第4話 翔子の名声
「それは前にも言ったでしょう。現状のところは屋敷で待機していてください」
「そうです。恥ずかしいことですがね。
――私が言いたいのは、今御堂家の誰かが死ねば、
確実に生きている兄弟が得をするということです。
私には子供がいるために、
弟達が受け取る相続財産の額が増えませんが、
私が死ねば、分割方法については
少なくとも残りの兄弟が主導権を握ることになるでしょう」
民法には代襲相続という規定があり、
第八百八十七条二項に、「被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、(中略)
その者の子がこれを代襲して相続人となる」と記されている。
つまり、いま権蔵が何らかの事情で死んだとしても、
その子供の春香が、本来権蔵が相続するはずだった光太郎の遺産を
相続することができる。
ゆえに、権蔵が死んだとしても、
残りの兄弟の相続分は変わらないが、
病弱で社会経験の乏しい春香が
遺産分割で他の相続人とまともに交渉できるとは到底思えない。
権蔵の兄弟に言い包められ、
名目上の資産価値はあるが
実際には使いものにならない土地や株を割り当てられることは確実である。
「確かに、脅迫状は私だけでなく、
弟達にも宛てられていました。
しかし、私は弟達の自作自演の可能性があると思っています」
権蔵の弟が、御堂家全員の命を狙うと見せかけて、
実は権蔵を殺すために脅迫状を兄弟全員に送りつけた。
権蔵はこの可能性を懸念しているとのことである。
「もし脅迫状の送り主が弟の誰かだと判明した場合、
私は弟を警察に引き渡さなくてはなりません。
しかし、私の命を狙ったとはいえ、私はそんな弟が不憫で仕方がありません」
権蔵が大げさに頭を抱えながら同情の言葉を口にするが、
翔子にはそれが演技のように見えた。
翔子が屋敷に滞在してから二週間しか経っていないが、
この当主が屋敷に仕える者に、理不尽な言い掛かりで怒鳴り散らす光景を
鳴海は何度も目撃している。
今年で五十二歳になる権蔵は、
今は歳相応に落ち着いてみえるが、
その実は感情の起伏が激しく、
何事も自分の思い通りにならないと気が済まない性格だった。
その傲慢な性格から権蔵は弟達から嫌われているらしい。
遺産問題がそもそも揉めているのは権蔵のせいではないかと、
一部の使用人は言っていた。
そんな男が自分の命を狙った弟を許すものだろうか……、
翔子のそんな疑念も至極妥当である。
おそらく御堂家の体裁のために、
私に犯人を突き止められることを恐れているのだろう。
御堂家は代々続く由緒ある家柄であり、
大地主の名家として、
周辺地域に名を馳せている。
そんな御堂家から犯罪者が出ることは、
先祖が今まで築きあげてきた名声を失墜させることになる。
それだけは、現当主である権蔵は何が何でも避けなければならない。
そんな打算が働いているのだろうと翔子は当たりを付けた。
「それでは、何故私をお雇いになったのですか?」
「翔子さん、あなたは最高の探偵だ。
その勇姿は新聞やテレビで何度も取り上げられ、
あなたの功績は日本人なら誰でも知っています。
その才能、嗅覚は他の追随を許さず、
警察でも手に負えない難事件を何度も解決したと聞いています。
今まで携わった事件で犯人を逃したことはないと――」
そう言われて、翔子もようやく自分の役割に気付いた。
もしかして自分は探偵としての能力を買われたというよりも、
その評判が理由で雇われたのか。
あらゆる犯罪者は飛鳥翔子の前から逃れることはできないという評判。
だとすると、自分の役割は……。
「私は一種の抑止力ということですか――」
「さすが明晰な方だ。そうです。
名探偵と誉れ高いあなたが目を光らせているなか、
誰が殺人事件など起こすでしょうか。
私は弟達にあなたをボディーガードとして雇ったと、
既に伝えています。
あなたがこの屋敷にいる限り、
弟達が凶行に及ぶことはないでしょう」
「――しかし、私はいつまでもこの屋敷に滞在しているわけにはいきません」
翔子は御堂家の屋敷にいるのは長くとも一ヶ月までにしようと決めていた。
一つの依頼に時間を掛け過ぎるわけにはいかない。
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