第8話 ツチノコマダムの存在
「まずは、葵さんの言う、犯人がパーカーを二回着替えた理由について、お話しましょう」
「犯行時、奈央が目撃した時、逮捕時に萩原のパーカーの色が青、緑、青と変わっていたことだな」
「正確にはそうではありません」
「さっきも葵さんに言いましたが、実は逮捕された萩原はパーカーを一度も着替えていないのです」
「「へっ?」」
歩のこの発言には、私も奈央も目を丸くして驚いた。
「どういうことだ?」
「つまり、大澤さんを刺した萩原さんと、奈央さんが見た人物は別人物ということですよ」
「なにぃ!?」
「なんで私より葵が驚くのよ……」
「こう考えれば、一連の不自然な出来事の説明がつきます。萩原さんは犯行を目撃された時、警察官に逮捕された時、青のパーカーを着ていたことから、ずっと青のパーカーを着ていたのでしょう。脅しのために包丁を持って行ったのか、最初から傷つけるために包丁を持って行ったのかは、わかりませんが、そもそも着替え用の緑のパーカーを持ってはいなかったし、ましてや公園に隠したわけでもない」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「簡単な話です。なぜなら、萩原さんは黒金公園を横切ってはいないからです」
「歩。お前の発言に根拠はあるのか?」
「あります。葵さん、さっきのツチノコの話を覚えていますか?」
「勿論だとも……。あっ! そういうことか」
私は、歩の口からツチノコの話題が出て、頭の中に引っかかっていたことが、何であるかにようやく気付いた。
「萩原さんが起こした傷害事件は黒金公園の西口で起きている。しかし、奈央さんは東口から出てくる人物を目撃した。東口から出てきた人物が萩原さんだとすると、萩原さんは公園を横切っていなければならない。それも、大澤さんを刺した午後九時四十二分から、奈央さんに目撃される午後九時四十五分までの間に」
「しかし、その時間には、ツチノコマダムである吉田さんがランニングで疲れて、公園のベンチで休んでいた――」
「その通りです。吉田さん曰く、午後九時四〇分から五〇分まで公園のベンチで休んでいた。もし、人を刺して慌てて逃げた萩原さんが公園を通り抜けたなら、公園の中央に設置されたベンチに座っていた吉田さんが目撃しているはずです。西口から東口に行くにはどうしても公園の中央を通らなければなりません。薄暗い公園とはいえ、見逃したとは考えられないでしょう」
「確かにな」
「ちょっとどういうこと? ツチノコって何?」
吉田さんのツチノコの話を全く聞いていなかった奈央に、私は事情を説明した。
「へえー、そんなことがあったんだ」
「あったのよ。私達の隣でね。あんたはゲームに夢中で全く聞いていなかったみたいだけど」
「えへへ……」
私がそう言うと、奈央は気まずそうに苦笑いした。
「でも、だとすると私が目撃した人はいったい誰なの? それに、黒のジーンズ、血痕の付いたパーカーに包丁。大澤さんを刺した萩原さんに外見が似ているようだけど。これって偶然?」
「いえ、偶然ではありません」
ようやく、歩が事件の核心を解き明かす。
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