第5話 奈央の話
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私は、吉田さん達の会話に乱入した少年がどんなやつか興味を持ち、こっそりと彼の容姿を観察した。
さっきは目線しか合わなかったので、意識しなかったが、着ている学生服からして、私と奈央と同じ三田高校の生徒のようだ。
十一月なので、夏服ではなく、ブレザーとシャツを着ている。よく見ると、ブレザーには赤色の校章が付いている。三田高校は学年ごとに校章の色が違っており、一年生が赤色、二年生が緑色、三年生が青色となっている。どうやら、高校一年生で間違いはないようだ。
目は大きく、くりっとしている。顔立ちは端正に整っており、若干幼さが残っている。かっこいいというより、可愛らしい顔をしている。いいとこのお坊ちゃん、といった雰囲気を彼から感じる。もしかしたら、学校ではかなりもてるのではないだろうか。吉田さんも彼の顔を見て、気軽に連絡先を教えたのだろう。
少年の分析を一通り行い、ようやく私は自分がどうしてわざわざ映画の予定をドタキャンして喫茶店に来たのかを思い出した。
危ない危ない、親友の奈央の悩みを聞きに来たんだった。決して、ツチノコの話を聞きに来たわけでも、年下の少年を観察するために来たわけでもない。
私が時計を確認すると、喫茶店に着いてから、既に三〇分が経過していた。いい加減に話を聞かねば。
「ねえ奈央。相談って……」
私が奈央の方を見ると、奈央はヘッドフォンをつけて、さっきより集中して携帯ゲーム機で遊んでいた。
少し前の深刻な表情が嘘のように、楽しそうにゲームで遊んでいる。リズムに乗っているのか、体が小刻みに揺れているのがこれまた腹立つ。「カモンベイビーーー!」と小声で呟いている。
「何しているのよあんたは!」
私は、無邪気にゲームで遊んでいる奈央のヘッドフォンを外して、大声で怒鳴った。一瞬注目を浴びて、少し恥ずかしい。隣の少年も何事かという感じで、私を見ている。
私は「どうもすみません」と周りに頭を下げ、奈央に話を戻した。
「あのね、奈央。私はあんたが悩みがあるっていうから、楽しみにしていた映画を観に行く予定を断念して、わざわざここまで来たのよ。わかってる? それをなかなか話し始めないなあと思ったら、なんでか知らないけどゲームするなんて。いったい何を考えているのよ!」
「ごめんごめん。気持ちを盛り上げるために、ゲームを始めたらつい熱中しちゃって」
「どんな盛り上げ方よ。それで、相談って何! そろそろ話してちょうだい!」
「うん……」
肝心の相談内容に入ると、奈央は喫茶店に入ってきた時のような暗い表情に戻り、鞄の中から新聞を取り出した。
「葵。まずはこれを見て」
「何これ? 今日の朝刊じゃない」
奈央が私に見せたのは今日の朝刊である。奈央は新聞を広げて、ある記事を見せる。
「ここを見てほしいの」
「何々……」
十一月七日の朝刊のある記事には、下記の内容が記されていた。
昨日の十一月六日、三田町黒金公園付近で傷害事件が発生した。被害者の氏名は大澤信人(おおさわのぶと、二十三歳男性)。
刃物で胸部を刺されて、一命は取り留めたものの、現在も病院で入院中。
傷害事件の発生時刻は午後九時四十二分。その時刻に大澤の悲鳴を付近の住民が聞いたこと、及び偶然近くを通りかかり、一人の男性が刃物で大澤を刺すところを見たという目撃者の証言により、そう判断された。
大澤が刺された場所は黒金公園の西口を出たところの路上。
犯人は黒金公園を少し離れたところで、警察により既に逮捕された。
逮捕された人物は被害者と高校からの友人である萩原雄一(はぎわらゆういち、二十三歳男性)。
