第5話 歩、ガスバーナーで炙ろうとする
当初の僕の案では、缶コーヒーの次に画鋲を男の前にばら撒いて、忍者の使うまきびしのように進路を妨害するつもりだったが、さすがに罪悪感が募ったので、辞めることにした。
そんなことをしても、男は缶コーヒーと同様、平然と通り抜けるだろう。確信にも近い予感を僕らは抱えていたので、次の作戦に移ることにした。
「桂、麦茶」
桂は僕に言われるまま、リュックサックから麦茶のペットボトルを取り出した。僕と合流する前に、コンビニで買ってきたらしい。
「これは何に使うんだ。もしかして、またこぼすのか?」
「まあ、見ててよ」
僕はペットボトルのキャップをひねり、そのまま口にくわえ、一気に中の麦茶を飲み干した。空になったペットボトルは桂に渡す。
「ふう、喉が乾いた時は麦茶に限るね!」
「お前が飲むのかよ!」
「桂、空のペットボトル捨てといて」
「本当にそれだけなのか……」
桂は文句を言いながらもリュックサックにペットボトルをしまった。そもそも、喉が渇いたので、缶コーヒーを買いに僕はこんな夜遅くに外に出たのだ。買った缶コーヒーを落として、回収し忘れていたため、とても喉が乾いていた。
僕らは再び無言で品川駅に向かう。少しして、僕はまた桂に指示を飛ばした。
「桂、おにぎり」
桂は、今度こそ僕がおにぎりを使って、男がほふく前進をしている理由を検証すると思ったのだろう。何一つ文句を言わず、麦茶と一緒にコンビニで買ったおにぎりを一つ、僕に手渡した。
おにぎりを受け取った僕はカバーを外し始める。
「今度は何をする気だ……」
「まあ、見てなって」
カバーを外し、海苔の巻かれたおにぎりを僕は両手で持ち、口元に持ってくる。
「まさか……、それを食べるんじゃないだろうな」
「そのまさかさ!」
僕はむしゃむしゃと物凄い勢いでおにぎりを食べ始めた。
「なんてこった……おにぎりを食べるなんて……、こいつは悪魔の所業だぜ……」
桂は僕がおにぎりを一心不乱に口の中にかき込む姿を見て、驚愕の表情を浮かべている。
「ふう、実は小腹が空いていたんだ。やっぱり夜食はおにぎりに限るね」
僕はおにぎりのカバーのゴミを桂に手渡した。
「桂、捨てといて」
「お前はやりたい放題だな……」
「この俺をパシリに使えるのはお前だけだぜ」とパシリにしてはやたらかっこいい台詞を桂はつぶやく。律儀に桂はおにぎりのゴミをリュックに入れる。ナルシストでプライドが高い桂だが、面倒見はいいのだ。もっとも、彼が優しくする対象はもっぱら女子に限定されているが。あと、何故か僕にも優しい。
僕とわがままな振る舞いに、文句を言いながらも、いつも彼は合わせてくれる。いい友達だ。
「そろそろ本番といこうか」
冗談はここまで、と桂に言い、僕らは田中さんの検証に戻った。
「桂、例のものを」
「了解」
桂はリュックに手を入れ、次に取り出しのは、麦茶でもおにぎりでもなく、ガスバーナーだった。事前の打ち合わせ通りだ。というか、よく用意できたな……
「なあ、歩。一応聞いておくが、これは何に使うんだ」
桂は自分で用意して置きながら、ガスバーナーを何に使うのかを不安げに質問をしてきた。
「わかっていると思うけど、一応答えると、これで田中さんを炙ろうと思って。さすがに火を付けられれば、田中さんも立ち上がるでしょう」
「鬼かお前は! 炙りサーモンとは違うんだぞ!」
「そこは心を鬼にして、田中さんのことをサーモンと思うことにしよう。ほら、後ろから見ると、彼の這っている姿はサーモンに似ていないかな? 下に米を敷き詰めたくなるでしょ」
「ならねえよ。さすがに人間を火で炙るの抵抗があるぜ……」
「そうだよね……。でもさ、一応田中さんに訊いてみようよ。彼の了解さえ得れば、炙ることには何の問題もないはずだし」
「確かにそうだな。もしかしたら、『どうぞどうぞ、遠慮なく炙っていいよ』と笑顔で許可する可能性もあるしな。一縷の望みに掛けてみるか。よし、訊いてみよう!」
僕は田中さんに声を掛けた。
「すみません。申し訳ないんですが火で炙らせてもらって……」
「駄目に決まっているだろう!」
一蹴された。僕は桂と顔を見合わせて、仕方ないと言いながらガスバーナーをリュックサックにしまう。
「なんでいけると思ったんだよ……」という田中さんのつっこみも、ガスバーナーがなかなかリュックサックに収まらなくて、悪戦している僕らは聞こえていないふりをした。
ガスバーナーが無理ということで、強硬手段は諦め、北風と太陽でいうところの、太陽のような、非暴力的な方法を使うことにした。
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