第12話 ヘアピンの謎
「現場では発見されたっていうのは、正確には違うけどね。まっヘアピンのことが犯人にとって致命的な失敗だったということは合っているよ」
「だとすると――犯人は将棋部の部室からヘアピンが発見された前田さんですか?」
「警察もそう思って現在捜査していると思うんだけど僕は違うと思う。ここで桂達が残した三つ目の謎、ヘアピンはいつ誰が落としたのかが問題になってくるんだ」
「将棋部の部室で発見されたヘアピンは前田さんのものだったのだから、当然前田さんが落としたんじゃないですか?」
「その言い方、正確には違うよね。ヘアピンは、部室で発見されたというよりも、部室で発見したと言った今野さんが警察に提出したものだよね」
「どっちも同じことでは?」
「それが違うんだ。僕が言いたいことは、今野さんが現場で拾ったヘアピンと警察に提出したヘアピンは別の物である可能性があるということさ」
「あっ! そういうことですか!」
鈴原も歩が何を言いたいのか、ようやく理解した。これこそが犯人の手がかりになる。
「桂も去る前にこのことを言おうとしていたんだ。今野さんはヘアピンをすり替えて警察に提出したんだ」
「つまり、犯人は今野さんってことですか?」
「うん、おそらくそうだと思う。今野さんは被害者である川本君を毒殺した時に、自分のヘアピンを落としてしまったんだ。
そして、現場で自分のヘアピンを拾ったにもかかわらず、前田さんのヘアピンを警察に出したのさ。偶然だと思うけど、今野さんのヘアピンと前田さんのヘアピンは形が違うだけで、色が似ていたんだ。二人とも茶色のヘアピンをしていたはずだよ。
今野さんがヘアピンを拾うのを見たと証言した女の子も、拾ったヘアピンの形まではよく見えなかったんだろうね」
「ということは、今野さんは現場でヘアピンを拾うところが誰かに見られることを覚悟していたわけですね」
「そう。現場に落ちていた自分のヘアピンは、川本君とお昼休みに部室で落ち合ったという証拠になるから、警察に発見されるのだけは何としても避けなければならない。ならば、死体の第一発見者になって、警察より先にヘアピンを回収する必要がある。
しかし、一人で川本君の死体を発見すると、警察に犯人だと疑われる可能性が高い。それならいっそ、知り合いを部室に連れていき一緒に死体を発見し、たとえ誰かに見られるリスクを犯したとしても、死体が発見された混乱に乗じて、ヘアピンを拾ってしまえばいい。
ヘアピンを拾っているところを誰かに見られた場合の保険として、警察に偽のヘアピンを提出するために、川本君を殺したお昼休み以降に急いで前田さんからヘアピンを盗んだんだ」
「そうすれば、目撃者の一人が『今野さんが茶色のヘアピンを拾っていた』と証言しても、前田さんの茶色のヘアピンを提出すれば、どこも不自然な点はなくなるし、自分も疑われないってわけですね」
「そういうこと。今野さんは将棋部の部室で川本さんを殺し、部室を去った後に、自分のヘアピンが外れていることに気付いてかなり焦っただろうね。そこで、彼女は自分が第一発見者になり、もしヘアピンが落ちていればすり替えると言う作戦を取ったんだ」
「自分が第一発見者になることは、彼女にとっても当初の計画外だったということですか」
「そういうこと。当初の彼女の計画では、彼女が第一発見者になるメリットなんてなかったからね。川本君を毒殺して、あとは知らん顔で放っておけばよかったんだ。
――これで謎は全て解けたかな。凶器は青酸カリでコーティングされた将棋の駒。殺害方法はそれをチョコレートと騙して犯人は被害者の川本君に食べさせたこと、警察に偽のヘアピンを提出したことから犯人は今野さんの可能性が高い。まっ、今言えることはざっとこんなところかな」
「すごーい! さすが三ヶ月前のCD窃盗事件を見事解決した、名探偵と名高い瀬川さんですね!」
あの事件は、将棋探究部の全員で推理して解決したと校内新聞には書かれていたはずだが、どういうわけか、鈴原の脳内では、歩が主導的に解決したことになっているようだ。出会った時から、歩のことを名探偵だと、一点の曇りもなく、信じきっている。
「あくまでも君の話から推測しただけさ。それに確固たる証拠があるわけではないし。今野さんが本当にヘアピンをすり替えたのか。それはまだ可能性の段階に過ぎないよ」
「証拠を見つけるのは警察の仕事ですよ! それに今野さんが不仲だった前田さんをかばったというのはどう考えても不自然です。今野さんが前田さんをはめるために、ヘアピンをすり替えたに違いありません!」
鈴原は歩の推理こそがこの事件の真相であると信じ込み、歩を褒め称える。
「瀬川さんはほんとに名探偵なんですね! 私はちょっとご意見を聞けたらいいなと思っていただけなのに、まさか事件を解決にまで導くなんて」
「いやー照れるなあ」
鈴原にひとしきり褒められた後、歩は今まで黙って自分の推理を聞いていた珠姫の方を向き、改めて事件の解決を確認した。
「どうかな、たまちゃん。これで解決かな?」
「ふんっ!」
珠姫は鼻息を鳴らし、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「そうね。歩、あんたの推理がおそらく正しいんでしょうね。よくやったわ」
「そっか」
珠姫に褒められたが、歩は素直に喜べなかった。なぜならば、歩はこの事件が真の解決に至っていないことを、トリックを推理した自分が一番理解しているからだ。
やはり僕が言わなければいけないのかな……。歩がそう思った時、
「――だとでも言うと思った?」
「へっ?」
しかし、歩の不安を良い意味で裏切り、珠姫は歩の提示した推理の結果をものの見事にひっくり返すことになる。
珠姫のこの発言に驚いたのは、ある程度予想していた歩よりも意表を突かれた鈴原の方だった。
「どういうことですか? 事件はこれで解決したんじゃあ……」
「いいえ。事件はまだ解決していないわ」
「でも、瀬川さんの推理だと犯人は今野さん以外あり得ないんじゃ……」
「違うわ。この事件には他に真犯人がいる」
「いったい誰ですか?」
「それは――」
珠姫は焦る鈴原を手で制し、息を深く吸い込み、話を切り替えるように言った。
「続・解決編といきましょうか」
本小説は毎日8時に番外編のショートコメディ、22時に本編を更新する予定です。
少しでも気に入って頂けたら感想・レビュー頂けますと嬉しいです。
皆様のお声が励みになります! よろしくお願いします!




