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【ギャグ満載の本格推理】瀬川歩の事件簿  作者: 瀬川歩
【問題編】手裏剣事件
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第6話 1年A組の推理(前編)

「――先生、ちょっと私から話したいことがあるので、いいですか?」


 CDがなくなり、本来行うはずだったこともなくなったため、取り敢えず生徒に自習を指示していた荒木に山田が声を掛けた。


「ん、まあやることもないし、いいだろ」


 あまりにも自信に溢れている山田の顔を見て、担任の荒木も成り行きを見守ることにしたようだ。


 荒木は中央の教卓から窓際に移動し、置いてあった椅子に座った。


「皆、ちょっと聞いてちょうだい」


 荒木の代わりに教卓の上に立った山田が言った。


「ちょっと山田さん! パンツ見えてるって!」


「えっ、うそっ!」


「本当に教卓の上に立つなよ……」


 今度こそ、教卓の上ではなく後ろに立った山田は、気を取り直して言った。


「皆、今日のホームルームの時間に掛けるはずだったCDが盗まれたことは、既に知っているわよね。実は盗まれたCDが発見されたお昼休みの残り時間、及びさっきまでの休み時間を利用して、警備員の方々や先生方に、体育の時間に怪しい人間を見なかったか、不審な出来事はなかったか聞き込みをしてきたの」


「へえ、やるじゃないか」


 桂が感心したように合いの手を入れる。実際、CDが発見されてからの山田の行動力は目を見張るものである。


 大切にしていたCDが壊されたという衝撃的な事実に一旦落ち込みはしたものの、すぐに立ち直り、休み時間に友人と協力して、短い時間ながらも可能な限り、教師、警備員、生徒に聞き込みを行った。おそらく、CDが盗まれた悲しみよりも、犯人への怒りが勝っての行動だろう。


「こいつは名探偵の登場だな。――よし、俺が助手役をやってやろう」


 桂は助手役を買って出る。助手というか、山田が円滑に話しやすいように適宜クラスメイトを代表して質問を行うつもりなのだろう、一番後ろの自分の席から山田の横に移動する。


「それで、何かわかったのか?」


「その前に、このクラスで起きた事件をまとめましょうか。体育の時間に何者かが教室に入り、今日のホームルームで掛けるはずだった4枚のCDを盗んだ。さらに、犯人は盗んだCDを焼却炉の前まで運び、ディスクは粉々にしてばら撒き、ケースは焼却炉の中に投入して燃やした。ここまでは皆、大丈夫よね?」


「そうだな、特に問題はないだろう」


 桂を始め、クラスメイト全員が同意する。


「そして、体育の時間の前には、CDがそれぞれの鞄の中にあったこと、昼休みが始まってすぐに焼却炉の前でCDが発見されたこと、以上から犯行時刻は体育の授業が行われていた3時間目、つまり、午前11時から12時の間、犯人が教室をCDから盗んで焼却炉に捨てる一連の作業はこの時間帯に行われた。これもいいわね?」


「そこまでは大丈夫そうだな。それで、聞き込みに行った結果、わかったことを話してくれるか?」


 桂が山田に話の続きを促す。


「ええ。まず一つ、体育の授業が終わる12時まで、警備員の人達は不審な人間は校内に入らなかったと言っていたわ」


「それはそうだろ。そんなやついたら大事件だからな」


「一応確認しといたのよ。この学校は私立で、そこそこ名門だから警備がしっかりしているわ。この学校には正門の他に裏門もあるけど、両方の警備員は生徒、先生以外今日は誰も学校に入っていないと証言してくれたわ」


