番外編 美容室での会話(前編)
本エピソードはギャグパートです。推理は関係ありません。
肩の力を抜いてお楽しみください。
~登場人物紹介~
瀬川 歩:高校一年生。将棋が好き
土橋 香助:高校一年生。歩の友人。体を鍛えるのが趣味
葉月 珠姫:高校二年生。歩と香助の先輩。歩の幼馴染
鏡 一郎・二郎・三郎:美容室「トリプルロン」で働く、三つ子の美容師」
某月某日 美容室「トリプルロン」にて」
歩「こんにちはー」
一郎「いらっしゃいませ、歩様」
歩「どうも、一郎さん。今日は友達を連れてきました」
香助「ちわっす」
一郎「ようこそ、『トリプルロン』へ。お名前は?」
香助「土橋香助です。歩とは同じ高校で、今日は歩の紹介で来ました」
一郎「ようこそ、お越しくださいました、土橋様。私は鏡一郎と申します。それではお席の方へどうぞ」
歩「どうも、鏡さん」
香助「おい、歩」
歩「どうしたの、香助」
香助「この美容室、大丈夫かよ? 席が三つしかねえし、美容師も鏡とかいう、執事かぶれの怪しげな奴が一人いるだけじゃねえか……」
歩「大丈夫だって。髪を切りたいって言ったのは香助でしょ。『お前の行きつけの美容室を紹介してくれ』って言うから連れて来たのに」
香助「それはそうだがよ。――何かイメージしてたのと違うんだよなあ……」
歩「どういうのをイメージしてたの?」
香助「俺はテレビに出てくる表参道や白金台にあるような、華やかな美容室を想像してんただよ。こう、女の店員がブワッと出迎えてくれるような」
歩「確かに、そのイメージからはここはちょっと違うね」
香助「だろ? 席は三つしかない、開放感どころか閉鎖感しか感じない、おまけに女性美容師どころか、胡散臭い執事テイストの野郎が一人いるだけだし」
歩「まあ、確かに見た目はちょっと怪しいけど、腕は確かだから心配する必要ないよ。ほら、早く席に座って」
香助「お、おう。それにしても、鏡さんしかこの店はいないのか?」
歩「うーん、どうだろう? 一郎さーん。今日他の人はいる?」
一郎「休憩室で待機しております。少々お待ちください」
香助「良かった。他にもいたのか――って同じ顔のやつがもう一人出てきた!」
歩「落ち着いて、香助。分身の術だよ」
一郎「左様でございます」
香助「なるほど、分身の術か! 最近流行りの突然2人になれるやつな――ってそんなわけあるかあ!」
歩「そんなわけないよ。三つ子なんだ」
一郎「瀬川様のおっしゃるとおりでございます。先ほどまでお話ししていたのが、私、長男の一郎、いま出てきましたのが次男の二郎、休憩室にいるのが三男の太郎でございます。三つ子ですので、私達のことは名字ではなく、どうぞ名前でお呼びください」
香助「ちょっと待て。微妙に長男と三男の名前が被ってるぞ。どっちも長男風味じゃねえか!」
歩「長男風味って、その言い方初めて聞いたよ……」
一郎「冗談です。三男は三郎と言います」
香助「冗談も言うのか、この美容師は。――それにしても、三つ子っていうことはあと一人休憩室にいるのか。それで、この美容室には席が三つしかないわけだな」
一郎「はい。当店は一日三名様限定でカットを行っております。本日は、私、一郎が歩様を、二郎が土橋様を担当致します」
香助「変わった店なんだな。まっ、とにかく二郎さん、よろしく頼むぜ」
二郎「かしこまりました、土橋様」
香助「俺のことは香助でいいぜ」
二郎「オッケー、香助」
香助「いや客なんだから様を付けろって……。いきなり距離縮めてくんなよ……」
歩「初対面の人にすぐタメ口を使っている香助がよくその台詞を言えるね……」
香助「小さいこと言うなって。歩、隣失礼するぜ」
歩「それにしても、毎日高校で顔を合わせているけど、美容室で香助を見るのは不思議な気分だよ。香助ってこうやってみると、コーラのプルタブみたいに、強そうで頼り甲斐のある顔をしているね」
香助「照れるなあ、歩。お前も烏龍茶のプルタブみたいに、包容力のある優しい顔をしているぜ」
一郎「あなた達はどういう目でプルタブを見ているんですか……。しかも、プルタブに似ているとか喜んでいいのか、怒っていのか微妙ですね」
香助「なるほど。俺たち二人がボケたら美容師さんがつっこむわけか」
一郎「左様でございます。当店『トリプルロン』では、お客様が居心地の良いように、適度に相槌をうち、適度につっこみ、適度にスルー致します」
香助「スルーは傷つくからすんなって……。それにしても歩」
歩「何だい、香助」
香助「この話はいったい何なんだ? さっきまで俺達は推理小説をやっていなかったか?」
歩「まあね。でも、推理小説って読むのに疲れるじゃん。だから、事件と事件の間に、休憩編とも言える番外編を挟んで、気分転換しようってことさ」
香助「なるほど。合点がいったぜ。俺達はだらだら話していればいいわけだな」
