第2話 隣の少年
「それにしても、吉田さん。ツチノコなんて、どこで見つけたのよ?」
どうやらツチノコを見つけたと言い張っている女性は吉田さんというらしい。
「それがね。昨日、黒金公園で見つけたのよ」
黒金公園というのは、三田町にある、まあまあ大きい公園である。公園の中央にはベンチが設置されており、付近の住民の利用者が多いため、公園内部は整備されており、道は舗装され、広場には芝生が綺麗に広がっている。
昼間には赤ん坊を連れた主婦達が戯れ、夕方にはサッカーボールを持った少年が戯れているので、ツチノコなぞ生息していたら、すぐに発見されそうな気がする。隣でこっそり聞いている私はそんな疑問を抱いていたが、吉田さんと話していた三人の主婦達も、どうやら私と同じようなことを考えているように見える。
やれやれ、また吉田さんの作り話が始まったか、とでも言いたげな顔をしている。
当の吉田さんは周囲の顔色を全く窺うことなく、話を続ける。
「私が毎晩ランニングしているのは知っているでしょ。いつもは晩ご飯を食べ終わった午後八時ぐらいにランニングをしているんだけど、昨日はパート先のスーパーで残業してて、ちょっと遅くなっちゃったのよ」
遅くなったなら辞めればいいのに。私なんか、ランニングを始めようと二ヶ月に一回は決意し、その度に三日経たずして断念しているぞ。
「結局、昨日は午後九時ぐらいに家を出て走ったのよ。こう、風を切るように颯爽と美しいフォームで」
「フォームの話はいいから……」
怪訝な顔をしながらも、おとなしく話を聞いていた正面の女性が早く続きを話すように促す。
「うん。それで、普段は町内を二週しているのよ。だいたい、一周三〇分くらいかな。昨日もいつもと同じコースを走ったわ」
「もしかして、ツチノコを見たっていう黒金公園も、そのコースに入ってるの?」
「そうなのよ。二週目だったかな。黒金公園はランニングコースの中間地点にあってね。いつもはランニングで公園を横切るんだけど、昨日は何だか体が疲れちゃって。一休みしようと、黒金公園の中のベンチに腰を下ろしたのよ」
私はツチノコ婦人の話に耳を傾けながら、奈央の様子を窺った。奈央は未だに下を見てうつむき、一向に悩みを話し始める気配が感じられない。
これは長くなるな、と思った私は何となく吉田さんと反対側、つまり私の左隣の席に目をやった。すると、制服を着た少年が1人で座っていた。
どうやら彼も私同様、ツチノコの話を盗み聞きしているようだ。机の上には勉強道具が置かれているが、ペンは手に持っておらず置かれている。
喫茶店で勉強していたが、ツチノコの話を聞いて、手に付かなくなったのか。
私と目が合うと、少年はニッコリと笑い、わざとらしく顔を逸らした。からかわれた気がする。生意気なやつだ。
なんとなく腹が立ち、キッと私はその子を睨んだ。するとその子は慌てたように持っていた携帯電話を耳に当て、どこかに電話を掛ける。
「桂、この前の地球防衛の件だけど……。やはりゴジラの幼生体に2体に保育園の保母さんを50人を派遣する君のプランは無理があると思うんだ。いくらプロフェッショナルな保母さんでもゴジラはあやせないと思うよ。代わりに和太鼓の演者を50人派遣するプランはどうかな? ゴジラも周りで和太鼓が鳴っていれば、『気分もいいし、今回は勘弁してやるか』ってなると思うんだ。『はいはい、ほま皆で盆踊りしまひょっか? あ、それそれそれそれ』みたいにゴジラが言ってくれる可能性もあると思うんだよね」
何だこの会話は……。お前は何者だよ。あとなんでゴジラが関西弁!? 私は心の中でつっこむ。
そんな私と少年のやり取りに少しも気付かないであろう吉田さんはツチノコの話を続ける。
「昨日は疲れちゃったから、黒金公園の中にあるベンチに座って一息ついてたのよ。明日の献立は何にしようかなとか、そんなことを考えながら。ほらっ、うちの息子の優人って大学でラグビーしているじゃない。だから体を作るとか言って、ご飯いっぱい食べるのよ。母親の私としては、飽きないように毎回工夫をしなきゃと思って」
ムスコの話はいいからツチノコの話をしろよ、私はいらいらしながらそう思ったが、ムスコの話がまだまだ続く。
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