第10話 ツチノコの正体
「おそらくですけど、吉田さんの息子の優人さんだと思います。大学生の息子がいると言ってましたから」
「ちょっと待て。なぜそう断定できる?」
歩があっさりともう一つの事件の被害者を、吉田の息子の優人だと断言したので、私はその理由を訊いた。
「吉田さんの話では、午後十一時過ぎに帰宅した息子の優人さんはお腹を抑えていたそうです。おそらく、誰かに腹部を刺され、その部分が痛むので、お腹を触っていたのでしょう」
「理由はそれだけか?」
「いえ、これだけではありません。吉田さんは優人さんが昨日帰ってきた時から、突然、冷たくなったと言ってました。一昨日までは仲が良かったのにと。それも、もう一つの傷害事件が原因です」
「どういうこと?」
まだ先がわかっていない奈央が歩に訊く。私は何となくその先を想像できていた
「包丁で刺されて倒れていた人物が優人さんだったとしましょう。優人さんは公園で誰かに刺されて、倒れていた。そこへ、ランニングをしていた母親が自分を発見した。当然助けてもらえると思った息子は必死に声を絞り出して助けを求める。しかし、母親は驚き逃げてしまった。命の危機にあったにもかかわらず、母親に無視された優人さんは、相当な恨みが溜まったんだと思います。憎悪と呼べる程の感情にまで達したのかはわかりませんが」
「そういうことだったの。母親は倒れている自分を見て気付かないどころか、驚いて逃げ出したんだから、優人さんが腹を立てて当然ね」
「歩、優人さんが警察に行かない理由は、もしかして吉田さんの家から紛失した包丁が関係しているのか?」
私の問いに歩が頷き、肯定する。
「吉田さんの家でなくなった包丁、優人さんが刺されたにもかかわらず警察に行かない理由。二つを合わせると見えてくるものがあります」
吉田さん達が帰って本当に良かったと呟き、歩は話を続ける。
「もう一つの事件では、優人さんが包丁を持って誰かを刺そうとしたんです。その誰かはわかりませんし、犯行に至る動機は不明ですが。優人さんは、まず、ターゲットを黒金公園に呼び出した。時間は午後九時頃でしょうか。人に見られたくなかったので、薄暗くて夜中に人が寄りつかない黒金公園に。念を入れて、さりげなく、ベンチの裏の茂み付近にターゲットを誘導したのでしょう。二人の間にどのような話し合いが行われたのかはわかりません。ただ、優人さんは事前に包丁を持って行っていることから、最初から穏便に済むとは思っていなかったのでしょう。話し合いは紛糾し、怒りに身を任せた優人さんは、用意していた包丁でターゲットを刺そうとした。しかし、その犯行は成功せず、ターゲットは激しく抵抗した。二人がもつれるうちに、優人さんの腹部に包丁が刺さってしまった。それが、もう一つの事件の真相です」
「つまり、優人さんは誰かを刺そうとした結果、その誰かの正当防衛で傷を負ったってこと?」
「この場合、過剰防衛かもしれませんが。そして、優人さんを刺して返り血を浴び、自らの指紋の付いた包丁を持って逃げる犯人を、奈央さんは目撃した」
「なるほどねー。その犯人の服装が緑のパーカーに黒のジーンズだったのね」
「そういうことです。以上の経緯で優人さんは刺された。だから優人さんは包丁で刺されたにもかかわらず、事件のことを警察に話すことができなかった。そうすれば、自分が最初に包丁を持って行き、ターゲットを刺そうとしたことが明らかになってしまう。このまま、誰にも言わず、事件を収めよう。そう考えているんだと思います」
「吉田さんが言っていた、優人さんの服装が、昨日の朝出かけた時と、夜に帰った時で変わってたというのも、優人さんが事件を隠蔽するために服を着替えたのか」
「その通りです。今回の二つの事件を通じて、一人だけ事件の前後で明らかに服装を変えた人がいます。葵さんと奈央さんは最初事件のことを話し合っていた時に、誰かを刺して返り血を浴びた犯人が服装を変えたのではないかということが話題になりましたが、血で服が汚れるのは犯人だけでなく、刺された被害者も同様です。優人さんも、誰かに刺されて服に付いた血痕を隠すために、服を着替えた。おそらくは吉田さんが逃げ出した後で、何とか力を振り絞って携帯電話で友人に連絡をしたのでしょう。優人さんは友人に頼み、着替えの服と包帯などの治療道具を持ってきてもらった。そして、黒金公園で出血箇所を治療し、その上に包帯を巻き、血液が付着した服から友人が持ってきた服に着替えて、家に帰った。これがもう一つの傷害事件の全貌です」
歩はもう一つの事件について、その全貌を解き明かす。奈央は歩の提示する真相に納得していたが、私は元々歩に反発していたせいか、まだすっきりとしない。歩の推理にどこか粗がないか考える。あっ、そうだ。歩の推理には欠けているものがあるぞ。
「歩、お前の推理はそれなりに信憑性がある。だが、まだ足りないものがあるな」
「何ですか、それは?」
自らの推理にケチをつける私に対して、歩は嫌そうな顔をせず、嬉しそうな笑みを浮べている。どうやら、歩自身もまだ話し足りないようだ。
「証拠だよ、証拠。お前の言う通り、黒金公園で傷害事件があったっていう証拠はどこにあるんだ? それがない限り、お前の推理は与太話の域を出ない。それらしい理屈をごちゃごちゃ並べて、受け手を納得させようとする単なる評論家と同じだ」
「葵さんは僕の推理を裏付ける証拠を出せと仰るのですか?」
「そうだ、そんなものあるならの話だがな」
そんなものあるわけない。例えあったとしても、傷害事件が起きた公園に足を運んでいない歩がそれを手に入れる機会はない。そう、私は高をくくり、高飛車な笑みを浮かべた。歩の悔しがる顔を見て、偉そうに自らの推理を語る歩の鼻を明かすつもりだった。そのつもりだったが、
「それでは、僕が今証拠を持っていると言ったら、どうします?」
「へっ……」
予想外の歩の一言に私は素っ頓狂な声を上げる。
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