歩「そういうこと」
一郎「何を言っているんですか、あなた達は……」
香助「気にすんなって」
一郎「はあ……。ところで歩様、ご注文は何になさいますか?」
歩「いつもので」
一郎「かしこまりました」
香助「おい、歩。何だ、いつものって。一郎さんはなんで向こうの小部屋に行ったんだ?」
歩「まあまあ。見てればわかるって」
香助「おっ、戻ってきた」
一郎「歩様、いつものです」
歩「ありがとう」
香助「なんでアイスコーヒーを持ってきてるんだよ! 喫茶店みたいだな。最近の美容室はコーヒーまで出してくれるのか」
歩「サービスだよ。こういう美容室最近多いよ。香助も何か注文したら?」
香助「そうだな。えっとじゃあ、二郎さん。カツサンドを一つ頼む」
歩「香助の注文の方が喫茶店っぽいね……」
香助「言ってみただけだよ。さすがにこれは無理だろ」
二郎「少々お待ちください」
香助「お、おお……。――また小部屋に入ったけど、もしかして作れんのかな」
歩「さあ。ただ、もし持ってきたら、髪切りながらカツサンドを食べるの? ちょっと想像できない光景なんだけど……」
香助「何言ってんだ。ポンチョみたいなやつの手が出る版を被せてもらえば、髪切りながらでも食べれるだろ」
歩「そういうことじゃなくて、カツサンドに髪がいっぱい挟まるってこと」
香助」おいおい、歩。それじゃあ、カツサンドじゃなくてカミサンドになるって言いたいのか? こいつは驚愕のダジャレだぜ!」
歩「そこまでは言ってないけどね。――あっ、二郎さんが戻ってきたよ」
二郎「香助様。ご注文のカツサンドをお持ちしました」
香助「すげえ……。ほんとにカツサンドか。少し食べていいか?」
二郎「どうぞ」
香助「はむっ――おおおおおおっ、これはまさしく沖縄産の最高級のアグー豚をふんだんに使用した、極上のカツサンドじゃないか! それにこの卵、もしかして烏骨鶏だな!」
二郎「お気付きになられましたか。その通りでございます」
香助「やるな、あんた」
二郎「恐縮です」
歩「ちょ、ちょっと待って! どうして美容室でカツサンドが出てくるのかは置いとくとして、食べただけでよく食材を判別できたね。産地まで当てるとか漫画の世界なんだけど……」
香助「まあな。――適当に言っただけだ」
二郎「ちなみに、これはスーパーのセールで買った豚肉と食パンを使って、『どこ産かわからないけどまあいいや』という気持ちで作ったカツサンドです」
香助「そこはもっと気持ち込めて作れよ……」
一郎「ところで、歩様。本日はどのような髪型に致しましょうか?」
歩「えっと……、ドラえもんのような可愛らしく、誰にでも愛される存在にしてください」
一郎「わかりました」
香助「わかるのか! しかもお前は髪型一つで自分の存在まで変えようとするなよ! どれだけ高望みするんだ……。ってか、その前にドラえもん髪ねえし!」
歩「まあまあ。もう何度も通っているからね。適当に言っても何となく通じるんだって。だよね、一郎さん」
一郎「左様でございます」
香助「そんなもんか」
二郎「香助様はいかがなさいますか?」
香助「そういや髪型とか何も考えてなかったな。――ギリシャ神話に出てくる、人間に最初に火を教えたプロメテウスのような髪型にしてください」
歩「ちょっと待って! よくとっさにその髪型を注文できたね! あと、それってどんな髪型なのさ……。二郎さんもさすがにそれは……」
二郎「承りました、香助様」
歩「承っちゃった! なんで神話に出てくる神様の髪型を知っているのさ!」
香助「まあ、適当に言っても、プロの美容師ならオシャレにカットしてくれるだろ」
歩「それはそうなんだけどさ」
香助「カツサンドもぐもぐ……、そこそこうまし!」
二郎「それでは、まずシャンプー台の方にお願いします」
香助「おう。それにしてもシャンプー台も客席に合わせて三つあるとか、とことん三人にターゲットを絞っているな」
二郎「当店は友人と来られるお客様が多いので、お客様同士で会話できるように、できるだけ同じ作業を受けられるようにしております」
香助「なるほどな。じゃあ、シャンプーを頼むぜ」
二郎「かしこまりました」
歩「それにしても、美容室でされるシャンプーって気持ちいいね、香助」
香助「ああ、まるでマラソンの途中に感じるランナーズ・ハイのような気持ち良さだぜ」
歩「例えが汗臭いって……」
二郎「香助様、どこか痒いところはありますか?」
香助「痒いところ? 背中がさっきから痒いな」
二郎「わかりました。カキカキ……」
歩「ちょっと香助! シャンプー中なんだから、普通に考えて頭のことでしょ! なんで背中掻いてもらってるのさ……」
香助「そう言えばそうだな。頭の方は大丈夫だ」
歩「あんまり賢くないけどね」
香助「ほっとけ! 俺が勉強できないのは頭のせいじゃねえよ。筋肉があり過ぎて勉強に集中できないんだよ」
