第6話 3人の来訪者(前編)
桂、香助、銀子の3人が「ペナント」に来た理由を銀子が説明する。
「3人で映画に行く予定だったんだけど、香助が映画の開始時間を勘違いして、早めに集まっちゃったのよ。それで、まだ30分くらい時間があるから、ここでお茶していこうと思って」
「わりいな、二人とも」
どうやら午後2時30分から始まる映画を3人で観に行くために、午後2時に待ち合わせしたらしい。ところが、集合時刻を決めた香助が映画の始まる時間を勘違いしており、実際には映画は午後3時から始まるため、時間が余ったので「ペナント」で暇を潰そうと思ったらしい。
香助は口では謝りつつもあまり悪びれた様子はなさそうだ。このくらいで不機嫌になる桂と銀子ではないことを知っているからだろう。
時計を見ると時刻は午後2時を過ぎていた。鈴原と午後1時に駅で待ち合わせて、もう1時間以上も経ったことになる。
「まっ、そのおかげで歩と部長にも会えたんだから、いいじゃねえか。失礼するぜ!」
香助はそう言うと、当たり前のように歩達のテーブルに椅子を持ってきて座った。続いて、桂と銀子も空いているテーブルをくっつけて、同じように席に着いた。
「わっ、わっ!」
これに焦ったのは鈴原である。それもそのはずだ。内密に相談したいことがあってここへ来たのに、いきなり見知らぬ3人が登場すれば誰だって焦るだろう。
「ほらっ、誰か知らねえけど、もっと詰めろよ」
香助は歩の正面に座っていた鈴原を隅へ追いやり、椅子に座った。銀子が歩の隣に座り、桂は香助の隣に座っている。
これで席順は銀子、歩、珠姫。向かいに桂、香助、鈴原という順番になった。歩の正面に座っていた鈴原は、相性の悪い珠姫の前に座る羽目になり、「そんなあ……」と涙目になっている。
「それで、これは何の集まりなんだ?」
「この女の子の相談に、私と歩で乗ってあげているのよ。何でも知り合いから聞いた未解決事件を歩に解決して欲しいとか」
「そいつはおもしろそうだな、俺達も力を貸すぜ」
「ちょ、ちょっと! 何勝手に相談内容漏らしているんですか!」
珠姫が一瞬で秘密だったはずの相談内容を暴露する。
「香助、先に注文をしないか?」
「それもそうだな」
鈴原の文句も虚しく、桂の発言を受け香助はマスターに飲み物を注文する。
「マスター! アイスコーヒー三つ頼むぜ!」
「かしこまりました」
「会計は鈴原さんにつけといて」
「かしこまりました」
「って何言ってるんですか! かしこまらないでください!」
香助の注文に、さりげなく珠姫が会計を鈴原につけるように差し込む。鈴原もこれには黙っていない。しかし、
「ダメ? ダメなら帰るけど。――もちろん歩と一緒にね」
「うう~、それを言われると……」
歩にここで帰られたら相談の意味がなくなるので、鈴原は否が応でも会計を引受けざるを得ない。
「瀬川さん……、助けてください……」
鈴原が唯一この中で味方をしてくれそうな歩に助けを求める。しかし、悲しいことに、歩は珠姫の行動を邪魔しないように指示されているので、鈴原を助けることはできない。
「まっ、追加と言ってもアイスコーヒー3つで1000円もしないし、別にいいじゃない」
歩はあくまでも柔らかい口調だが、鈴原をさりげなく突き放す。
「そんなあ……」
「それに香助達はこう見えて結構頭が切れるんだ。今回の相談でも力になれると思うよ」
「わかりました……。瀬川さんがそう言うなら……。もうこれきりにしてくださいよ」
「ありがとう。それじゃ軽く自己紹介しましょうか」
珠姫の一切感情が込められていない、形だけの感謝の言葉の後、鈴原と桂、香助、銀子の自己紹介が終わり、歩達は話を再開した。
「そう言えば、この前話したプロテイン茶碗蒸しの作り方だけどさ……」
「って何の話を再開してるんですか!」
香助のいつものボケに慣れていない鈴原が反射的につっこむ。
確かに何の話をしようとしてるんだ香助……。しかもプロテインで茶碗蒸しとか微妙に気になる、いったいどんな味がするんだろうか、と歩も心の中でつっこむ。
