第4話 事件発生
11月5日 月曜日 体育の時間(3時間目)
3時間目の体育の時間に、その死のゲームは香助の迂闊な一言から始まった。体育教師の河森からサッカーをするように指示を受けた直後のことだった。
「サッカーやバスケより、ドッヂボールがやりてえな」
これに歩も同意した。
「そうだね、サッカーなんてゲームの世界の話だよね」
「お前とサッカーの距離感遠いな……」
自分の指示に対し、こっそり文句を言う二人に、河森は我慢出来なかった。
「何だと! いいだろう。お前らがそこまで言うなら、今からお前等には死のドッヂボールゲームをやってもらおう。ルールは簡単だ。まずはこれを見ろ」
そういって河森は虚空からドッヂボールを召喚した。それは何の変哲もない、白い標準的なボールだった。
「斉藤、ほれ」
河森が突然、生徒の一人である斉藤にボールを投げた。
「えっ?」
斉藤は予想外のことで思わずボールを受け損なってしまった。
「とれーぞ斉藤、お前はこの16年何をしてきたんだ」
いつものように、香助の軽い冗談にクラスが笑い、平和な光景だった。
しかし異変はすぐに起きた。
「うあああああぁぁぁ」
ボールを弾いた斉藤が唐突に悲鳴を上げ始めたのだ。
「なんだ! 何が起こった!」
クラスの誰かがそう叫ぶと同時に、斉藤はいきなり弾け散った。文字通り、空気が充満して膨らんだ風船が破裂するように、人間が弾けてバラバラになったのである。
この光景を見た生徒は一生忘れることはないだろう。斉藤の体中の血液は飛び散り、あらゆる臓器が無残に地面に広がった、まさに地獄の
ような光景だった。
「嘘だろ? なんだよこれえぇ!」
誰もが自分達の目の前に起きている惨状を理解できず呆然としていたが、いち早く意識を取り戻した香助が震えた声で叫んだ。
「何がおかしい、土橋。貴様が望んだことだろう。さぁ、ルールを説明しよう。今見た通り、このボールに当たれば、そいつは斎藤のように弾け飛ぶ。ドッヂボールらしくキャッチすればセーフだ。それと自分がボールに当たっても、ボールが地面につくまでに、誰かが受け取ればセーフだ。ちなみに顔面もセーフだ」
「顔面もセーフなのかよ!」
「微妙に優しい……。というか斉藤君はルール説明のために死んだのか、なんと悲惨な……」
「さあ! 説明は以上だ! 貴様らが一人になれば、このゲームは終了だ! 生き残るのは誰か一人! それでは始めようか! 死のドッヂボールをな!」
「――という授業があれば面白いね」
「ってないのかよ! それになげえよ!」
「いい暇つぶしにはなったがな……」
歩、香助、桂の三人はだらだら雑談しているが、今は3時間目(11:00-12:00)の体育の時間であり、三人とも制服ではなく、学校指定の体操服を着ている。
当然、先程のドッヂボールの話は歩の作り話である。
今日の体育は、男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバスケである。
体育を受け持つ河森は10分毎に、交代でグラウンドと体育館を巡回している。
清海高校では、2クラスが合同で体育を行なっており、グラウンドでは歩達の所属するA組だけでなく、B組の男子もサッカーに熱中していた。
しかし、担当の河森の目が行き届かないのをいいことに、歩達はサッカーをさぼり、呑気に座ってだらだら雑談をしていた。河森が巡回してくる度に「今はちょうど休憩中です!」と言っているので、体育の授業が始まってから40分ほど経ったにもかかわらず、三人はほとんど立ってすらいない。
彼ら三人はクラスメートがサッカーしているコートにすら背を向け、焼却炉へ通じる通路を見ながら、ずっと話し込んでいるのである。
清海高校では、ゴミを燃やすための焼却炉が設置されている。
香助と桂は焼却炉へ行く道に、人が通るかどうかで賭けをしていた。
通常、焼却炉へ誰かが行くのはゴミを捨てる昼休みか放課後だけである。授業中のこの時間帯は通るわけはないのだが、大穴狙いで香助は人が通る方に賭けていた。
焼却炉へ通じる通路は清海高校には二本あり、歩達から見えるグラウンド脇の通路ともう一つは裏門の警備員室の横を通る通路である。
「そう言えば桂、今朝のラブレターの件はどうだったの?」
目を凝らして通路を見ている香助と桂に、歩が今朝の話題を思い出させた。
「そういやすっかり忘れてたぜ。お前の予想通り、控えめなカワイコちゃんが来たか?」
「ちっ、聞くなよ……」
桂は痛いところを突かれたと、苦そうな顔をしている。
「どうしたの? もしかして本当に単にショートギャグを見せられただけとか?」
「そんなわけないだろ。ただ……」
「ただ?」
「肝心のカワイコちゃんが来なかったのさ」
桂が落胆した声で呟く。
「やっぱりいたずらだったかあ。さすがにあの時間に呼び出すのはおかしいって」
