番外編 美容室での会話(後編)
珠姫「お久しぶりね、一郎さん、二郎さん。あら、歩に香助まで。あなた達も髪を切りに来たの? 偶然ね」
歩「やあ……、たまちゃん」
香助「ぶ、ぶ、ぶ、部長! どうしたんですか! こんな場末の寂れた美容室に!」
珠姫「店員の前でよくそんなこと言えたわね……。言ってなかったっけ? 私、ここの常連なのよ」
歩「そうなの? 僕も常連だけど知らなかったよ」
珠姫「まあ髪切るなんて一ヶ月に一回程度だからね。会う確率のほうが低いわよ」
香助「……」
珠姫「どうしたの、香助? 青ざめて黙ちゃって」
香助「はっ! 俺がびびってるだって? こいつは武者震いだぜ!」
珠姫「どうして美容室で武者震いするのよ……。一郎さん、二郎さん。既に二人客がいるってことは、今日の私の担当は三郎さんになるのかしら?」
一郎「左様でございます。今からお呼びします」
珠姫「ん、お願いするわ」
一郎「鏡三郎よ。我が弟にして、遥か彼方の魔界の王よ。我の召喚に応じ、その姿を現せ!」
珠姫「休憩室の弟を呼ぶのに、どうして伝説の魔王を呼び出すような呪文を唱えるのよ……」
一郎「その方が盛り上がると思いまして。――珠姫様、三郎が参りましたよ」
三郎「初めまして、珠姫様。三男の三郎です」
珠姫「どうも、三郎さん。そういえばあなたと会うのは初めてね。三つ子だけあって、三人ともそっくりだわ。三郎さん、今日はよろしくお願いしますね」
三郎「かしこまりました。それでは、まずお席にお掛けください。どうぞこちらへ」
珠姫「ん」
三郎「注文はいかがなさいますか?」
珠姫「ん~、今日は喉乾いたから冷たいものをぐいっとやりたいわねえ。麦茶でいいわ」
三郎「かしこまりました」
珠姫「それにしても、あんたら二人が美容室で髪を切るなんてねえ。歩はまだわかるけど、香助なんて下町のおっちゃんが経営してる散髪屋に行っているのかと思ったわ」
香助「おいおい、部長。どれだけ先入観に囚われているんだ? 俺はこう見えて髪型には結構気を使ってるんだぜ」
珠姫「へえ……。意外ね」
歩「嘘だよ、たまちゃん。今日は僕がここに連れてきたんだ。いつもはたまちゃんの想像通り、香助は下町のおっちゃんが経営してる散髪屋に行ってるよ」
珠姫「やっぱりね。しょうもない嘘を吐かないでよ」
三郎「――珠姫様、麦茶でございます」
珠姫「ありがとう。ゴクゴク……。んー、おいしっ! 三郎さん、茶葉代えた?」
三郎「はい。珠姫様が以前飲まれたお茶は静岡産の大麦を原料に作られていたのですが、今回は京都産の玄米で作ったお茶をお出ししました」
珠姫「へえ――ってそれ麦茶じゃなくて、玄米茶じゃない! 通りでいつもと味が違うと思ったわ。茶葉どころか、お茶の種類が変わってるじゃない……」
三郎「恐縮です」
珠姫「恐縮ですじゃないわよ……。茶葉変えても注文変えちゃだめでしょ……。まあ、美味しかったから別にいいけど」
三郎「それでは珠姫様。本日はどのような髪型になさいますか?」
珠姫「そうね。そこのアンパンマンのように愛くるしい少年が気に入るような髪型にしてください」
三郎「かしこまりました、歩様。どのような髪型をご所望で?」
歩「えっと、じゃあショートボブをベースで、レイヤーを入れて軽くして、仕上げにスライドカットで動きをつけてください」
三郎「かしこまりました」
香助「その注文方法、斬新すぎるだろ……。せめて自分で頼めよ。しかも注文の意味がわからねえし」
珠姫「いつも散髪屋のあんたじゃ理解出来ないわよ。それにしても歩。ショートカットが好きだったの?」
歩「いやあ、たまちゃんならショートカットも似合うんじゃないかと思いまして」