「わりい、わりい。殺人事件の話だったな。歩、これまでの話を簡単にまとめてくれ。五・七・五の形式でな」
「えっ! なんで俳句形式なの! ちょっと待ってね」
どうしよう。これまでの話を三行でまとめることなんて到底できない。ボケてごまかそう。そう決意して、歩が次の言葉を発する。
「唐辛子
吹き出しみれば
鳳仙花」
「ほう。唐辛子を吹き出してみれば、まるで赤い鳳仙花のように綺麗な花のようだということだな。料理を引き立てる以外にもそれ自体に魅力がある唐辛子の良さを軽妙に表現しているわけだ。さらに『とうがらし』と『ほうせんか』で若干韻を踏んでいるところや『唐辛子』と『鳳仙花』という秋の季語を統一して題材に用いているところが見事だ。芸術点に技術点、ともに申し分なく、これはかなりポイントが高いぜ。しかし、唐辛子を吹き出すとかいったいどういう状況だよ! というつっこみを入れたくはなるがな」
「めちゃめちゃ分析された! しかも意外と好評価だ。ちょっと嬉しい……」
「ちっ、お前には負けたぜ……。さすが俺が認めた男だ」
香助も白旗を上げている。どうやらこれで正解だったようだ。
「じゃあ次の題材は……」
「って、何勝手に俳句大会を始めているんですか!」
一連のやり取りを見ていた鈴原が、我慢し切れず香助の話に割り込んだ。
「うわっ! 俺に怒るのかよ。ボケたのは歩なんだから歩にも怒れよ……」
香助に言われて鈴原は歩の方を見て歩と目が合う。
「瀬川さんも……」
何かを言い掛けたが、歩と視線が重なり、瞳を見つめ合うと、鈴原はすぐに頬を赤らめて目をそらし、言葉をにごす。
「「むっ」」
そんな鈴原の様子を見て、珠姫と銀子が何かに気付いたように同時に呟く。
「銀子、ターゲット分析開始」
「了解……。分析を開始します」
「何ですかいきなり……」
珠姫の合図と共に銀子の眼鏡が輝き、銀子が何やらぶつぶつ言い始めた。まるで、主人の命令に従うアンドロイドのようである。
「――測定終了。ターゲットの外見は歩の好みから外れており、恋愛指数は著しく低い。よって、恋愛に発展する可能性は低いと推定。しかし、ターゲットは既に歩をロックオンしており、危険度はA+ランクと判断。このままでは歩に危害が及ぶため、早急に焼き払う必要あり」
「ご苦労」
銀子の機械的な口調による測定結果報告の後、珠姫が労をねぎらう。
「だから何を言っているんですか……」
鈴原には二人のやり取りの意味が理解できなかったが、他の三人は理解していた。
歩は気弱そうな外見にもかからず、端正な顔立ちに、母性本能をくすぐる笑顔が備わっており、清海高校一のイケメンである桂には劣るが、女子にかなり人気がある。歩と仲良くなろうとして近づいてくる女子は高校でもかなり多い。
そこで、珠姫と銀子は歩に近づいてくる女子を分析し、歩と不必要に仲良くならないように日々チェックしているのである。
彼女らの行動により歩と仲良くなることを断念した女子は数多い。恋愛指数とは歩と恋に落ちる可能性の高さを示しており、分析対象の外見、口調、性格が歩の好みに近ければ近いほど指数も上昇する。
歩の好みのタイプは、珠姫と銀子により歩が留守の間に一人暮らしの部屋に勝手に上がりこんで部屋の中を漁り、好みの漫画・小説、あまつさえベッド下のエッチな本を詳細に分析することにより、既に解析されている。
ちなみに、エッチな本は全て捨てられ、代わりに二人のセクシーショットの写真がベッド下に大量に敷き詰められているのを発見した時、歩としてはどうしたらいいかわからず、そのままベッド下を封印したらしい。
「雑談はこのくらいにして、事件の話をしようか。僕から事件の概要を説明するよ。といっても、僕もさっき鈴原さんから聞いたばかりだけどね」
このままでは事件の話が続かないので、歩は強引に事件の経緯を説明することにした。
本小説は毎日8時に番外編のショートコメディ、22時に本編を更新する予定です。
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