「囮ですよ」
「えっ?」
少女はシェリィのすぐ隣を横切って行く。
ルキに勝るとも劣らぬ身のこなし、狙うは――メリル、手にした刀で素早く斬りかかった。
「させねー!」
再びルキの短剣がそれを防いだ。そして少女に肉薄するクイナ。
「今度は逃げられねーわよ」
鋼鉄の鎧すら粉砕する、正拳を放つ!
「ライトニングシールド」
少女は振り返り、雷の魔力によって生成された盾でクイナの拳を受け止めた。
「ライトニングバインド」
間髪入れずに次の魔法を発動、刀と盾から光る鞭のようなものが出現し、クイナとルキに巻き付いていく。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「しっしびしび、しびれれれれ」
「ライトニングランス」
雷の盾が槍へと形を変えていく。
片手に刀を、もう片方に雷の槍を持ち、クイナとルキを同時に攻撃した!
「そんな事したら二人が死んじゃうよ?」
クイナとルキの体が一瞬にして消える。両手を伸ばしたメリルがいた。
メリルは取り出した札を一枚少女に投げつけ、指を向け呪文を唱える。
「波動封印! 単身魔結界!」
少女に札がとりつく。同時に雷の槍が消滅し、少女の体をまとっていた電気も消えていく。
「ッ!」
咄嗟に札をはがそうとするもはがれない。
「ごめんね、少し痛いよ!」
その隙をつき、シェリィが剣の腹で殴りつける。少女は軽く吹き飛び、うずくまった。
「ぐっ……強い……ジュリアンテ様に……報告」
虚ろな目で立ち上がり、少女は橋の向こう、塔に向かって走り去っていった。
「ふぅ……何とかなったね」
「あ、あわわわ……」
「ん? メリルちゃん、どうしたの?」
「シェリィさんがあの子を殴り飛ばした時……見えちゃった……」
「……なにが?」
「スカートの中……」
「そ、そうなんだ……」
(違うんだよシェリィさん、本当に恐ろしいのは……あの子あんなに短いスカートだったのに……その中が……その中が!)
ダメ! これ以上は! と目を瞑るメリル。
見てしまったものを忘れようと、顔を横に振る。
彼女はいったいなにを見てしまったのだろうか……!
転移させたルキ、クイナと合流し、倒れていた者たちを病院に担ぎ込む。
それから少し休憩(クイナはまた食べていた)した後に、四人は再び塔を目指した。
一応警戒しながら進んだのだが、橋を渡った先に敵がいる事はなく、あっさりと塔に到着する。
「入り口は開いてるわね……」
「こりゃきっとてっぺんで待ってるタイプだぞー、あんな高い所まで登らされるんだ! 途中に糞みたいな仕掛け用意してな!」
うんざりしているルキ。嫌な思い出があるようだ。
「絶対何かあると思うし、ここにも印を張っておくね~」
塔の中へと入る扉の前、メリルが印を張るのを見届けてから、四人は中へと入った。
『くははは! いらっしゃい団体さん! 私の暇つぶしに付き合ってくれるようで嬉しいぞ? ここに入ったからには死ぬまで逃げる事は出来ないだろうから? せいぜい頑張って登ってくれ! 私は頂上で楽しみに、とっても楽しみに覗いているぞ?』
どこからともなく、うるさい女の声が聞こえてきた。
そして勢いよく閉まる入り口の扉。
魔力によって作られた、障壁のようなもので扉を守っている。
壊して逃げる事も出来なさそうだ。
「あー、やっぱりこのテのタイプか。分かってた、あたしは分かってたぞー」
ルキは大図書館の牛男を思い出していた。間違いなくアレと同じだと確信した。
ナニをさせられるか分かったもんじゃない。
「みんな~集まって~」
メリルが全員に呼び掛けた。手を繋ぎ、四人で円を作る。
「いくよ~、転移!」
シュン! と四人はその場から消え、塔の外、扉の前に移動した。
固く閉じられた塔の扉を、四人は外から黙って見つめる、じ~~~。
すると、扉はゆっくりと開き始めた。
『あの~入ってこないんですか? 面白い仕掛けがいっぱいあるぞぉ? 可愛いメイドさんもいるぞ?』
「はぁ、行こうか……」
ため息をついてから、四人は塔の中へと入って行く。
こうして、シェリィたちによる、魔女の塔攻略が始まるのだった――