「くそう、俺はとんだピエロだぜ……」
桂が落ち込んでいると、香助が桂の肩を叩きながら優しい言葉を掛けた。
「まあ残念だったな。気にするな。お前があまりにもかっこいいから、土壇場になって怖くなったのかもしれねえぜ」
「香助、お前……。ありがとな」
「いいってことよ」
桂に優しい言葉を見せた後、香助はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。わざわざ通学鞄から取り出して、体操服のズボンのポケットに入れておいたのだろう。
「それよりこれを見てくれよ」
「ん?」
香助が携帯電話の画面を開き、一時間半ほど前にカメラで撮影した画像を見せた。
「って何だこりゃ!」
その画像には、屋上の柵にもたれかかり、女の子を楽しみに待つ桂の姿が写っていた。
「お前まさか……」
「それにしても、思いがけず素晴らしい写真が撮れたぜ~。カワイコちゃんのショートギャグを撮りに行ったら、まさかこんな写真が撮れるとはな~。是非とも俺が部室に飾ってやろう」
「今すぐそれを渡せ!」
香助は桂の「ラブレターに呼び出されてわくわくしながら女の子を待っていたけど、誰も来なかった」という、いかにも恥ずかしい写真を撮ることができて満足そうだ。桂は生き恥を晒すまいと、必死に取り返そうとしている。
「まあまあいいじゃない。それより何か面白い話ない?」
歩が笑いながら、話題を変えようとした。歩としては、ここで桂に香助の携帯電話を取られて画像を消されるより、部室で珠姫や銀子に見せたかった。
「おう、ならとっておきの話題があるぜ!」
その後、三人は、香助のとっておきの話題を聞きながら、体育の授業が終わるまでずっと座り込んで話した。ちなみに、香助のとっておきの話題とは「筋肉にまつわる怪談話」で、歩と桂はげんなりしながら話を聞いていた。
焼却炉までの通路に人が通るかという賭けの結果は、誰も通らず、案の定香助の敗北となり、昼休みにジュースを桂に買ってくる罰ゲームが課された。
歩は今日もいつもと同じ平和な日常だなあ、と思っていたが、事件は突然発生した。
歩達が所属する1年A組を騒然とさせたその事件は、3時間目の体育が終了し、教室に戻ってきた山田が、体操服から学生服に着替え終わり、鞄の中身を確認した直後に発した一言が発端だった。
「ない!」
いきなり大声を上げた山田に、香助が反応した。
「どうしたんだ、山田。ははーん、さては制服がないって言いたいわけか。『今着ているだろ!』とでもつっこむと思ったのかお前は。残念ながらそのギャグは俺が既にやったぜ。もっとも、俺の場合は本当にズボン履いてなかったけどな……」
香助は自分で言っておいて、その状況を思い出して暗くなる。
「へ、変態! そんなわけないでしょ! とにかくないのよ!」
山田のあまりの焦りように、鈍感な香助も只事ではない雰囲気を察知した。
「落ち着けって。だから何がないんだよ?」
「小沢豊のCDがないのよ!」
「えっ!」
この一言にいち早く反応したのは歩である。
歩は自分の中学時代に起きた事件を思い出していた。
歩が中学生の時、体育の時間が終わって教室に戻ると、財布や音楽プレーヤーなど、貴重品が軒並み盗まれていたことがあった。結局、同じクラスの生徒が、体育の時間にこっそり教室に戻って盗んだことが判明し、事件は解決したが、今また同じ事件が起きているのかもしれない。
「体育の時間が始まる前は鞄の中にあったの?」
歩が、CDがなくなる前の状況を山田に訊く。
「あったわよ! ちゃんと持ってきたか何度も確認したもの! 小沢豊のサイン入りのCDよ! どれだけ貴重なものだと思っているのよ!」
「歩、まさかこれは……」
桂も遅ればせながら、今にも泣き出しそうな山田を見て、事態に気付いた。
「――窃盗事件かもしれない。まずは他にも盗まれた人がいるかを確認しよう」
その後の歩の行動は手際が良かった。まずは体育の時間に泥棒が入り、山田のCDを盗んだことを前提に、クラス全員が着替えから戻ってきてすぐ、なくなっているものがないかを確認した。
すると奇妙なことに、6時間目のホームルームで、合唱コンクールの推薦曲を掛けるはずだったCDが全て盗まれていた。つまり、山田だけでなく、板野、福原、そして桂のCDがなくなっていた。隣のB組と合同体育だったので、B組にも確認したが、生徒の持ち物がなくなっているのはA組だけだった。
さらに奇妙なことに、CD以外は何も盗まれていなかった。財布、携帯電話、電子辞書等高価なものはいくらでもあったにもかかわらず、(香助は「数学の宿題を盗まれた!」とわざとらしく叫んでいたが)、CD以外は一切手を付けられていなかったのである。
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