逮捕時の萩原の服装は、青色のパーカー(フード付き、前が開かないジップなしのタイプ)に、黒色のジーパン。パーカーには被害者を刺した時に飛び散ったと思われる、血痕が付着していた。
大澤を刺したと思われる刃物を所持していたこと、犯行時刻の少し前に大澤と口論をしていた人物と萩原が同じ服装であったことも、萩原が逮捕される根拠となった。
また、萩原が大澤を刃物で刺す午後九時四十二分より前、午後九時三〇分頃から黒金公園西口付近で二人が口論している様子が、付近の住民に目撃されている。
たまたま近所を巡回していた巡査が、大澤の悲鳴を聞きつけ、大澤を刺した直後の萩原を発見し、追跡した上、午後十時三分に逮捕した。
萩原は黒金公園の西口を出たところの路上から、三田町二丁目の商店街方向へ逃げたが、商店街付近にまで逃げたところを、巡査により逮捕された。
凶器の刃物は包丁であり、包丁には服と同様、血痕が付着していた。
警察の発表によると、萩原は既に大澤を包丁で刺したことを認め、金銭の貸し借りが原因だと話しているとのことである。
以上が、奈央が私に見せた新聞記事の内容である。犯人の服装まで丁寧に記述しており、内容が非常に細かい記事だ。
「へえー、昨日こんな事件あったんだ。夜中パトカーのサイレンが聞こえたのは、そういうわけね」
私も奈央も、黒金公園から徒歩十分ぐらいのところに住んでいる。
昨日は深夜にパトカーのサイレンが三田町内に鳴り響いていた。しかし、こんな近くで物騒な事件があったなんて、知らなかったな。
「それで、これがどうしたの?」
「うん……。落ち着いて聞いてほしいんだけど、私、この犯人を昨日見たの」
「えっ! この萩原って人を!?」
「うん、多分……」
「じゃあ、この新聞に出ている目撃者って、あんたなの?」
「それが違うのよ。私は犯人を目撃したけど、警察には言ってないの。何だか怖くなっちゃって。ほら、警察に言えば事情聴取とかされるでしょ」
「でも、目撃したんなら、警察に言うべきだと思うわ」
目撃者の証言が犯人逮捕の決め手になることは多い。犯人逮捕に協力するのは国民として当然の義務だと、私は奈央に言った。私は警察映画のファンだ。実は今日観に行く予定だった映画も警察映画なのだ。
「怒らないでよ。私も怖かったんだから。もうどうしたらいいかわからなくて。でも朝起きて、やっぱり警察に言おうと思ったのよ。それで、もしかしたら、昨日私が目撃した人が関わっている事件が新聞に載っているかもしれないと思って、記事を捜したらこれを発見したのよ」
「まっ、結果的に逮捕されたんだから、今さら証言しても意味ないか。それに、目撃証言も既にあることに加えて、服に付いた血痕という証拠もある。何より犯人が罪を認めているんだから、犯人は絶対萩原って人ね」
「それはそうなんだけど、でも記事を読んで一つ気になることがあったの」
「何?」
「えっと、まず私が犯人を見た状況から説明するね。昨日は塾があって帰りが遅くなったんだ。葵ちゃんは知っていると思うけど、黒金公園の横を通っていつも帰っているの」
「ふんふん。あっ、ちょっと待って」
私は奈央の話を頷きながら聞いていたが、視線を感じ、話を止めた。
そして、隣に座っている少年の方に素早く首を回す。吉田さんのツチノコを見たという話と全く同じように、少年と再び目が合った。どうやら、また人の話を聞いていたようだ。
私がぎろっとにらむと、気まずそうに頭を軽く下げた。盗み聞きせずに勉強しろ! と私は少年に目で説教した。少年は私の言わんとすることを察し、問題集を解く素振りをする。どうやらもう無駄に電話を掛けてごまかすのは辞めたようだ。
絶対聞いているな、この子……。まあ、取り敢えず、一応の威嚇はしたので、よしとしよう。
「ごめんごめん、話を続けて」
「う、うん」
何が起こったのか、奈央はわからなかったようだが、深く聞きはせず昨日のことを話す。