 山田の言う通り、清海高校には正門と裏門、学校の敷地に入るための入り口が二つあり、常に両方の門を警備員が見張っている。


「この学校には正門と裏門を通る以外に敷地内に入る手段はない。つまり犯行は内部の人間の仕業ってことか」


「そういうこと」


 桂の発言に山田が満足気にうなずく。


 助手役である桂が、探偵役である山田の発言の意味を随時確認しながら話を進める。その他のクラスメイトは山田の発言を阻害しないよう、黙って聞いていた。


「さらに、窃盗被害があったのは、うちのクラスの4人だけらしいわ。ここで重要なことは、CD以外は何も盗まれていないということよ。そうよね、皆。何かCDの他になくなったものはある?」


 クラスの皆は昼休みと同様、再度鞄の中身を確認したが、誰も盗まれたと証言する人はいなかった。


「つまり、犯人は最初からCDを狙って、このA組の教室に入り、今日CDを持ってきた4人全員から一人も残さず綺麗にCDを盗んだってことよ」


「ふむ。考えれば考えるほど不可解な事件だな。さらに犯人はその後、ディスクを粉々にして焼却炉の前に撒き、ケースを焼却炉の中で燃やしている。犯人はいったい何がしたかったんだろうか」


 桂は山田が気持ちよく話せるように、適宜丁寧に現状をまとめ、疑問を提示しながら、山田の推理を促す。


「それにしても、犯人はどうやって教室の中に入ったんだろうか。体育の時間、教室には鍵が掛かっていたはずだろ」


 清海高校では、体育の授業は二つのクラスが合同で行われている。窃盗被害にあった歩達のクラスはA組で、隣のB組と毎回合同体育をしている。


 体育の着替えは両方の教室を用いて行われる。A組では2クラスの女子が、B組では2クラスの男子が着替える。


 そして、着替えが終わったら、それぞれのクラスの委員長が教室に鍵を掛けて、その鍵を職員室に預け、体育の授業が終わったら、誰かが職員室で鍵を受け取って教室を開けることになっている。委員長は男女一人ずつ二名おり、A組の教室はA組の女子の委員長が、B組の教室はB組男子の委員長が鍵閉めを担当している。


「桜井君の疑問も当然だわ。だけど、私にはその答えはもうわかっているの。――丸山さん!」


 山田は丸山沙織の方を向き、呼びかけた。丸山はA組の女子の委員長であり、毎回教室の鍵閉めを担当している。


「丸山さん、さっき私に聞かせてくれたことを、皆にも話してくれる?」


「えっ、でも……」


 山田が丸山に証言を求めたが、丸山は何だか気が乗らない様子であった。


「大丈夫。今回の事件はあなたが悪いわけじゃないわ。だから安心して」


 山田に促されて、丸山もようやく証言する気になったようだ。


「丸山さん、A組の教室の鍵は、いつも委員長のあなたが閉めているわよね。今日はどうだったの?」


「う、うん。実は……今日の体育の時間に教室の鍵は掛かっていなかったの」


「――どういうことだ?」


 鍵が掛かっていなかったことに驚いた桂がそう訊くと、丸山は申し訳なさそうに証言を続けた。


「私、いつものように皆が着替え終わるのを待って、教室に鍵を掛けようとしたの。でも、いざ掛けようとして、ドアの横を見たら鍵が吊るされていなかったのよ」


「鍵がなかっただって! じゃあ鍵を掛けずに外へ出たということか」


 清海高校の教室では、内側の入り口のドアの左側の壁に、鍵を吊るすためのフックが設置されており、普段はそこに鍵を吊るしておくことになっている。


「そうなの。私、不思議に思って職員室に行って、A組の鍵がないか確認したわ。そしたら、B組の鍵はあったんだけど、横にあるはずのA組の鍵はなかった。――それで、もう体育の授業が始まっちゃうから、今日ぐらい大丈夫かなと思って、そのまま授業に出ちゃったの……。ほんとにごめんなさい!」


