第13話 ディスクの謎
次に大野は何を主張するか少し悩んだが、今回のトリックの核となった部分を訊くことにした。
「ディスクが焼却炉の前で粉々になって発見されましたことは知っていますか?」
「ええ、銀子に写真を見せてもらったわ」
「なら、わかるはずですよね。ディスクを粉々にするのって結構時間が掛かりますよ。それも4枚もだなんて。もう知っているかもしれませんから、言ってしまいますが、私は体育の時間に5分しか抜けていませんし、さすがに5分でディスクを粉々にするのは無理ですよ」
「そうね。あなたの言う通り、5分では無理ね」
大野は勝ったと思ったが、珠姫の次の一言で形成が逆転する。
「――本当に体育の時間にディスクを粉々にしたならね」
「何を言っているんですか……? さっき、CDは体育の時間に盗まれたって言ったじゃないですか。昼休みに発見されたなら、CDは体育の時間に粉々にされたしか選択肢はありませんよ。言っときますけど、体育が終わってから昼休みにCDが発見されるまでの間、私は一歩も教室を出ていませんからね。お弁当食べながら磨り潰したとでも言うんですか?」
「違うわ。私が言っているのは体育の時間の後のことではないわ。体育の時間の前の話よ。つまり……」
珠姫はこのトリックの、謎というヴェールに包まれた核心に光を当てる。
「粉々になって発見されたCDが――本当に盗まれたCDならね」
「な、何を言っているんですか! 発見されたCDの破片から、それぞれの名前の判別くらいは出来たでしょう。全員分あったって聞きましたけど」
「それもそのはずよ。あなたは間違いなく全員分を粉々にしたのだから。--でも盗んだCDじゃない。あなたが事前に用意したCDをね」
「うっ!」
珠姫の言葉に大野は動揺する。
「先週のクラスの会議で、山田さんが来週の月曜日に小沢豊のサイン入りCDを持ってくることになり、それが高値で取引されていることを知っていたあなたは、何とかこのCDを盗めないかと考えたのね。そこで、土曜日か日曜日に都内のCDショップかインターネットで月曜日に持ってくる予定の四人のCDを全て買っておいたのよ。そして、それをゆっくり家で時間を掛けて磨り潰した。つまり、粉末状のディスクの問題は『月曜日に、学校で、体育の時間に五分で』じゃなくて、『週末に、自宅で、ゆっくりと』磨り潰したのよ」
「ぐっ……」
大野は歯を食いしばり、悔しそうにしている。
「これでCDの問題は解決ね。ちなみに、香助の選曲にあなたが頑なに反対したのもこのトリックのためだった。香助のCDは100枚限定でCDショップやインターネットじゃ簡単には手に入らない。香助のCDだけ粉砕されていなければ、そのことに疑いを持ち、もしかしたらトリックを見抜かれるかもしれない、そう思ったのね。金曜日に山田さんが小沢豊のサイン入りCDを持ってくることになって、瞬時に今回の計画を思いついたのかわからないけれども、何となく香助が簡単には手に入らないCDを持ってくることに、あなたは危機感を覚えた。だから、香助を課題曲の推薦者から排除する必要があった」
「うううっ……」
大野が苦悶の呟きを漏らす。
「あなたは完璧主義者で、些細な疑いさえも自分に降りかからないように細心の注意を払って、犯行に及んだ。それだけこの事件で用いられたトリックは隙がなく、危うく完全犯罪になるところだったわ」
珠姫が大野を褒め立てるように言った。
実際、珠姫は大野の犯行にわずかであるが感心していた。
大野がここまで注意を払ってくれなければ、こんなに面白い推理劇の役者になることはできなかっただろう。今回の事件はまるで丁寧にこしらえられた人形細工みたいだ。
CDが粉末になっていた理由とトリックを解明され、大野は第二の主張も取り下げるしかなかった。大野はそれでも諦めず、次の主張に移行した。
すなわち、歩達が見ていた焼却炉へ至る通路の話に。
「仮に葉月さんの言うことが正しいとし、私が事前に4枚の粉々にしたCDを持ってきていたとしましょう。でも、葉月さんのクラブに所属する瀬川君と土橋君と桜井君は焼却炉に続く通路を、体育の時間中ずっと見ていたそうですよ。その時、誰も人が通らなかったって、彼らは証言していました。私が体育の時間に、彼らに見られず、どうやってCDを焼却炉まで運んだというのですか?」
「それは簡単よ。発見されたCDと盗まれたCDが別物なら何も体育の授業中に運ぶ必要はないわ。体育の授業が始まる前にやっておけばいいのよ」
「……」
珠姫の指摘に、大野は何も反論することが出来なかった。
「朝か、もしくは1時間目と2時間目の間に急いでCDを焼却炉へ運んだのね。おそらく、朝ね。朝礼のチャイムが鳴る直前に撒いたんでしょう。1時間目と2時間目の間の休み時間、あなたは桂のCDを盗むので忙しかったんだから。誰かが桂の席から視線を外す隙を狙って、じっと待っていなければいけない。朝なら余裕を持って運べるし、朝礼直前なら、まず誰もゴミを捨てに行かないから、CDが発見される可能性は限りなく低いわ。発見されるとしても昼休みか放課後でしょう。どうかしら?」
「ぐぐぐぐっ」
ここまで大野は、自分に犯行は無理だということを示す3つの主張を立て続けに行ったが、どれも珠姫に論破されてしまった。
もはやここまでか……、と降参する考えが大野の脳裏に過ぎったが、珠姫の推理には穴があることに気付いた。
「証拠は? 盗まれたCDと粉々になったCDが別物だっていう証拠はあるんですか? よく考えたらあなたの推理は論理的だけど証拠が全くない。単なる想像の産物じゃないですか!」
これはいける! と大野は思った。さすがにそんな証拠はあるわけがない。最悪の場合、トリックが露見したとしても、トリックが実行されたことを示す証拠は何もない、これこそが大野の考えた犯罪計画の最大の強みだった。
「ところが証拠があるのよ」
「へ?」
しかし、そんな大野のわずかな希望すら、珠姫があっさりと踏み潰す。
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