第3話 いつでも2人で1セット
2月22日 土曜日
「ってどうしてあなたまでいるんですか!?」
歩と鈴原が話した日の次の土曜日、歩達は、約束通り、午後1時に高台駅の改札前に集まっていた。
しかし、メンバーは約束の当事者である歩と鈴原に加えて、なぜか珠姫まで来ていた。
「悪い? 事件のことなら何か力になれるかと思って。こう見えても私は歩が所属する将棋探究部の部長ですからね。部長として立ち入る権利と義務があるわ」
「え、あなたも将棋探究部の一員だったんですか? で、でも……」
二人は視線を激しくぶつけ合う。といっても、正確には珠姫が睨んでいるのに対して、鈴原は捨てられた子犬のように怯えた目をしている。
「まあまあ。鈴原さんもたまちゃんも落ち着いて。鈴原さん、たまちゃんが一緒にいたほうがいいアドバイスが聞けると思うよ」
歩がそう言うと鈴原は渋々といった様子で納得した。
「わかりましたぁ……。じゃあ葉月さんもお願いします」
「最初から私を頼ればいいのよ。それなのに歩に色目を使うなんて」
「私、色目なんて別に……」
駅にいたらいつまでも喧嘩を続けていそうなので、歩は早めに相談場所である行きつけの喫茶店に向かうことにした。
「いらっしゃいませ。瀬川さん、葉月さん、ようこそ」
「こんにちは、マスター」
3人が将棋探究部の行きつけの喫茶店に入るとマスターが声を掛けてきた。
彼らが常連の喫茶店「ペナント」は、ブラウン系の色で店内は統一されており、5人程度が座れるカウンターに二人掛けのテーブルが8脚設置されており、古風な感じの喫茶店である。
それほど広くはないが、落ち着いた雰囲気のこの喫茶店を彼らは気に入っていた。
何よりマスターと親しくなったため、何時間だらだらしていても文句を言われないのが最大の利点である。
「へえー、名前を覚えられているなんて、本当に常連さんっていう感じですね」
「まあね」
歩が予想していた通り、店にはほとんど人がいなかった。
歩達は入り口から最も遠い、隅の席を確保した。二人掛けのテーブルを二つくっ付け、歩と珠姫が隣に座り、歩の正面に鈴原が座った。
「ええと、何を頼もうかな」
歩がメニューを開こうとすると、突然、珠姫が鈴原に話し掛けた。
「鈴原さん、この店の会計はあなたに任せていいのかしら?」
「えっ!? いきなり何を言うんですか!」
「だって私と歩はあなたに相談される立場なわけでしょ。さすがにここの代金くらいは相談料として払ってくれてもいいと思うんだけど」
「たまちゃん、僕は別に……」
「歩は黙ってなさい!」
歩が自分で払うと言おうとしたが、珠姫に制された。
昨日二人が出会った時からだが、珠姫の態度は鈴原に対して厳し過ぎる。何か理由があってのことだろうか。
「わかりましたよ……。ここは私が払います。でも、そもそも葉月さんは呼んでいないんですが……」
鈴原は不満を口にしたが、
「黙りなさい! 歩を呼ぶということは私を呼ぶということよ」
と一蹴された。
「それどういう理屈なのさ……」
「マスター!」
「何でしょうか?」
珠姫がマスターを呼び寄せ、注文を告げる。
「ペナント」のマスターは、身長百八十程度であごひげが似合う、いかにもおしゃれでダンディな中年である。若い頃はさぞかしブイブイ言わせていたことだろう。
「この店で一番高いコーヒーを二つお願い」
「えっ、ちょっと待って……」
「かしこまりました」
さすがはマスター。力関係を瞬時に察知し、珠姫の指示のみに正確に従う。
「それに、軽食のサンドイッチと皆でつまめるポテトもね。あと隣の牛丼屋から牛丼大盛りを注文しといて」
「かしこまりました」
「ってかしこまらないでください! よく聞いたら隣の店のメニューも注文させようとしてるじゃないですか!」
「あれっ? ダメなの? ダメなら私は帰るけど。――もちろん歩と一緒にね!」
「ううう、わかりましたよ……」
「やりたい放題だね、たまちゃん」
実は歩に珠姫から昨日一通のメールが届いていた。
内容は「明日の私は傍若無人でいくけど止めないでちょうだい! 理由は明日相談が終わったら説明するから!」とのこと。
珠姫が傍若無人なのはいつものことであるし、歩としても、面白そうなので放っておくことに異論はなかった。そこまでする理由は気になったが、後で説明するとのことなので、敢えて聞かないでおいた。
生徒会長を務める珠姫は処世術に関しては将棋探究部の中でも最も磨かれているはずであるのに、どうして鈴原に対しては失礼とも言える行動ばかり取るのだろうか。普段の珠姫は締めるところは締めるが、人当たりが良い性格だ。
「私はアイスコーヒーをお願いします……」
「かしこまりました」
結局、鈴原はこの店で最も安い「アイスコーヒー」、歩と珠姫はこの店で最も高い「店長が愛情のみで育てた豆で作ったブルーマウンテンブレンド」という怪しい雰囲気満載のオリジナルコーヒーを注文した。ちなみに前者のアイスコーヒーが一杯200円、後者のブルーマウンテンブレンドが一杯1500円、二杯で3000円である。
店長が愛情のみで育てたとか、かなりうそ臭い。「愛情の前に水をあげればいいのに」と歩は心の中でつっこんだが、おごってもらえる立場なので文句は言わない。
そして、注文したメニューが全て運ばれ、テーブルの上にはコーヒーの他にサンドイッチにポテト、おまけに隣の店の牛丼まで並んでいるという混沌とした状態になっていた。
