第5話 権蔵の人間性
「それは承知しています。――二週間後にこの屋敷で、
遺産分割に関する最終会議が行われます。
一年も掛かりましたが、
ようやく御堂家の相続問題は終わりを迎えようとしているのです。
分割方法さえ確定すれば、
もはや弟達には私を殺す動機はなくなります」
権蔵の言い分は最もである。
権蔵を殺しても、春香がいる限り、
その他の親族の相続財産は増えることはない。
そのため、遺産分割の内容が確定すれば、
もはや親族が権蔵の命を狙うことはなくなるだろう。
もっとも、権蔵には春香がいるが、
弟達はまだ三十歳頃と若く、全員独身だった。
彼らが死亡すれば、妻も子供もいないため、
彼らの相続分は必然的に権蔵に回ることになる。
遺産分割協議が終わったとしても、
厳密には権蔵だけは兄弟を殺害する動機があった。
勿論、そんな失礼なことを依頼人に対して口にする程、
翔子は無神経ではない。
「しかし、もし脅迫状の送り主が親族ではなく、
赤の他人が出していた場合は……」
「その点はご安心ください。
翔子さん、私は相続問題が収束次第、
あなたに犯人を突き止めてもらう予定です。
どうかそれまでは、ごゆっくりとこの屋敷に滞在してください」
権蔵の言い分の全てに納得がいったわけではない。
二週間後の会議までに、
脅迫状の送り主を特定し、
もし犯人が身内であれば、
それをネタに遺産分割で自分に融通を図るように脅迫したほうがいいのではないかと、
探偵にあるまじき発想が翔子の脳裏を過る。
権蔵の発言の全てを鵜呑みにするわけではないが、
自分が雇われた理由について、一応の説明を受け、
それなりの事情を察した翔子はこれ以上反論するつもりはなかった。
「わかりました。
それでは、この二週間、私はボディーガードとして、
周囲を警戒することに専念します」
「ああ、理解してくれてありがとうございます。
――あと、これは身勝手なお願いかもしれませんが、
できる限り、春香の話し相手になってください。
幼い頃から体が弱く、
満足に学校も通えないあの子の人生は孤独に満ちており、
決して楽しいものではなかった。
しかし、あなたが屋敷に来てからのあの子は本当によく笑うようになった。
あの子の笑顔が見られただけでも、
あなたを雇ったかいがあったというものです」
権蔵は心から嬉しそうに翔子にそう感謝の言葉を述べる。
さっきまでの会話は欺瞞に満ちているように感じたが、
最後の一言だけは権蔵の本心だと、翔子には思えた。
権蔵は会社の部下や屋敷の使用人、
親族には感情の起伏の激しく厳しい経営者だが、
春香だけは心底大切に思っており、
何がなんでも守り抜きたい存在なのだろう。
だから、春香が慕っている私にも丁寧に話してくれる。
翔子は今日の対話で、権蔵の本性を垣間見た気がした。
権蔵の部屋を去り、春香の部屋に戻る途中で、
翔子は御堂家の主治医として屋敷に住み込んでいる、
山本優作と遭遇した。
「山本さん」
翔子は山本に声を掛けた。春香の病気について聞きたかったのだ。
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