珠姫「もうっ。私のショートカットが見たいなら、言ってくれればいいのに、うふふ……」
三郎「なんですか、このラブコメは……」
香助「三郎さん、この二人はいわゆる、友達以上恋人未満の関係だと思ってくれればいいぜ」
三郎「はあ……。それでは珠姫様。まずはシャンプーを致しますので、シャンプー台の方へ移動をお願いします」
珠姫「オッケー、歩、少し待っててね。香助、あんたは帰っていいわよ。というか私と歩の間に座ってて邪魔だから早めに帰りなさいね」
香助「うるせえ! 俺はカツサンドを食い終わったらカレーライスも食うつもりなんだよ! 全部食べるまで帰らねえぞ!」
珠姫「なんでここで晩ご飯まで食べていこうとしているのよ……」
香助「ふん!」
二郎「それにしても、歩様と香助様、珠姫様からの扱いが対照的ですね。歩様は恋人や弟のように可愛がられているのに、香助様は敵国の兵士みたいな扱いを受けていますね」
香助「そうなんだよ。あの女。俺だけ異様に敵視してくるんだよな……」
歩「その香助が妹とデートするなんて聞いたら、発狂して何をするかわからないね……」
香助「そうだった! 歩、一郎さん、二郎さん。俺が明日、部長の妹の瑠璃とデートすることは絶対に内緒で頼むぜ」
一郎・二郎「かしこまりました」
香助「おもしろがって言ったりするな。絶対だぞ」
一郎「それは暗に明日のデートを伝えろという前フリでございますか?」
香助「ちげえよ。なんでお笑い芸人みたいな感じで受け止めてんだ、あんたは……」
珠姫「――ふー。シャンプー気持ち良かったわ」
歩「あっ、たまちゃん。シャンプー終わったんだ」
珠姫「うん。スッキリしたわ。それじゃあ三郎さん、カットをお願いね」
三郎「かしこまりました。カットカット……」
珠姫「そういや香助。あんたが美容室で髪切るなんて、どうしたの? もしかして女の子とデートとか?」
香助「鋭いな……。――ここは勢いでごまかすか、ボソボソ……」
珠姫「何ボソボソ言っているのよ」
香助「うるせえ! 俺がいつ髪を切ろうとお前に関係ねえだろうが! 部長だからといって部員のプライバシーに干渉すんなや! いつもいつも歩ばっかり、えこ贔屓しやがって! 他の部員もそのうち黙っちゃいねえぞ!」
珠姫「美容室に来る理由を聞いただだけで、なんで私ここまで罵倒されているのかしら……」
歩「まあまあ、たまちゃん。きっと香助は反抗期なんだって」
珠姫「そ、そうなのかしら……。それにしてもどうして私に反抗するのよ。クラブの部長に反抗する前に親に反抗しなさいよ……」
香助「うるせえ! 親にはこれから反抗する予定なんだよ!」
珠姫「反抗期をスケジュール通りにこなす人なんて初めて見たわ……」
歩「僕もだよ……」
香助「とにかくだ! 俺が明日何しようと、部長には一切関係ない!」
珠姫「明日? 明日なんかあんの? 私、別に明日の予定は聞いてないけど」
香助「ぎくっ!」
二郎「香助様、語るに落ちるとは、まさにこのことでございますね」
香助「う、うるせえ! まっ明日は明日だよ。気にすんなって」
珠姫「ふうん。まあ、確かにあんたが明日何をしようが別にどうでもいいわ。それより、ねえ歩」
歩「なに、たまちゃん」
珠姫「明日空いてる? ちょっと付き合ってほしいんだけど」
歩「明日? 特に用事はないけど。どこか出かけるの?」
珠姫「ちょっと付き合ってほしいのよ。――うちの妹の瑠璃、覚えているでしょう」
歩「もちろん。たまちゃんに似て可愛らしい子だったね」
珠姫「ありがとう。瑠璃が最近私に内緒で男の子に連絡を取っているみたいなのよ」
香助「うがっ!」
珠姫「ん、香助、どうしたの? 漫画みたいな効果音を口で言うのって正直ちょっと引くわ」
