第3話 ツチノコを見つけたよ
「そうそう、ちょっと聞いてよ! うちの優人って昨日様子がおかしかったのよ。昨日は優人の帰りが遅くってね。
晩ご飯もいらないって言うし。それに、午後十一時ぐらいに、隠れるようにこっそり帰ってきたのよ。
私は優人が帰ってきたことに気付いて、優人が玄関を上がった時、私、優人に声を掛けたの、『おかえり』って。
でも、優人は私のことを無視して、横を通り過ぎて自分の部屋にさっさと戻ったのよ。
親を無視するなんて、ひどいと思わない? いつもは優しい子なんだけど、昨日に限って、私のことをまるで恨みでもあるかのように睨みつけてきて、ちょっと怖かったわ。今朝も私と全く口を聞かないし。
一昨日話した時は全然そんなことはなかったのに、何でかしら。それに、優人、昨日の朝出かけた時と帰ってきた時で、服装が変わっていたのよ。
ズボンは同じだったんだけど、上の服が変わっていたわ。朝は私が買ってあげた服を着て出掛けていったんだけど、帰ってきた時は私が見たことない服を着てたの。
反抗期なのかしら。
でも、何か手でお腹を抑えていたわね。服装が違うことを隠そうとしていたのかしら。
せっかく買ってあげた服をいったいどこにやったのよ! もう私、腹が立っちゃって。
腹が立つと言えば、昨日の夜、台所の引き出しを開けたら、包丁が一本なくなっていたのよ! お気に入りの包丁だったのに悔しい! 晩ご飯を作る時に気付いて、思わず泣きそうになって……」
「早くツチノコの話を続けてよ!」
話を聞いていた三人の婦人がしびれを切らし、ツチノコの話を急かす。
この吉田というおしゃべりなおばちゃんは一度話し始めたら話題があっちこっちに飛び、すぐに話しがそれてしまう。
このままだと際限なく、ツチノコに関係ないことを話し続けそうである。
「そうね、話が逸れてごめんなさい。黒金公園のベンチに座ってたら、後ろから声が聞こえたのよ。まるで男性の呻き声のような、『ううう……』って。それで私、不思議に思って後ろを振り返ったのよ。ベンチの後ろには茂みがあってね。二メートルぐらい離れているかな。茂みの端からから何か黒いものが飛び出していたのよ」
「それがツチノコ?」
「間違いないわ! この前テレビで見たツチノコの写真にそっくりだったもの!」
吉田さんはテレビの情報と自分の記憶を照らし合わせたのか、そう断言する。
テレビで見たものを根拠にされてもなあ。どうせ、バラエティ番組だろう。写真といっても、イメージ図に違いない。
しかも、黒金公園は電灯の数が少なく、夜は薄暗いので、この町の人間は、夜は滅多に寄りつかない。単なる見間違いじゃないのかな。
「それで私、怖かったんだけど、勇気を出して少しだけ近寄ってみたのよ。何しろ暗い公園でしょ。本物かどうか確認しようと思って。私が近寄ったら、なんとまた鳴いたのよ! こう、獣が唸るように」
本当だったら、かなり怖い話だ。
「いきなりツチノコが鳴き始めるもんだから。私びっくりしちゃって! 怖くなって慌てて逃げ出したのよ」
「なーんだ、逃げ出したんだ。じゃあ、ツチノコかわかんないじゃない。犬とか猫とかかもしれないし」
「犬や猫はあんな鳴き方しないわ。何だろう。ゾンビというか、人間の言葉で言うと『ダ……ズ……』みたいな感じだったわ」
そう言って、吉田さんは昨日見たというツチノコの鳴き声を真似する。吉田さんは真剣にやっていると思うのだが、私には宴会芸に見えて、思わず笑いそうになった。
「変な鳴き方ねえ。確かに犬猫っぽくないわ。ツチノコはどんな様子だったの?」
「えーっとね。薄暗かったからよく見えなかったんだけど、私の方から見た茂みの後ろに潜んでいたみたいで、茂みの端から出た一部分しか見えなかったのよ。茂みから出てた部分は、かなり大きめのコッペパンが半分くらい顔を出したような感じだったわ。少しでこぼこしてたし。それに先っぽは真っ黒なんだけど、その下は赤黒く輝いてて、不気味だったわ」
私は吉田の証言を基にツチノコの姿を想像しようとしたが、先が黒くて、その下は赤黒い輝きをしている、ナマコの特異種のようなものしか、頭に浮かんでこなかった。
「やだ。気持ち悪いわねえ……。それで話は終わり?」
吉田さんの正面に座っている婦人は話しに飽きたのか、元から興味がなかったのか、違う話題に移ろうとしている。それはそうだろう。目の前ではっきりと確認したのならともかく、薄暗い公園で少し離れた距離から、一瞬見ただけなら勘違いの可能性が高い。盗み聞きしている身でなんだが、私もちょっとがっかりだ。
「それがね! まだ続くのよ! 私、今日その黒金公園に行ってきたのよ。ツチノコを見つけた場所に!」
まだ続くのか……。私もそろそろ話しに飽き始めてきたが、奈央がまだ何も話さないので、奈央の様子を確認する。奈央はさっきまでと同様うつむいているが、携帯ゲーム機で遊んでいた。
ってゲームするなら悩み相談しろっての! 悩みを相談するといって私を呼び出したのに、どうしてゲーム機を持ってきているのよ!
いいや、我慢だ、私。昨日ショックなことがあって、情緒不安定になっているのかもしれない。まだまだ見守ろう。
そういえば、あの少年はどうしているんだろう。奈央から少年に視線を向けなおした。
するとやはり少年と目が合った。少年もずっと吉田さんの話を聞いているんだろう。
少年は無邪気な笑顔でこちらに手を振る。
私はもう一度少年をにらむ。にらむというか、ヤクザが一般人にがんをつけるように、眉毛を剃り上げてにらんだ。前の席の奈央は引いている。
すると少年は慌てて、再び携帯を取り出してどこかに電話した。
「桂、防衛軍の予算の件だけどね。いくら予算がないからと言って武器に掛ける経費を削減するのはやりすぎだと思うんだよ。前日にあったレーザーブレードをポッキーに変えたの桂でしょ。隊員のマイケルが嘆いていたよ。『オー、ゴジラはポッキータベマセーン。ヨクアル日本人のカンチガーイねコレ』ともうポッキーをおいしそうにほうばりながら日本人をバカにしてたよ。君はポッキーをきびだんごクラスだと過剰評価してないかい?」
……、さっきも思ったが、こいつの会話に特に意味はない。私ににらまれて気まずいから適当に話しているだけだ。電話を掛けられた桂という友達もよく応えている。なぜか会話が続いており、「プリッツにすればいいってもんじゃないよ! OREO? OREOならいけるかもしれないね……。盲点だったねこれは!」とヒートアップしている。こいつの中でオレオの評価高いな!
もうほっておこう……。私がそう決意したところで、吉田さんの会話が再開した。
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