歩「どういう理屈なのさ、それ……」
香助「――ふう、シャンプー終わったぜ。気持ち良かったな」
一郎「歩様、香助様、ホットタオルをどうぞ」
香助「おう、サンキューな。ってホットタオル? 一体何に使えばいいんだ?」
歩「気になるところを拭けばいいんだよ。スッキリするよ」
香助「へえー、さすがオシャレな美容室だぜ。フキフキ……」
歩「って香助! なんで床の汚れを拭いているのさ!」
香助「いやだって、気になるところがあったら拭けって言ったじゃねえか。シャンプー台に座る時に床の汚れが目に入ってさ。シャンプー中ずっと気になってたんだ」
歩「なんでそれをホットタオルで拭く必要があるのさ……」
香助「だって、汚れすげえ落ちそうじゃん」
歩「確かに汚れはかなり落ちそうだけど……、普通は顔を拭くんだって。顔に溜まった油とかをホットタオルで拭いて綺麗にするんだよ」
香助「なんだ。顔用のホットタオルか。二郎さん、ホットタオル追加で」
二郎「……。かしこまりました。どうぞ、香助様」
香助「そんな渋い顔すんなって。ゴシゴシ。ふう。スッキリしたぜ」
一郎「それでは、カットを始めますので、歩様、香助様、先程までのお席にお戻りください」
歩「わかりました。トコトコ……」
香助「それにしても、この美容室は快適だな。コーヒーだけじゃなく、カツサンドも咄嗟に出てくるなんて、それだけで二郎さん達の美容師としての技量の高さがわかるぜ」
二郎「恐縮です」
歩「よくそれだけで美容師としての技量を見抜けたね。髪にはまだノータッチだけど……」
香助「客に快適に過ごしてもらうのもの美容師の腕の一つってことさ」
歩「確かにね」
一郎「それでは、歩様、香助様。カットを始めます」
歩「よろしくお願いします」
香助「よろしく頼むぜ」
二郎「かしこまりました。カットカット……」
歩「ところで香助、いきなり髪を切りたいだなんてどうしたの? 何かつらいことでもあった?」
香助「人のことをつらいことがある度美容室に通う奴みたいに言うな。逆だよ、逆。実は明日デートがあるんだ」
歩「デート? もしかして、たまちゃんの妹?」
香助「まあな。部長には言うなよ。自分の妹が俺とデートするなんて行ったら、怒り狂うことは間違いないからね」
歩「そうだね……」
一郎「歩様、香助様。部長さんとはどなたでございますか?」
歩「うちのクラブの先輩ですよ、二郎さん。葉月珠姫っていう名前で、学年は一つ上なんですけど、僕は幼馴染なんで、たまちゃんって呼んでいるんです。その人の妹に香助が気に入られちゃって」
二郎「なるほど。ちなみに香助様がデートされる部長さんの妹さんはおいくつですか?」
歩「部長の妹は瑠璃っていうんですけど、年齢は15歳で、今は中学3年生です」
二郎「中学生とデート! まぶいぜこいつは!!!」
香助「テンション上がり過ぎだろ……。俺達は、今高校一年の16歳だから1歳しか違わねえから大したことねえって。それに瑠璃がどうしてもって言うから断りきれなくてさ」
歩「たまちゃんの家に遊びに行ったとき、瑠璃ちゃんが香助に一目惚れして、それ以来、香助は猛烈なアタックを受けているんですよ」
二郎「そうでございましたか。猛烈なアタックですか。うらやましい限りです」
歩「この前も瑠璃ちゃんが昇竜拳を香助にくらわしてて」
香助「ああ……。あれはまじで倒されるかと思ったぜ……。その後波動拳をコンボで放ってきたときは、さすがに焦ったぜ。何とか俺のソニックブームで相殺できたがな。ただただ『何者なんだこいつは……』という感想だったぜ」
二郎「物理的なアタック!? しかも何でストリートファイターの技!?」
一郎「まぁとにかく部長さんには内緒しなければですね。自分の妹が部活の後輩とデートするのは部長さんとしても、気が気でありませんでしょう」
歩「それに相手が香助だしねえ……。もっとたまちゃんの気に入りそうな、知的でスマートな人なら良かったのに。香助みたいな無骨でマッチョじゃねえ……。結婚どころか、交際、いやもしかしたら存在すら認めてもらえないと思うよ」
香助「存在は認めてくれよ……、神かあいつは。明日は二人で遊園地行って遊ぶだけだから、まだ付き合うとかのレベルじゃねえよ」
歩「まっ、部長には絶対内緒だね」
香助「ああ……。もしバレたとき、俺が裸に引ん剥かれて、四つん這いになりながら、背中にロウを垂らされている光景が容易に想像できるぜ……」
歩「なんでSMっぽいのさ……」
珠姫「ガラン。こんにちはー」
一郎「いらっしゃいませ、珠姫様」
香助「!!!」
一郎「一ヶ月ぶりでございますね。お元気そうで何よりです」
(後編に続く)
後編に続きます。後編は明日24日8時に更新予定です。
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