香助「気にすんなって。そんなこと言い始めたら、皆ちょっとずつ効果音を口にしてるぜ。鏡さんなんて、髪を切るときに、『カットカット』って謎の効果音を呟いていたし」
珠姫「それは言わないのがお約束でしょうが……」
香助「それもそうだな。――ちょっとハサミが気持ちよくてうっかり声を出しただけだから気にすんな」
珠姫「変わった性癖の持ち主なのね、あなたは……」
歩「あはは……。それでたまちゃん。瑠璃ちゃんが連絡を取っている相手が誰かはわかっているの?」
珠姫「それがわからないのよね」
香助「ほっ」
珠姫「でも、瑠璃がお風呂に入っている隙に携帯をこっそり見たのよ」
香助「こっそりでも見ちゃだめだろ……」
珠姫「うるさい、香助。私は姉として、瑠璃に近づく不逞な輩を片っ端から撃墜する使命を生まれた瞬間から背負っているのよ!」
歩「たまちゃん、自分が生まれたときに妹の瑠璃ちゃんはまだこの世にいないって。それで、携帯見て何かわかった?」
珠姫「それがね、瑠璃ちゃんのメールの受信ボックスを見て、相手の名前を確認したのよ」
香助「どきどき……」
珠姫「どうしたの香助、冷や汗がだらだら流れてきているけど」
歩「気にしないで、たまちゃん。香助は髪を切られているときに、大量に冷や汗を流す癖があるんだ」
珠姫「不思議な癖の宝石箱ね、あんたは……」
歩「それで、相手は何ていう名前だったの?」
珠姫「それが……どうやら『ローソン渋谷店』という人らしいの」
歩「へ?」
珠姫「だーかーら、ローソン渋谷店という名前の人と頻繁にメールをしていたのよ。変わった名前だと思わない? 文面から男性であることには間違いないわ。ひょっとして外国人とのハーフかしら?」
歩「その可能性はあるね。香助、どう思う?」
香助「お、おおっ。俺もハーフだと思う。グローバルだぜ、瑠璃ちゃん……」
歩「陽気な外国人の可能性もあるね。結婚の挨拶をしに来たとき、部長のことをフランクに『オー、マイプリチーシスター』って言って、感涙しながら抱きついてくるかも」
珠姫「ううう……、それは困るなあ。お父さんのこともダディーとか言ってラップを歌い出すのかしら。うまくリズムに乗れるか心配だわ。お父さんもう五十歳近いのに……」
香助「ってもっと他のことを心配しろよ!」
珠姫「そう言われてもねえ……。『ローソン渋谷店』っていう名前しかわからないし……」
三郎「それって、どうみても偽名じゃん……」
珠姫「えっ! いま三郎さん、何か言いましたか?」
三郎「いえ、別に。思わず素でつっこんだりはしてませんよ」
珠姫「そうですか、なんか『それって、どうみても偽名じゃん』て聞こえた気がしたんですけど、私の気のせいでしたか。すみません」
三郎「いえいえ」
香助「はっきり全部聞こえてるじゃねえか……」
珠姫「本当にハーフだったらどうしよう。もし、ローソン渋谷店さんと妹の葉月瑠璃が結婚したら、ローソン瑠璃店になるのかしら」
香助「なんで最後に『店』が付いてんだよ!」
三郎「偽名の可能性に気付いているではありませんか……」
歩「まあまあ、話を戻そうよ。――それで、明日何かあるの?」
珠姫「それがね、昨日メールを見たときに、どうやら明日デートの約束をしていることに気付いたのよ。遊園地に二人で行くらしいわ」
香助「ギクギクッ!」
珠姫「瑠璃は昨日お母さんにせがんで美容室に行ってたし、明日デートがあるのは間違いないわ」
歩「もしかしてたまちゃん、瑠璃ちゃんを尾行するつもり?」
香助「ダラダラ……」
珠姫「その通りよ。明日瑠璃をこっそり尾行して、相手を突き止めてやろうと思って。歩も行くわよ。もし本当にハーフだったら私の手に負えないわ」
