第8話 3人の来訪者(後編)
「そうだな。次は、今野さんが警察に渡した前田さんのヘアピンをどう受け取るかだな」
「素直に考えれば、前田さんが被害者を殺害したときに落としたと思うわ」
「でもよ、その日に落としたかどうかなんて、わかんないだろ」
「思い出して、香助。さっき鈴原さんの説明では、殺人事件があった日の前日に将棋部の部室の大掃除が行われたらしいわ」
「それがどうしたんだ?」
「もし、前田さんが前日以前に部室にヘアピンを落としていれば、その大掃除で発見されたってことよ。しかも、今野さんはそのヘアピンを被害者の死体近くの床から拾ったわけでしょ。大掃除で床に落ちてる茶色のヘアピンを見逃す可能性は低いと思うわ」
「そう言われるとそうだな。でも、前田が大掃除の終わった後に部室に行った可能性もあるんじゃねえか。ほら、被害者の川本と内緒で会うためとか」
「その可能性はあるな」
しかし、鈴原は香助の意見を否定する。
「その可能性もないと思いますよ。何でも前日に将棋部の部室の掃除が終わった後、校門で川本君と前田さんは待ち合わせて一緒に帰ったところを見ていた部員がいたらしいです。それに部室の鍵は部員の一人が大掃除の終了後に、職員室に返してから誰も取りに来てないとのことなので、前日の大掃除の後で部室に前田さんが入った可能性はないみたいです」
「そうか、なら犯行のあった当日にヘアピンを落としたと考えたほうがいいな」
香助は鈴原さんの指摘を受け、すぐに意見を訂正する。猪突猛進型に見えて、自分の意見に固執しないことは香助の長所の一つである。
「そうなると、川本君が死ぬ前か、死んだ後か、どちらの時に落としたかがポイントね」
「川本を殺す前に落としたなのなら、前田もさすがに気付くだろ。川本が死んだ後で部室を出るときにうっかり落としたってことか?」
「その可能性は高い。もっとも、犯人が前田さんだと断定するのは少し早いがな」
「どういうこと?」
「つまり、犯人は川本を殺した後、前田さんに罪を被せようと思って意図的に前田さんのヘアピンを落としたって場合もありえるってことさ」
「確かにその可能性はあるな。前田は犯人にはめられたってことか」
桂の意見に香助も同意する。
「ちょっと待って。犯人は前田さんのヘアピンをいったいどこから入手したのよ。もしヘアピンを盗まれたら、さすがに自分の髪にヘアピンがないことに気付くんじゃない? 私だったら絶対気付くけど」
そう言って銀子は自分の前髪を留めているヘアピンを外した。銀子は一本のヘアピンで前髪を寄せており、ヘアピンを外すと、当然ヘアピンで留めていた髪がほどけ、無造作に放り出され、目に掛かる。
この状態になれば、ヘアピンが外れていることに気付かないわけがない。
「ねっ?」
「そうだな。じゃあ犯人がヘアピンを前田からこっそり盗むのは無理ってことか」
しかし、桂は別の可能性を指摘する。
「そう言えば、前田さんが付けていたヘアピンは一本だったのか? 何本も付けているんだったら、一本くらい外れても気付かない可能性もあるんじゃないのか」
「確かにそれはあるかも。女の子でも何本も前髪や襟足につけて髪の毛をまとめている子もいるし。私は一本しか使ってないけど十本ぐらい使ってる子なら、正確に自分が何本使っているかも認識してないと思うわ」
「つまり、一本ぐらいなくなっても気付かない場合があるってことか」
「鈴原さん、実際前田さんはどういう髪型をしていたんだ?」
桂が鈴原に前田の髪型を確認する。
「えっと、正確に何本使っているかは知りませんが、事件のことを聞いた友達の話だといわゆる、おだんごヘアだったそうです」
「おだんごヘア? 髪に串でも刺さってんのか? 想像するだけで腹が減るぜ……」
「そんなおいしそうな髪型ではないよ香助……」
三人の推理を見守っていた歩が思わずつっこむ。
「香助、おだんごヘアっていうのは束ねた髪をサイドや後頭部でまとめた髪型のことよ」
「だとすると、何本もヘアピンを付けている可能性があるな」
「何でだ? まとめるならゴムで一発じゃねえか」
「わかってないな香助。おだんごヘアってのは、ボリューム感のある、ふわふわした綺麗な髪型を維持するために何本もヘアピンを使っているもんだぜ」
「そうなのか?」
「ああ。ちなみに俺が前付き合っていた子はおだんごヘアの髪を留めるのに六本ぐらいヘアピンを使っていたぜ」
桂は清海高校では「付き合いたい男ナンバーワン」に選ばれるほど、かっこ良く、さらに人当たりもいい。女子を口説くスキルなら、間違いなく清海高校で一番だろう。実際、常に複数の彼女をキープしている。その桂が言うなら、女子の髪型についても説得力がある。