「うーん。やっぱりコーヒーは『店長が根性のみで育てた豆で作ったマウントフジブレンド』に限るわね」
と財布の中身を涙目で確認している鈴原の心情もつゆ知らず、珠姫は優雅にコーヒーを味わっていた。
「たまちゃん、名前が微妙に違うよ……。純国産になってるし、水をしっかりあげようよ……」
コーヒーにサンドイッチにポテトに牛丼、今まで頼んだ注文だけで既に四千円を突破している。
これ以上珠姫が追加で注文したら、さすがに止めようかな……、と歩は不安に思った。
「それで、相談内容を聞かせてもらってもいいかな」
「は、はい」
珠姫が追加注文する前に歩は話を進めることにした。普段は積極的に人前に出ようとするのは珠姫であるが、今回は歩が相談を受けたため、必然的に歩が主導的に話すことになる。珠姫は歩の横で、美味しそうにサンドイッチをほおばっている。
「昨日もお話ししましたが、瀬川さんに知り合いの学校で起きた殺人事件を解決してほしいんです」
「殺人事件ねえ……。物騒な話だね。そういうのって普通は警察が解決すると思うんだけど。昨日もちょっと聞いたけど、警察の捜査は進んでいるの?」
「警察も捜査しているらしいです。ただ、容疑者は数名に絞り込むことができたのですが、どうやらそこから行き詰まっているみたいで」
「そうなんだ。でも僕らが警察を上回るようなアドバイスができるかな。自信はあまりないね」
「あの事件を解決した将棋探究部の一員の瀬川さんなら、きっと事件の真相を見抜けると思うんです。それに解決とまではいかなくても、友達の不安を解消するために、せめて瀬川さんのご意見をうかがいたいんです!」
「うーん、それにしてもどうして僕なの?」
歩は何か意図があり、昨日と同じ質問を繰り返した。
「だってそれは清海高校の校内新聞で瀬川さんの存在を知って……」
「そういう意味じゃないんだけど……。――うーん、無責任になるけど意見を言うだけならいいか。わかった、君の相談、改めて引き受けるよ」
「ありがとうございます!」
歩が鈴原とこういう話をしている横で、珠姫は携帯ゲーム機を歩の鞄の中から取り出して、中に入っていたソフトをプレイしている。歩としては今プレイしているゲームはRPGので勝手に進められるのは、やめてほしいところだが。
珠姫はこの前も歩のゲームを勝手に操作して、主人公に歩の名前、ヒロインに自分の名前を入れていた。歩がプレイしていて若干恥ずかしかったのは記憶に新しい。
さらに、ゲームとはいえ、歩と珠姫がくっ付くことに嫉妬した、将棋探究部の一員である中村銀子にさらに主人公の名前を「歩」から「近所で少し有名な変態さん」に変えられた。
結局は主人公である「近所で少し有名な変態さん」とヒロインである「珠姫」とでラスボスを倒し、その後に結婚するというあまり素直に喜べないエンディングを迎え、珠姫はかなり怒っていた。
取り敢えず、今は珠姫の行動は置いておこう。歩はつっこみ始めたらきりがない気がしていた。
「じゃあどんな事件か聞かせてもらおうか。まず、具体的にその事件はいつどこで起こったの?」
「事件は約1週間前の2月14日に発生しました。でも、申し訳ありませんが、場所は私にもわからないんです」
「ん、どうして?」
「どうもまだ警察が捜査中の事件で、学校内で起こった事件だから内密に進めたいというのが警察と学校に共通する考えらしいんです。私がネットで知りあった友達がその学校の生徒でして。その友達から相談されたんです。ただ、学校から箝口令が敷かれていて、その友達もどこで起きたかは教えてくれないんですよ」
「そうなんだ。でも友達から聞いただけじゃ、事件の概要が把握できないんじゃないかな。だったら相談されても大したことが言えないと思うけど」
「その点は大丈夫です。その友達の父親が実際に捜査を担当している警察官らしくて、父親にねだって捜査の情報をたんまり聞いたらしいんです。父親も娘の学校で起きた事件だからって、安心させる意味もあって事件の捜査状況を教えてくれたそうです」
「なるほど。警察の人から間接的に聞いた情報だったら安心だね」
ちなみにこの時、珠姫はまだ歩のゲームをしていた。ソフトはPRGから格闘ゲームに変わっており、かなり熱中し、ヘッドフォンまで装着し、「せいや!」と叫びながらボタンを押している。
鈴原さんの話を全く聞いてないな……、なんで来たんだろう。歩が疑問に思うのも当然だった。
「ちょっとこの人はいったい何をしに来たんですか……」
さすがに鈴原も苦い顔をしている。4000円以上もの喫茶代を相談料として払う彼女としては、珠姫の自由奔放な行動に到底納得できないだろう。
「ごめんね。たまちゃんは人と話している最中にゲームに熱中する癖があって」
「どんな癖ですかそれ……、社会に出れないタイプの人間じゃないですか」
「誰が社会に出れないタイプの人間ですって!」
「ひっ!」
珠姫が聞いていないと思って油断していた鈴原を、瞬時にヘッドフォンを外して叱りつける。珠姫は自分の悪口だけは特に耳が良い。
「ごめんなさい……」
「よろしい」
鈴原に謝罪させると珠姫は満足そうに再びヘッドフォンを装着してゲームに熱中し始めた。
「ま、まあ一応話は聞いているみたいだし、気にせず話してよ」
「わかりました……」
こうして、鈴原は事件の概要を話し始めた。
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