第7話 歩、さらに質問をする
その少年は瀬川歩という名前らしい。私達はニ年生だから、同じ高校に所属する、正真正銘の後輩である。
十二月に行われる期末試験が近いので、試験勉強するために、「ペナント」に寄ったらしい。
初対面だが、既に少年が私と奈央を名前で呼んでいるため、三人とも名字ではなく、名前で呼び合うことにした。
「歩君、質問って何?」
「質問は二つあります。一つ目はその公園から出てくる人物を目撃した時、奈央さんは一人でしたか? 周りに同じように目撃した人はいませんでしたか?」
「誰もいなかったわ。私一人だったと思う」
「なるほど。それでは二つ目の質問です。奈央さんの家は黒金公園のどちらの出口から近いですか? 東口ですか、それとも西口ですか?」
「また同じ質問か! ツチノコマダムと同じじゃないか」
「ツチノコマダムって心の中で吉田さんのことを呼んでいたんですか……。それだと、何だかツチノコに似ているマダムみたいですね」
「うるさい! 奈央の家はさっきのマダムと一緒で東口方向だ! いつも塾から公園の東口の脇を通って帰っているんだ! そうだよな、奈央」
「うん。昨日も公園の東口の脇を通ろうとした時に、話に出てきた人を目撃したの」
「そうですか」
奈央に質問をした後、歩は少しの間、両目を閉じた。結論は出ているが、どういった順番で説明しようと悩んでいるのか。
痺れを切らした私が、歩に早く謎を解くように急がす。
「歩。そろそろ話してもらおうか。どうして萩原が二回パーカーを着替えたのか」
「わかりました。でも正確には、僕が今から話すことと、葵さんの言ったことは違いますね」
「どういうことだ?」
「それは今からお話します。その前に……」
「その前に?」
「葵さん、喉が渇いたので、コーヒーを一杯おごってもらえませんか?」
「なんだとお!」
歩の飲んでいたアイスコーヒーのグラスは既に空になっている。
「事件の全貌を語るには喉が渇き過ぎていて……。中途半端に終わったら、嫌じゃないですか。それに事件を解決するんだから、このくらいの報酬はあってもいいでしょう?」
さっき私に罵倒された意趣返しと言わんばかりに、歩がコーヒーをせがんできた。
「何て憎たらしい奴……」
口では文句を言いつつも、私は歩のためにアイスコーヒーをカウンターで注文してやった。勿論、ただ注文するだけではない。歩に見えないように、受け取ったコーヒーに大量のガムシロップを投入してやった。くっくっく、上級生をパシらせた代償を受けるがいい。
「ほらっ、歩。アイスコーヒーだ。ありがたく受け取れ」
私は優しく言って、歩にコーヒーの入ったグラスを差し出した。歩はコーヒーにストローを挿し、飲むのかとおもいきや、
「やっぱり上級生にコーヒーをおごってもらうのは、申し訳ないですね。このコーヒーは葵さんに差し上げます。その代わり、お金を渡すので、もう一つアイスコーヒーを買ってきてもらえませんか?」
歩はまるで上級生に気を遣った可愛い後輩のように、申し訳ないと言った口調で私に二百円を渡した。
こいつ、私がアイスコーヒーに大量のガムシロップを投入したことに気付いているな! 鋭い奴め。私の嫌がらせを逆に利用してくるとは。愛らしい笑顔をしながら、なんて腹黒いやつだ!
私はそれまで飲んでいた、私と奈央と歩の三人分のグラスをトレイに載せ、カウンターへ返却してから、再度アイスコーヒーを二つ注文した。
アイスコーヒーを二つ、両手で持って来て、私達の机に一つ、歩の机に一つ置き、私がさっきガムシロップを注ぎ込んだアイスコーヒーは奈央の前に移動させた。
「奈央、あんたも喉が乾いたろ。これを飲みな」
「うわあ、葵ちゃん。ありがとう」
奈央はおごってもらったことに喜び、ストローに口を付けて、アイスコーヒーを吸い上げた。
「このコーヒー甘っ!」
コーヒーを口に入れた奈央は、予想外の甘さにごほごほと咳き込んだ。
親友に糖分たっぷりのコーヒーを押し付けることに成功した私は、満面の笑みを浮かべて歩の方に顔を向けた。歩はちょっと引いていた。
私は自分の席に座り、アイスコーヒーを一口飲んだ。さて、おふざけはここまでにして、そろそろ真剣に歩の話を聞くことにしよう。
歩も私と同様、アイスコーヒーにストローを挿し、笑顔でコーヒーを飲んでいる。
んっ、そう言えば、歩は私にコーヒーをせがむ前に、事件を解決する報酬がどうとか言っていなかったか。いったい何のことだろうか。萩原が大澤を刺した事件は既に解決したはずだ。
私は疑問に思って、歩にそのことを聞こうとしたが、私が口を開く前に歩はストローから口を離し、私達の方を向き、自らの推理の開始を宣言した。
「それでは、解決編といきましょうか」
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