「そんなら、1本ぐらいなくなっても、わかんねえかもな」
「そうね。それに、もしヘアピンがなくなったときのために、前田さんが予備のヘアピンを何本か持っていた可能性もあるわ。その場合は前田さんがいないときに鞄からヘアピンを盗めるわね」
「なるほどな。つまり、犯人があらかじめ前田さんのヘアピンを盗み、現場に落とすことは可能だったってことか」
「てことは、犯人が前田を罠にはめるために落としたヘアピンを、今野が回収したことから、犯人は消去法で川本の浮気相手だった山中になるってことか?」
「その可能性はあると思うわ。もしその場合、山中さんは焦ったでしょうね。現場に落としたはずのヘアピンがいつの間にか消えているんだから」
「そうだな、まさか今野さんが隠すとは思いもよらなかっただろう」
「しかし、今野が自分の男を取った前田をかばうために、現場に落ちていたヘアピンを隠したことは俺にとって理解できないぜ」
愛する男を取った女をかばう、今野の心情を全く理解することができない、と香助が言う。
「俺には多少だが理解できる。俺と歩が仮に喧嘩中だったとしよう。しかし、もしある殺人事件の犯人が歩で、俺が現場に歩の持ち物、例えば歩のパンツを現場で発見したら、たとえ喧嘩中でも隠すと思うな」
「ちょっと待って! うっかり現場にパンツを落とす犯人がどこにいるのさ……。もっとましな例え話をしてよ!」
歩のつっこみにもかかわらず、香助が桂に続く。
「まあいいじゃねえか。俺なら桂や銀子でもそうするぜ。部長は別だけど」
「私もかばいなさいよ!」
歩と同様、静観していた珠姫が香助の発言に声を荒げてつっこむ。
「川本を中心に複雑な関係にあったとはいえ、今野さんは心の中では前田さんのことを友達だと思っていたんだろうな」
桂はしみじみと呟く。
「今野さんが前田さんのヘアピンを隠した理由に関してはそう考えるのが普通ね」
「もっとも、今野さんが警察に提出したヘアピンが、本当に犯行時に落とされたものだったらという話しだがな」
桂が、ヘアピンに関して、新たな視点を提示しようとする。
「それって当日に川本君を毒殺する前に落としたって可能性のこと?」
「もう一つ可能性はあるぜ。それは――」
そう桂が言い掛けたところで、時間は午後2時30分を過ぎていた。時間切れのようだ。
「おっと、もうこんな時間か、議論はここまでにするとしよう。香助、銀子。少し名残惜しいが、そろそろ行くとするか」
「そうね、途中で残念だけど。取り敢えず、今までの議論の内容をまとめましょうか」
「歩、部長。ここからはお前らが考えるんだから、しっかり聞いとけよ」
「ありがとう、三人とも」
「お疲れさま。あなたたちの働き、決して無駄にしないわ。あと香助さりげなくタメ口を使うのはやめなさい」
「ちっ、うるせえな……」
桂達は今までの議論をまとめ、一つ一つポイントを話していった。
「まずは一つ目、犯人はどのようにして被害者に毒を飲ませたのか」
「被害者の胃の中からは固形物の痕跡も飲料水の痕跡も見つからなかった。つまり、犯人は何らかの方法で被害者に直接毒を飲ませた可能性が高いわね」
「被害者の胃の中で発見された将棋の駒が俺としては気になるぜ……」
「次に二つ目だ。被害者の死後に犯人がとった行動はどういう意味があったのか」
「つまり、『被害者の口の中に将棋の駒を詰め込むこと』、『死後に青酸カリを口の中に流し込んだこと』ね」
「この謎が解ければ一気に事件は解決するかもしれねえな」
「三つ目は、前田さんのヘアピンはいつ誰が落としたのか、だな」
「前田が被害者を殺害したときにうっかり落としたのか、その場合は被害者を殺害する前に落としたのか、後に落としたのか。それとも犯人が前田に罪を被せるために、意図的に前田のヘアピンを現場に残したのか。どれだろうな」
「これは別の可能性も検討した方がいいわね」
「とまあこんなもんか。歩、大丈夫か?」
一通りまとめた後で、桂が歩の様子を伺う。
「うん、ありがとう。事件の謎が解けたら、後で連絡するよ」
「頼んだわよ、歩。あとついでに部長もね」
「なんで私がついでなのよ……」
「お前、今回全くやる気ないだろ。俺達の話もどこか上の空だったし」
「ふん、今回の事件はおもしろくないのよ」
珠姫が鼻を鳴らしながら、不満を言った時点で、映画の開始時刻が迫ってきたため、桂、香助、銀子の三人は「ペナント」を退出し、映画館に向かった。
本小説は毎日8時に番外編のショートコメディ、22時に本編を更新する予定です。
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