1 四日目の夜 その1
・シリーズ第7作の「四神会する場所 第四部」の最終章「5 四日目」
・シリーズ第8作の「今回の件に関する荒岩亀之助からの説明コメント」
は、完結済としたあと、加筆しました。
今回の第9作は、上記の加筆部分に繋がる箇所もありますので、二度手間をおかけして申し訳ありませんが、上記、ご再読の上、お読みいたただければ有り難いです。
以下も完結としたあとの加筆の際に、
第四部の最終章「5 四日目」の
「後書き」に書いたことですが、再度書きます。
丸山利菜ちゃんのイメージに合う、実在の女の子いないかな、と思って、色々と検索してみました。
この女の子だ、と思ったのは、
4000年にひとりの美少女。
昨年12月に、SNH48を卒業した、キクちゃん。
ジュー・ジンイーです。
利菜と、荒岩、豊後富士に関することは、その状況に変化があるたびに、直ちにネットにアップされた。
「荒岩、照富士部屋を出る」
「荒岩、菱形部屋に向かう。本日の件は、菱形部屋にて説明します、とのコメント」
照富士親方夫人、通枝も、このネットにアップされた記事を読んだ。
照富士部屋の、応接室のある四階から、部屋の玄関先を眺めた。
「さっきまで、あんなにいたマスコミの人、みんな菱形部屋に向かったみたい。大関、利菜さんと照也を、今晩はそっとしておいてあげたい、と思ったのでしょうね。ほんと、たいした人だわ。うちに娘がいたら、頭を下げて、もらってください、と頼みたいわね。」
通枝は、しばし思案した。
「と、なると今夜は無理と思ったけど、今夜がかえってチャンスね。明日になったら、マスコミの人、またこちらにやって来そうだし。
利菜さん、照也。今から行きますよ。」
「え、どこへ」
「決まっているでしょう。利菜さんのご両親にご挨拶よ。さっき、電話でざっと、お父様と、途中、お電話変わっていただいて、お母様には、今回のこと説明したわ。
でも、ご両親、大きなニュースにもなって、とてもご心配されていたわ。
利菜さんを、しばらくこちらでお預りさせていただきたいということも含めて、直接お願いに伺います。
それに照也」
「はい」
「あなたは、利菜さんのご両親に、今回のこと、まずきちんとお詫びして、それから、利菜さんと、結婚を前提としてお付き合いさせていただきたい、とお願いしないといけないでしょう。」
「はい、そうですね。その通りです」
幕下まで行った照富士部屋の元力士で、今は、運転手も含めて、部屋のマネージャーとなっている武田を呼び、通枝は、夜遅く悪いわね、と詫び、三人は、利菜の両親が住む、丸山の家に向かう車中の人となった。
助手席に豊後富士照也。
後部座席に、通枝と利菜。
途中、通枝は、さらに更新されたネットで、今日の件に関する、荒岩の説明コメントを読んだ。
「利菜さん、照也。今日のことに関する、大関のコメントがアップされているわ」
ふたりも、荒岩のコメントを読んだ。
利菜の眼から、また涙が溢れだした。
通枝は、そう遠くない未来に娘となる女の子の肩をそっと抱いた。
菱形部屋の前でのマスコミへの対応を終えた荒岩は、部屋の玄関の扉を開け、部屋の建物の中に入った。
荒岩が、利菜について、結婚を前提としてお付き合いしている人と話したのは、お互いの両親と、菱形部屋の親方夫妻、兄弟子の横綱、玉武蔵。そして、部屋の後援会長。
後援会長からは、では、大関の昇進披露パーティーでは、婚約のことも報告しましょう、と言われたが、
「婚約」については、正式にその場を設けて発表したいので、パーティーの段階ではまだ、と答えた。
従って、パーティーの際、利菜は、大関が今、交際している女性、と紹介された。
記者からの、婚約者ということでしょうか、という質問に対しては、会長は、荒岩が依頼したとおりの表現で答え、実質的には婚約者であることを否定しなかった。
さて、先ずは、親方とおかみさんにお詫びしなければ。
荒岩が、親方の居室に入ると、親方、おかみさん以外に、玉武蔵もそこにいた。
玉武蔵は独身で、やはり独身の横綱、羽黒蛇同様、部屋の近くにマンションを購入しそこに住んでいるが、本場所中は、基本的には、菱形部屋で寝起きしている。