歩「僕の手にも負えないんだけど……」
珠姫「ハーフかどうかはともかく、実際に遊園地に女一人で行くのもおかしいじゃない?」
歩「確かに。瑠璃ちゃんも姉が一人で遊園地に行っていると知ったら、ちょっと残念な姉に思うかもしれないね。今でさえ、ちょっと残念な姉だと思われているのに」
珠姫「誰が残念な姉なのよ! だから歩に付いてきてもらおうと思って。でも、遊園地に男の子と二人で行くって、それって今度は私達がデートみたいじゃない? だったら私も髪切って気合い入れようと思って」
歩「なるほど、わかった。そういうことなら明日付き合うよ。楽しい尾行兼デートになるといいね。でも……」
珠姫「ん、なに?」
歩「相手がかなり怖い人、不良とかだったらどうする? 瑠璃ちゃんとその人との間に、いきなり割って入っても、仲間とか呼ばれたらこっちはどうしようもないよ」
珠姫「うっ、そうね……。不良Aが仲間を呼んで、『不良B、不良C、不良D、不良E、不良Fがあらわれた!』ってことになったら困るわね」
歩「なんでドラクエ風に言うのさ……。その言い方だと不良が八人くらい集まると合体してキング不良になりそうだね」
珠姫「そうなったら瑠璃を連れて逃げることもできないわ。跳ねて追っかけられでもされたら逃げ道も塞がれそう」
歩「なんで不良がスライムみたいになってるのさ……。その場合に備えて、誰かボディガードみたいな人連れて行ったら?」
珠姫「うーん。本当は歩と二人で行きたいんだけどなあ。仕方ないか。香助。結局あんた、明日なんか用事があるの?」
香助「えっ? 俺? なんで俺? よりにもよって俺? まさかの俺? この場面での起用は無理だって! だから俺だけはやめとけって言ったのに! ここは駒田だろ!」
珠姫「どういう驚き方なのよ、それ……。しかも駒田って誰!? 今までの会話から大体予想できたでしょ」
歩「香助ならボディガードとしては最適だね。高校に入るまでボクシングをやってて、中学時代は相当喧嘩したらしいし。香助が付いてくれば、不良がどれだけ集まっても一網打尽にできると思うよ」
香助「歩……、おもしろがって状況をかき乱すなよ」
珠姫「ん、香助。あんた今何か言った?」
香助「いや、何でもねえぜ!」
珠姫「そう、ならいいけど。香助、明日はあんたも付いてきなさい。本当は歩と二人でデートをしたいけど、特別に許可してあげる。フリーフォールの頂上から私達を見守りなさい。私達がピンチになったら、飛び降りて駈けつけるのよ」
香助「俺が死ぬだろ! ――部長、実はよ……」
珠姫「どうしたの、香助。歯切れの悪い答えをして。もしかして明日なんか用事ある?」
香助「用事というか何というか……」
珠姫「やっぱりデートなの? 香助が美容室で髪を切るなんて、よく考えたらデート以外考えられないか。ね、デートでしょ?」
香助「お、おう……」
珠姫「えー、本当にー! 私、結構心配してたんだ。あんたのこと。全然女の影が見えないからさ。いつも歩と遊んでばっかだし。でも良かったわ、あんたも一応男としてしっかりやっているのね」
香助「まあな……」
珠姫「それで、相手はどんな子? あんたみたいな人間と遊んでくれるんだから、相当いい子でしょ?」
香助「ああ……」
珠姫「何が何でも大事にしなさいよ。人生で一度のチャンスかもしれないんだから。相手の家族とか会ったことある?」
香助「一応……」
珠姫「一応って何よ。それで反応はどうだったの?」
香助「えっと、あまり歓迎されていないというか、むしろ反対されているというか……」
