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とある森のとある場所。
そこに、一匹のリスが、どんぐりを持って、走っていました。
「大変、大変だ!」
彼は、大きな声を出しながら、森の深くへと走っていっていきました。
前足で、器用にどんぐりを持ちながら、後ろ脚で立ち、勢いよく走っていきました。その姿は、どことなく、2足歩行を行う動物のように見えました。
その日は、気持ち良い晴れの日でした。森の隙間からは青空が見え、太陽の光は葉っぱを通り抜けて、湖に反射して、キラキラと湖を光らせていたました。その湖は、ドングリ池と呼ばれていました。
彼は、どんぐりを地面に落としては拾い上げ、落としては拾い上げを繰り返しました。
しかし、急いでいる彼は、その行動を何回も繰り返しながら森の奥へ、奥へと走って行きました。
「ただいま帰りました!」
彼は、どんぐり池からほど近い場所にある、自分のお家の扉を勢いよく開けました。相当な勢いだったのでしょう。びっくりして、お家のふかふかの葉っぱのおふとんで寝ていたおじいちゃんリスが、飛び跳ねて、天井に頭をぶつけてしまいました。
「おお、よく、帰ったな!我が孫よ!」
「お爺様!僕は、あなたの孫ではありません!弟子です!」
「おお、よく、帰ったな!我が出汁よ!」
「弟子です! 弟子のブラックです!」
彼は、大きな声で、目の前にいたおじいさんリスに話しかけました。でも、おじいさんリスに、話は通じていませんでした。彼のボケ具合は相当なもので、まともに会話できる日は日に日にすくなっていました。でも、おじいちゃんリスは、昔は、綱渡りの神童と周りから一目置かれる存在でした。
あの、今にも落ちそうなくらいボロボロな橋、通称オンボロ橋をほとんど揺らすことなく、渡りきれました。その姿を見た、周りのギャルリスたちが目を輝かせたのは言うまでもありません。
彼とおじいさんリスの噛み合わない会話が続いていると、部屋の奥の方から、ご婦人リスが現れました。
「あら、ブラック。お帰りなさい。騒がしいと思ったら、帰っていたのね」
「はい、ただいま帰りました、クラリスさん!」
現れたご婦人リスは、ブラックの師匠であるボケ老人リスの娘さんである。クラリスさんは、とてもやさしく、ブラックの良き相談相手になってくれていました。
「あら、なんだかそわそわしているようだけど、どうしたのかしら?尻尾の毛並みが悪いわよ」
クラリスさんは、ブラックの様子をすぐさま察したようでした。
「ああ、そうでした!師匠のボケのせいで、大事なことをお伝えそびれるところでした!」
ブラックは、師匠の寝ているはっぱのお布団の方に視線をやりました。しかし、おじいさんリスは、何事もなかったかのように、きれいな鼻ちょうちんを作って仰向けて、スヤスヤと眠っていました。ブラックは、ため息をついて、会話に戻りました。
「根っこ広場で……根っこ広場で、殺人事件が起きました!」