第15話 その後
――その後、珠姫に真相を見抜かれた鈴原は泣きながら席を立って「ペナント」を飛び出そうとした。しかし、席を立って走りだそうとした瞬間に珠姫に首根っこを掴まれ、「無駄な時間を使わせたんだから、せめて迷惑料として代金は払いなさい!」と言われ、気まずそうに会計をしてから、再び泣きながら走り去った。
鈴原が「ペナント」から出ていった後、歩と珠姫も用事が済んだので店から出た。
「お疲れ様、たまちゃん」
「ふんっ! よく言うわ。途中から彼女が嘘をついていることに気付いていたくせに。途中から私の目をちらちら見ていたじゃない」
「まあね」
確かに歩も鈴原が事件を創作したことは途中から察知していた。しかし、その理由については、珠姫ほど具体的に理解できていたわけではなかったので、創作を指摘することにためらいがあった。自分よりも人を見抜く力に優れた珠姫なら、その理由がわかるのでないかと思い、珠姫の様子を随時窺っていたのである。
まさか自分への恋心が彼女に事件を創作させたとは……。歩一人では到底辿り着かない動機だっただろう。たとえ辿り着いたとしても、「僕に惚れたからこの事件を創ったんだろう? この浅ましい女め!」と言える度胸は彼にはない。
「私の歩を騙そうとするなんて百年早いのよ」
「人を責めるような嫌な役回りさせてごめんね」
「このくらいいいわよ。結構楽しかったし。それにしても全く――私が付いていないとどうなることやら……」
「いつもありがとう、たまちゃん」
歩が心から感謝して、天使のような微笑みで礼を言うと、珠姫はポッとほっぺたを赤くして「別にいいけどっ」と首をひねりながら小さく呟いた。
いつも強気な珠姫が照れていると本当に可愛い。歩は珠姫のいつもの強気な様子も好きだが、たまに見せる女の子らしい仕草にも魅力を感じていた。
「でも、この私に面倒な役回りをさせたんだから何かおごりなさい!」
「仕方ないなあ。何する?」
「そうねえ……」
珠姫は少し考えて言った。
「新しくできた駅近くのクレープ屋に行きましょう。結構評判らしいのよ」
「オッケー」
こうして歩と珠姫は喫茶店を出て、クレープを食べに行った。
その後、この事件は珠姫によって「無敵囲い事件」と名付けられた。
無敵囲いとは将棋における守備の陣形の一つで、「飛車」を「王将」の前に、「銀将」を「金将」の前に配置する一見するとかなりかっこ良い陣形である。しかし、強力な攻め駒である「飛車」が囲いの中にあって機能不全状態となっており、脇から攻められるとその反対側に位置する自駒が壁となってしまうために「王将」の退路がなく、結局攻守ともにとても使いづらく、実戦では全く役に立たないと言われている。
無敵囲いという名称は、こういった一見強そうに見えて、実は脆い陣形を揶揄して名付けられたのである。
鈴原が創作した事件も、一見隙がないトリックに思えるが、青酸カリを使用している点で、そもそもトリック自体が成り立たず、見栄えは良いが実態がすかすかという意味で、珠姫が揶揄するように「無敵囲い事件」と名付けたのである。
本話で「無敵囲い事件」は終わりです。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
本小説サイトでは日々のPV数が拝見できるのですが、
「少しでも読んでいる人がいてくれる!」というのが嬉しくて、ここまで続けることができました!
ここまで読んでくださった皆様には大変感謝しています。
明日22時にあとがきを更新予定ですので、よろしくお願いします。