珠姫「家族の方は交際にするのにあまり賛成してないってことね。あんた外見はかなり怖いもんね。でも、内面は心優しくて、友達や家族を何よりも大切にしていること、私知っているわ。――何だったら、私が相手の家族を説得しにいきましょうか?」
香助「部長……、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか……。――でも、部長は説得する側より、むしろされる側なんだが……。というより、部長が一番の問題なんだが……」
珠姫「何か言った?」
香助「いや何も……」
珠姫「ふうん。それにしても明日はどこでデートするのよ。初めてのデート?」
香助「……」
歩「初めてのデートみたいだよ。二人で遊園地に行くんだって」
香助「なに勝手に答えているんだ歩!」
珠姫「別にいいじゃない。隠すことでもないし。もしかして、最近新しくできた、三崎遊園地に行くの?」
香助「……」
歩「そうだよ」
香助「だからなんでお前が答えるんだよ……」
珠姫「本当? なら明日は会うかもね。実は瑠璃が明日行く遊園地も三崎遊園地なのよ。それにしても恐ろしいほどの偶然ね」
香助「アセアセ……」
珠姫「私と歩と、もし会ったらダブルデートでもしましょうか? 香助の相手がどんな人か興味あるし」
香助「ヘムヘム……」
歩「香助、その効果音はどういう状態なのさ……」
香助「うるせえ! 部長、もし俺を明日見ても決して話しかけるなよ!」
珠姫「何言っているのよ。――あっ! もしかして私が相手の子に良からぬことを吹き込むんじゃないかと心配してるの? 大丈夫だって。上級生らしく余裕を持って、爽やかにフレンドリーに天使のようなほほ笑みで愛想良く話しかけるわ」
歩「実際会ったら、悪鬼羅刹の如く、怒涛の勢いで糾弾すると思うけど……」
珠姫「歩、何か言った?」
歩「ううん、何でも」
珠姫「ふうん。まあいいわ。とにかく香助、明日は頑張りなさいよ」
香助「ああ……」
珠姫「さっきからあんた、『ああ』とか『おう』しか言わないわね」
香助「気にすんなって。――これ以上ボロが出る前に早くここを去らないと。ブツブツ……」
二郎「香助様、カットのほうがひと通り終わったので、確認していただけますか?」
香助「おう、二郎さん。――うん、いいんじゃねえか」
二郎「ありがとうございます」
一郎「歩様もカットが終わりました」
歩「ありがとう、一郎さん。いい感じだね」
一郎「ありがとうございます」
二郎「香助様、本日は眉のほうはどうなさいますか?」
香助「ま、眉? どうなさるって、えっと、普通に持ち帰るけど……」
歩「ファーストフード店みたいな注文しないでよ。眉カットのことだよ。眉の形を綺麗に整えるかどうかってこと」
香助「ああ、そっちか。ここはいつもの散髪屋とは違うな」
歩「いつもの散髪屋すごいね……」
珠姫「毎回お客さんの眉カットして持ち帰らせてるのかしら……」
一郎「歩様は眉毛はどうなさいますか?」
歩「うん、僕はお願いしようかな」
一郎「かしこまりました。仕上がり具合はいかが致しますか?」
歩「ウェルダンで」
一郎「承知致しました」
香助「ちょっと待て! 歩、どういう注文だ、それ? 今時の若者はステーキ感覚で眉のカットを注文するのか?」
歩「どうしたのさ、香助。ウェルダンはウェルダンでしょ」
香助「だから、何だよそれは……。一郎さんはわかるのか?」
一郎「はい。ウェルダンで仕上げたいと思います」
香助「いいのかよ……。この店の注文って、もう何でもいいんじゃねえか……」
二郎「香助様。香助様は、眉毛はどうなさいますか?」
香助「俺か。――ならミディアムレアで」
二郎「かしこまりました」
珠姫「ちょっと香助、何を乗っかってんのよ! どうみてもそれは、ステーキの注文方法でしょうが!」