「気にすんなって。こんなことが起きたのは丸山さんのせいじゃないさ。鍵がなかったんなら、どうしようもなかったさ」


 桂が明るく言うとクラスの皆も頷く。誰も丸山を責めていないのは一目瞭然だった。


「ありがとう、皆。私からは以上です」


 丸山は皆に頭を下げ、礼を言いながら着席した。


「ありがとう、丸山さん。つまり、CDが盗まれた体育の時間、A組の教室には鍵が掛かっていなかったということよ。さらにここで重要なことがあるわ。いったい、いつ教室の鍵がなくなったのかしら。体育の授業が終わって、私が着替えにA組の教室に戻ってきた時には、鍵は元の場所に戻されていたわ」


「すると犯人は、体育の時間が始まる前に、あらかじめ鍵を盗んでおき、体育の時間に教室に侵入し、わざわざ鍵をドア横のフックに掛けて、その場を後にしたということか」


「そういうことね。ここで重要なのは、犯人は丸山さんが鍵を閉める前に、この教室から鍵を盗んだってことよ。それができるのは誰だと思う、桜井君?」


 質問の意図を理解し、ちょっと嫌な顔をしながら桂が答える。


「やれやれ、意地の悪い質問をするな……。確か朝の朝礼が終わって、教室に戻ってきた時は鍵があったな。ドア横のフックに吊るされていたのを覚えている」


 話を聞いているクラスメイトが一様に頷く。清海高校では、毎週月曜日に、午前8時20分から40分まで、朝礼がグラウンドで行われており、全生徒は必ず朝礼に参加しなければならない。


「つまり、朝礼が終わった後、午前8時40分に1時間目(8:40-9:40)が始まってから、3時間目の体育の授業までの間に鍵が盗まれたってことだ。誰か体育が始まるまでに、フックに鍵が吊るされていないことに気付いた人はいるか?」


 桂がクラスの全員の方を見て問い掛けると、2時間目の授業が始まった時には、既に鍵はなかったということで意見が一致した。鍵がないことに気付いていた人は何人かいたが、特に疑問は持たなかったらしい。


「なるほど。2時間目(9:50-10:50)の時点で、既に鍵は盗られていたということか。1時間目の授業中に鍵を盗ることはさすがに不可能だろう。鍵をフックから外せば、誰かが気付くに決まってる。要するに、1時間目と2時間目の間の休み時間に、誰かが鍵を持っていったということか。授業の合間の休み時間は十分しかないし、他のクラスの連中も入ってくる時間はなかったはずだ。一応聞いておくが、1時間目と2時間目の間の休み時間に他のクラスの生徒は、うちの教室に入ってきたのか?」


 桂の問い掛けに対し、誰も入って来なかったと、A組の複数の生徒が証言する。


「だとすると……」


 桂は順序立てて、論理的に鍵を盗ることができた人間と時間帯を推理する。この時点で、桂を含めて、A組の誰もが鍵を盗んだ人間がどこに所属していることくらいは理解していた。しかし、答えはわかっているものの、簡単には口に出せないために、答えに辿り着くまでの道筋を、桂は、それが必然的に導きだされた結論であるように、懇切丁寧に説明した。


「1時間目と2時間目の間の休み時間に、他のクラスの生徒は誰も入って来なかった。つまり、この教室にあった鍵を、皆が目を離している隙を狙って取れる人間は非常に限られている」


 桂は眉をしかめながら、低く落ち着いた声で、結論を述べた。


「鍵を盗った犯人はこのクラスの誰かだろう」


 桂の一言を聞いてクラス中がざわついた。それもそのはずである。


 つまり、桂が言っているのは教室の鍵を盗んだ人物がこの中にいるだけに留まらず、CDを盗んで損壊した犯人がこのクラスの中にいる可能性が高いことを意味していると、誰もが理解していた。


 鍵を盗む人間とCDを盗む人間が別だという考えもあり得るが、その場合でもA組に窃盗の共犯者がいることになる。この事実にはA組の担任である荒木も表情を曇らせた。

本小説は毎日22時に更新する予定です。

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