第1話 依頼は突然に(前編)
本日から新章「無敵事件」始まりました!毎日22時に更新する予定です。
「手裏剣事件」同様、問題編と解決編の2部構成です!
最後までお付き合い頂けますとありがたいです。
~あらすじ~
2月のある日、高校の帰り際、歩は突然見知らぬ少女に呼び止められ、少女の高校で起きた殺人事件を解決して欲しいと依頼される。
毒殺された被害者は将棋の駒を大量に口に詰められた、奇妙な状態で発見されたという。
翌日、歩は少女の相談に乗るが、そこに珠姫が加わり、物語は思いも寄らぬ方向に向かっていく。
2月21日 金曜日
「相談があるんです!」
高校の正門を出た瀬川歩は、突然一人の少女に声を掛けられた。
その時、歩は帰りに本屋に寄って、お気に入りの漫画の一つである、「将棋マン!」の新巻を買おうと、要するに至って平凡なことを考えていた。
虚を突かれたにもかかわらず、歩は慌てず、冷静に少女に対応する。
「突然だね。僕に相談ってもしかして恋愛相談かな?」
「えっ! いやあのその……」
少女は赤面して、動揺する。
「冗談だって、そんなに真に受けないで」
「は、はい」
歩が緊張をほぐそうとしていった冗談が余計に彼女の緊張を与えてしまったようだ。
突然話し掛けられたので、とっさにタメ口を使ってしまったが、制服からして相手は他校の生徒のようだ。顔つきからして、たぶん自分と同じか年下の可能性が高い。
タメ口でも問題はないと歩は判断した。
「それにしても、どうして僕なの? 僕なんて、どこにでもいる将棋好きの学生だよ」
「あの! 私、三ヶ月前の、清海高校の校内新聞を読んだんです!」
「ああ、あれか……」
歩の脳裏には彼女が読んだであろう校内新聞の記事が過ぎった。
三ヶ月前に清海高校で起こったCD窃盗事件。
事件の真相を見抜いた葉月珠姫を始め、将棋探究部の面々としては、犯人が盗んだCDさえ被害者に返還すれば表沙汰にする気はなかった。
しかし、事件の動機・犯行方法が謎に包まれていたため、事件が起きた日の三日後には校内新聞に、事件の詳細が張り出され、全校生徒の間で瞬く間に話題になったのである。
校内中に窃盗事件があったことが知れ渡り、保護者からは、警察に通報して捜査してもらうべきだとの意見が多く寄せられた。
実際、再び窃盗事件が起きるのではないかと危惧していた生徒も多かった。そこで、教師陣としては何らかの措置をとることが余儀なくされ、急遽、校長や教頭を含めた対策会議が開催されたのである。
生徒会長である珠姫も高校の一大事ということで、対策会議への出席を求められた。
珠姫は会議に参加する前に、事件の真相を唯一知っている将棋探究部で話し合い、学校が警察へ通報する前に事件の真相を明らかにすることに決定した。
そうはいっても、彼らは犯人が深く反省している以上、敢えて警察に突き出すようなことはしたくなかった。そこで、犯人を明らかにせずに事件を静めるため、彼らは一計を講じることにした。
まず、珠姫は職員会議で、事件の真相を校長先生や教頭先生を始め、多くの先生に語った。犯人の名前を除き、動機及び犯行方法を明らかにし、窃盗事件が続発する可能性が皆無あることを丁寧に伝えた。
通常であれば一生徒の意見が職員会議で採用されることは皆無だろう。しかし、全国模試では常に上位を取り、生徒から絶大な信頼を獲得している、稀代の生徒会長である葉月珠姫の意見であれば別である。
会議の前に大部分の先生に根回しを行い、自分の意見に賛成してくれるように説得して回ったことも功を奏した。
それでも自分に反対した先生は鉄拳で黙らせたとのことである。将棋探究部の一員の香助は「お前の鉄拳の説得力すごいな……」、桂は「もうお前の鉄拳の方が事件なんじゃないか……」と感想を言っていた。
さらに、珠姫は校内新聞を通じて、犯人の名前以外の事件の真相を明らかにし、犯人が深く反省していることを伝え、生徒及び保護者の不安を払拭することを提案すれば、校長といえども珠姫の意見を飲まざるを得なかった。学校側としても警察沙汰にしたくはないという事情も珠姫の提案が受け入れられた理由の一つである。
事件の真相が掲載された校内新聞は、不可能犯罪を演出したトリックが事件に無関係な人の興味をそそり、大きな反響を呼び、校外の学生にも広く読まれることになった。
さらに、当該記事には、事件の真相を見抜いた、将棋探究部の5人の写真が掲載された。珠姫や桂を始めとして、学内で人気の高い面々が揃っていたことも、当該記事の普及の一因ともなった。犯人に自らの推理を突きつけたのは珠姫だが、新聞には、あくまでも将棋探究部の面々が共同で推理して、犯人のトリックを見破ったと報道された。
その結果、将棋探究部はCD窃盗事件を解決した名探偵集団として学内、学外に広く顔を知られるようになったのである。
