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【ギャグ満載の本格推理】瀬川歩の事件簿  作者: 瀬川歩
【問題編】鳥籠の姫君
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第7話 鳥籠病(後編)

「もう一つはワクチンの取り扱いが非常に難しいことです。

翔子さん、ワクチンの仕組みを知っていますか?」


「多少は――毒性を弱めた病原体を

体内に注入することにより抗体を作り、

特定の感染症に対する免疫を獲得する。


インフルエンザのワクチンなどはこの仕組みだとか」


「その通りです。

一方で、ワクチンとはいえ、

病原体が体内に入ることから、

副反応――副作用とも言いますが、

それが起きる可能性があります。


副反応は軽いものだと発熱、

注射で摂取した場合は注射箇所が赤くなるなどです。


しかし、重いものだと、

注入した病原菌によって、

本来予防するはずだった病気が発症してしまう。


こんな本末転倒な話はありません。


最近、ポリオワクチンが問題になりましたね。


ポリオの生ワクチンの摂取を受けた健常者が、

副反応としてポリオを発症してしまう。


これと同じことが

鳥籠病のワクチンでも起きる可能性があるのですよ」


「要するに、失礼ですが、

鳥籠病のワクチンは不完全なものだということですか?」


「効力に関しては完全といっても構いません。

このワクチンを定期的に数回摂取すれば、

鳥籠病の感染を完全に予防することができます。


しかし、鳥籠病のワクチンは経口摂取型、

つまり口から飲んで効力を発揮するタイプなのですが、

もし不慣れな医師がミスを犯し、

ワクチンの摂取量が多すぎれば、

摂取した人は容易に鳥籠病が発症してしまう。


さらに、極端に大きな量を摂取すれば、

鳥籠病の最たる症状である呼吸筋麻痺を

即座に引き起こし、呼吸困難で死亡する。


フグ毒とほとんど同じ働きをするんですよ。


また、適量を摂取したとしても、

副反応として、軽度ですが発熱や倦怠感などの症状が

生じてしまいます。


――そんな取り扱いが難しいワクチンを誰が摂取しますか?」


心底悔しそうに山本は漏らす。


「それでは、どうして発表したのですか?」


医学的に素人の翔子は

鳥籠病のワクチンの開発が

医学界にどの程度のインパクトがあるのか

わからなかったが、話を聞く限り、

まだワクチンの取り扱いが難しい現段階では

発表を控えてもいいように思えた。


「スポンサーが欲しかった……。

鳥籠病のワクチンを学会で発表し、

研究の成果を世間にアピールすれば、

製薬会社がスポンサーに付いて

研究開発を援助してくれる、

そう我々は期待していたんですよ……。


何しろ、鳥籠病の治療法の研究開発には

年間三千万以上もの莫大な費用が掛かる。


それを旦那様は愛する娘のために、

全て個人で負担しておられる。


最近事業がうまくいっていない旦那様は

いずれ研究費が尽きるでしょう。


しかし、娘のために研究開発を辞めるわけにはいかない。


スポンサーが資金援助してくれれば、

少しでも長く研究が続けられる。


私達はそう願っていたのです。


――しかし、世間の反応は芳しくなかった。


製薬会社の知り合いに聞いたところ、

今まで百人程度しか患者がいない鳥籠病の研究は、

たとえ成功したとしても、

ワクチン、治療薬共に商業利用の可能性が見込めず、

投資リスクが非常に高い。


まともな製薬会社が

そんなところに投資するわけがない。

そう言われました……」


近年の不景気で、

様々な事業を営んでいた権蔵が

相次いで事業から撤退していることは翔子も知っていた。


鳥籠病の研究を続けるために、

少しでも多くの資金を集める必要が、

権蔵と山本にはあった。


鳥籠病に関する一通りの説明を終えた後、

山本は決意を込めた力強い言葉を発する。


「たとえ何をしてでも……、

私達は研究を続けてみせる。

いつか、春香様をお救いする、

その日まで……」


最後に山本はそう話し、翔子と分かれた。


権蔵も山本も心から春香を愛し、

鳥籠病の治療法を発見するために、

日々奔走している。


そんな彼らに影響されたのか、

自分も少しでも春香の支えになってやりたい。


春香は私に深い憧憬を寄せている。


自分と話すことで、

少しでも喜ばせることができるなら……、

そんな慈愛の精神が翔子に宿り始めていた。


まるでアイドルみたいだなと自嘲気味に笑い、

翔子は春香の部屋に戻った。


翔子が春香の部屋に戻り、

入り口の扉を開けると、

春香はベッドの上から、

困ったようにはにかみながら翔子を出迎えた。


権蔵や山本と長く話しすぎたため、

問題を出してから、

既に一時間以上経過している。


しかし、遅れてやって来た翔子を責める素振りはなく、

春香はまるで宿題やっていない小学生のように、

何かをごまかすような笑みを浮べている。


「その様子だと、どうやらまだ答えには辿り着いていないようだね」


「降参です。私には難しいようですね」


「わかった、それでは解決編といこうか」


翔子が解決編を話し終えると、

春香は答えに辿り着けなかった己の不甲斐なさを嘆く。


「また私の負けですね。

負けてばかりですね、私は……。

才能がないのでしょうか……」


「そう悔いることはない。君は筋がいい。

少しずつだが、正解に近づいている。

このまま成長すれば、いつか私にも勝てるさ」


そう慰め、翔子は右手で春香の頭を優しく撫でる。

子供扱いする翔子に、春香は照れながらも、

嬉しそうな表情を浮かべている。


「翔子さんのお話はとても面白いです!

もっといろんなお話を聞かせてくれますか?」


病気で他人に迷惑を掛けた申し訳無さから、

常に控えめに暮らしわがまま一つ言わない春香が、

珍しく自らの望みを口にする。


勇気を出したそんな彼女の要望に翔子は笑顔で応えた。


「そうだな、次は――」


もはや、翔子の心から現状への不満は消え去っていた。


こうして、二週間後に迫る遺産分割会議まで、

彼女達は常に寄り添い、

その様子は、まるで実の姉妹のように微笑ましかった。

本小説は毎日22時に更新する予定です。

少しでも気に入って頂けたら感想・レビュー頂けますと嬉しいです。

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