香助「だってなあ。ミディアムレアはミディアムレアだろ。なあ、二郎さん」
二郎「はい。レアとミディアムの中間ぐらいで整えたいと思います」
珠姫「だから、それっていったい何なのよ……」
香助「とにかく、急いでカットしてくれ、二郎さん」
二郎「わかりました。四十秒でカットします。カットカット……」
香助「それは無理だろ……」
二郎「――終わりました」
香助「はやっ!」
二郎「いかがですか、香助様」
香助「うーん、焼き色があまり付いてないな。もう少し焼いてもらうか」
二郎「かしこまりました。少しバーナーで炙りましょう」
珠姫「本当に眉カットの会話なのかしらそれ……」
二郎「――これでどうですか、香助様?」
香助「おう。いいと思うぜ。歩、どうだ?」
歩「うん、焼き色がいいね。炙りサーモンみたいで美味しそうだよ」
香助「サンキューな。つうか、いつの間にか、お前の眉カットも終わってるじゃねえか。驚愕の早業だぜ……。すげえな、一郎さん」
一郎「お褒めいただき光栄です、香助様」
歩「どうかな、香助?」
香助「お前の眉毛もこんがり仕上がってるぜ。香ばしいかおりがする……」
歩「ありがと」
珠姫「だから、あんたらは何の会話をしているのよ……」
香助「よし! じゃあ俺は帰るぜ!」
二郎「お待ちください、香助様。最後に、切った髪の毛や細かい汚れを落とすため、もう一度シャンプーを受けていただきたいのですが……」
香助「もう一度シャンプーすんのかよ。面倒だ。部長につけといてくれ!」
二郎「了解致しました」
歩「あっ、香助。もう行くの? んじゃあ、僕も行こうかな。一郎さん、僕の分のシャンプーもたまちゃんにつけといて」
一郎「かしこまりました」
珠姫「ちょ、ちょっと待って! 私、何回シャンプーされんのよ!」
香助「うるせえ。急いでんだよ。行くぞ、歩」
歩「オッケー。それじゃ、たまちゃん。また明日」
珠姫「う、うん。詳しい時間は今夜メールするわ」
香助「じゃあな、鏡さん。世話になった。気に入ったから、また来月来るぜ。今と同じ時間で予約しといてくれ」
二郎「お待ちしております、香助様。歩様も、来月またお越しください」
歩「わかりました。それじゃあねー。ドタドタ」
香助「ドタドタ」
珠姫「あの二人、いやに慌ただしく帰ったわね。私が切り終わるまで待ってくれても良かったのに。まるで二人で私に隠し事してるみたい……。一郎さん、二郎さん、何か知らない?」
二郎「さあ、どうでしょうか」
珠姫「お客様の秘密は口外せずってことね」
一郎「それはそうと、珠姫様」
珠姫「なにっ、一郎さん?」
一郎「もし、明日の妹様のデート相手が香助様だったらどうしますか」
珠姫「瑠璃と香助がデートかあ……。あいつには厳しいこと言ってるけど、何だかんだいって、部活の可愛い後輩だからねえ」
一郎「お許しになると?」
珠姫「殺すわ。そんなの許すわけないじゃない。あんなのと、うちの妹が付き合うなんて、考えたくもないわ。明日、もし瑠璃とデートしている香助を見かけたら、私の持てる全ての力を駆使して、香助をこの世から追放してやるわ」
一郎「左様でございますか」
二郎「一郎……」
一郎「ああ、二郎……」
二郎「香助様の予約はキャンセルしておくか」
いかがでしたか? 番外編はこれで終わりです。
お付き合い頂き、ありがとうございました!
少しでも気に入って頂けたら評価・ご感想頂けますと嬉しいです。
皆様のお声が励みになります! よろしくお願いします!
明日から新章「無敵囲い事件」を掲載します。
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