以上の経緯があり、せっかく自分達の噂を聞きつけて他校からやってきてくれた彼女を邪険に扱うことはできず、歩は正門を少し離れた道路の脇で話を続けた。
「それで、どんな相談なの? 君の相談に乗るかはまだ決めてないけど、相談内容の端緒だけでも、教えてもらえるかな?」
「実は……」
彼女は一瞬、歩から目を逸らしたが、勇気を振り絞ったかのように、歩の目を強く見て、はっきりと言った。
「瀬川さんに殺人事件を解決してほしいんです!」
「へっ?」
あっけに取られたとはまさにこのことであろう。歩はもっと平凡な内容を予想していた。何が平凡かわからないが、ひったくり事件やストーカー事件などを想像していた。
それがまさか殺人事件とは……。
「うーん、そういうのは警察に言ったほうがいいんじゃないのかな?」
歩は、誰もが言うであろう発言を、代弁する気持ちで言った。
「殺人事件といっても、最近ネットで知り合った友達から聞いた事件なんです。その友達は高校生なんですけど、どうやら一週間前に自分の高校で起きた事件らしくって。――その高校の生徒が一人、誰かに殺されたらしいんです」
「でも、最近そんな報道は聞いてないなあ。高校で起きた殺人事件ともなると、マスコミが大々的に報道すると思うけど」
「それが……、事件が高校の内部で発生したので、生徒への影響に配慮して、マスコミに報道規制がかけられているらしく、まだテレビや新聞で流されていないんですよ」
「そうなんだ。報道はされていないけど、もちろん警察は捜査をしているんでしょ?」
「はい。ただ、警察の捜査がうまくいっていないみたいで……。友達は次も殺される生徒が出てくるかと思うと、不安で夜も眠れないらしいんです。そこで名探偵集団と言われた将棋探究部に所属する瀬川さんのお力を借りたいんです」
「名探偵ね……」
歩は見込み違いも甚だしいと内心で思っていた。あの事件は解決への手掛かりが揃っていたから、たまたま解決できたに過ぎない。桂のCDが部室で発見されなければ、未解決のままだっただろう。それに自分達が被害者として含まれていなければ、事件の推理すら行わなかったはずである。
そんな自分たちを名探偵と呼ぶのは見当違いだ。名探偵とは、警察でも解決できない難事件を、断片的な情報を幾つか手に入れただけで魔法のように、電光石火の如く、解決へ導く人物である。まるで、シャーロク・ホームズやエルキュール・ポアロのように。
その意味では、巻き込まれた事件を偶然に一件解決できたに過ぎない自分達は、名探偵に程遠い。将棋探究部が名探偵集団というのは、校内新聞が創り上げた虚像に過ぎない。歩はそう思っていた。
「君の力にはなってあげたい。もし僕が推理小説に出てくる名探偵なら、君の友達の悩みをあっという間に晴らしてあげることだろう。だけど、実際には僕らは単なる将棋好きな集団に過ぎない。君の頼みを聞くことはできないよ」
「そんな……」
自分達はあくまでも将棋探究部という部活のメンバーであって、探偵部なんてものではない。将棋の謎を探究することはやっても、事件の謎を探究することはどう考えても部活の内容からかけ離れている。
学園の中には彼ら5人が将棋を指している光景を滅多に見ないこと、不可解な事件を解決したことから、皮肉と敬意を込めて、将棋探偵部と呼ぶ生徒も増えているが、歩としては納得していない。
彼に言わせれば将棋もしっかり指している。ただ、以前クラスメイトに「将棋に関する活動は何かしてるの?」と言われたときには、「週末に部長の家に行って、朝から晩まで将棋を指している」と言い返したが、「それ部活動じゃなくね?」と逆に見事な返し技を極められて、何も言い返せなかったが……。
確かに平日は部活としてほとんど将棋を指していないのは事実である。
「どうしてですか? 私、感動したんです! あんな複雑なトリックを鮮やかに解決するなんて……」
「あれはたまたまだよ。それに自分と無関係な事件にでしゃばるほど、僕らは暇じゃない。暇そうに見えても、僕は結構忙しいんだ」
歩は彼女を冷たく突き放そうとしたが、この一言により、逆に、今まで暗澹としていた少女の表情が一変する。まるで勝てないと思っていた戦いに、一縷の光が射すように。
「それなら……、私が話す事件に将棋が絡んでいるとなればどうですか?」
「なんだって!」
歩は一瞬大きく反応したが、冷静に気を取り直していった。
「だって君の相談は殺人事件だろ。どうして将棋が関係しているんだい?」
「それは……」
少女の次の一言に歩は驚愕する。
「死体となって発見された被害者の生徒の口の中に、大量の将棋の駒が詰め込まれていたんです」
「えっ!」
少女の予想通り、歩は将棋と聞いて一気に事件への興味が沸いた。
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