親方が、荒岩に
「マスコミは、引き上げたみたいだな。どう説明したんだ」
と訊ねた。
荒岩は、記者たちへ語った説明コメントを要領よく、繰り返した。
「親方、おかみさん、大将。このたびは、誠に申し訳ありません」
荒岩亀之助は、三人に向かって、正座して、深々と頭を下げた。
「弟子が親方を騙すとはどういう了見だ、と怒鳴り付けるところだが、亀之助」
「はい」
「お前が、そういうことをする訳がない。
たとえ、お前が、あの女の子のことを思って、嘘の婚約をしたのだとしても、お前は、ここにいる三人には、そのことを説明したはずだ」
やはり、親方には通じないか。
「亀之助」
「はい」
「辛かったろう、よく耐えたな」
親方は、全てを察して下さっている。
荒岩亀之助の眼から、ポタポタと涙が、こぼれ落ちた。
荒岩は、必死でそれを止めようとした。
「亀之助、ここで我慢することはないぞ。
男が泣いていいのは、親が亡くなった時と、本気で惚れた女にふられたときだけだ」
荒岩亀之助は、・・・号泣した。
暫く、泣かせたままにしていた、荒岩の涙が収まってきた頃、
菱形親方は、また、荒岩に声をかけた。
「なあ、亀之助、場所は、まだ四日終わっただけだ。師匠としては、もう女のことは忘れて、相撲に打ち込め、女ならいくらでもいるぞ、とでも言わなきゃいかんところだ。だがなあ」
親方は、言葉を継いだ。
「まあ、あの子は可愛かったな。お前があの子をこの部屋に連れてきたときは、儂は、世の中にこんな可愛い子がいるのか、と吃驚したぞ。」
おかみさんが、親方を睨んだ。
「まあ、その何だな。今日のことが、どれだけお前にとって、ショックなことか、想像はできる。今、お前は、本場所の相撲を取れるような気持ちにはなれないかもしれん」
たしかにそうだ。
この精神状態で、明日からも相撲を取り続けるのは、辛かった。
「じゃが、どんなことがあっても、プロの力士は、土俵を投げ出す訳にはいかない。ましてや、お前は、協会の看板、大関なんだからな」
「はい」
「なあ、亀之助、例えば、ここでお前が場所を休む、休まないまでも、このあと負けが混む、誰が一番辛いと思う」
誰だろう、今の荒岩には、そこまで気がまわらなかった。
「利菜さんじゃよ。今日のお前は、実に男らしかったぞ。お前のような弟子を持てて、儂は嬉しい。
なあ、亀之助、辛いだろうが、頑張れ。他の誰のためでもない。お前が本気で惚れた女のために、最後まで男を見せてみろ。」
「はい」
親方の言葉は、荒岩の胸に沁みた。
「荒井」
今まで、黙って、親方と荒岩の会話を聞いていた玉武蔵が声をかけてきた。
「どうだ。今から行くか、ベルサイユに。パーと行こう、パーと。今夜は、全部俺が奢ってやるぞ」
「・・・大将、今夜はちょっと。」
「その気にならんか。詰まらん奴だな」
大将は、大将なりに、俺を慰めてくれているのだろう・・・たぶん。
ソープか。
荒岩亀之助は、それほど前にあったという訳ではない、利菜との会話を思い出した。
「敏昭さん」
利菜は、付き合い出して最初の内は、亀之助さんのままでもいいですか、と言っていたが、そのうち、本名で呼ぶようになり、そっちで定着した。
「はい」
「敏昭さんに関する雑誌の記事を読んでいると、時々、「ソープの義弟」とか「泡だらけの純情」とか書かれているのですけど、これどういう意味なのでしょうか。」
荒岩亀之助は、慌てた。どう答えればいいのだ。
ソープも知らないのか、利菜さん、お嬢さんだものなあ。
そうだ、大将だ。全部、大将のせいにしよう。横綱で兄弟子、そんな人に誘われたら、どんなに嫌でも断れないのです、そう答えよう。
「あの、私にこんなこという言う資格がないのは、自分でもよく分かっています。でも、敏昭さんには、もうそういう場所に、行くのやめてもらえたら、私、嬉しいです」
何だ、知っていたのか。
「はい、もちろん、もう金輪際、そんなところには行きません」
この会話、利菜さんと付き合っていた間に交わした言葉のなかでも特に嬉しかったな。
そして、荒岩の答えを聴いたあとの、利菜の柔らかい笑顔。
あの笑顔を、俺は、もう見ることができないのだ。




