第26話 絆
桂は翔子にどんな言葉を掛けるのだろうか。
歩は桂が次に何を話すのか、興味津々だった。
間接的にとはいえ自分の妹に父親を殺させた翔子を責めるのか、
それともただただこの不運な名探偵を許すのか。
許したあとはどうするのか。
桂は未だに翔子のことを愛している。
再び告白して、翔子を嫁にするのか。
今の翔子なら精神的に弱っていることと、
桂への負い目もあるため、受け入れるだろう。
もちろん、翔子が断れない状況で
告白するのはずるいことだ。
ただ、今の翔子を救うにはそれしかないように歩には思えた。
しかし、桂の言葉は歩の予想と大きく異なるものだった
「翔子、お前は俺に何を求める。許しか、怒りか」
「私は……それは君次第だ。私には何かを求める資格なんてない」
「甘えるなよ」
いつもどこかふざけた口調の桂が突然厳しい口調になった。
「お前は自分で選んだはずだ。
名探偵としての生き方を。ならばその道を歩んでいけ。
お前の人生の答えはお前が出すしかない。
春香のことを後悔しながら生きていくのか、
それとも忘れてこれまでと同じように事件に身を任せるのか。
お前の道だ、お前が決めろ」
「桂……私にはもうどうすればいいかわからないよ……」
翔子は許しを乞うた桂に突き放され、
もやはいつもの冷静さを失っていた。
「これまで人が望むままに様々な犯罪や事件を解決してきた。
だが、つらいことばかりだったよ。
こんな生き方がしたいわけじゃなかった。
もう嫌なんだ……。普通の人間として普通の暮らしがしたいんだ」
翔子は涙を流しながら抑え切れない気持ちを吐露する。
そんな泣すがるような翔子を、
桂はさっきまでの厳しい口調と打って変わって、
優しく抱きしめ、胸の内をつたえる。
「翔子、俺は未だにお前を愛してる。
本当はもう探偵なんかやめて、
全て忘れて俺の隣にいて欲しいよ。
ただ、今ここでお前が自分の運命から逃げたら、
お前はきっとダメになる。
少しの間は安息な日々を暮らせても、
真面目なお前は次第に逃げた自分を責め始める。
自分で自分を傷付け始める。
俺にはそれがたえられないんだ」
翔子は泣きじゃくって桂の胸に顔をうずめる。
「一年でいい。あと一年だけ頑張れ。
この一年でお前は自分の運命と向き合い、
しっかりと考えてどう生きるのか決めるんだ」
「桂、君は厳しいな……。
それで一年経っても何も見つけられなかったら私はどうしたらいい?」
「その時は俺のところに返ってこい。
俺の嫁になれ。俺が一生お前を守ってやる」
翔子は桂の力強く優しい言葉を聞き、
顔を上げて、懸命に応えようとする……。
「桂、ありがとう」
そして、簡潔に感謝の言葉を呟き、少し笑った。
桂は翔子の笑顔を見て安心し、
次は自分の果たすべき役割を告げる。
「御堂家の今後は俺に任せろ。
春香のこともだ。鳥籠病の研究は俺がなんとか続けさせる。
刑期もできるだけ短くなるよう尽力する。
もともと俺が御堂家を出たことからこの事件は始まっているんだ。
俺に償いをさせてくれ」
「しかし、鳥籠病の研究には莫大なお金が……」
「金なら心配するな。歩が出す」
「えっ、僕が出すの!?」
突然話を振られた歩が驚いた。
「もちろん俺も全財産を出すさ。
だが、それでも足りないだろう。
幸い、お前はプロ棋士としてたんまり金を持ってるだろうが」
桂の言うとおり、歩は26歳という若さで既に数億の資産を築いていた。
歩は現在将棋の棋士として活躍しており、
さらにはこの若さで複数のタイトルを保持していた。
対局や賞金による高額な収入に加え、
彼は愛らしいルックスと柔らかい話し方で多くのTV番組に出演していた。
1番組に出るだけ100万円以上の大金が彼の懐に入るときもあった。
増え続ける収入に対し、
彼自身はお金の使いみちがほとんなかったため、
貯金もどんどんと貯まっていった。
彼の数億という預金を使えば、
鳥籠病の研究はまだしばらく続けられるだろう。
桂の「まぁ少しはお前も出せよ」と言わんばかりのテンションで数億円をせびる姿勢に、
歩は決して嫌な気はせず、
それどころか友達二人、桂と翔子の大切なものを守るためにお金を使えることが嬉しかった。
「まぁいいよ。そういうわけで翔子。
春香ちゃんのことは何も心配する必要ないよ。
僕と桂が彼女を守るよ。君は遠慮なく旅をしてきてよ」
桂はすぐにお金を出してくれる決断をした歩に感謝の言葉を述べる。
「歩、ありがとうな。いや、これからはお前のことを軽々しく歩と呼べないな」
「やめてよ桂。これまで通り歩でいいよ」
「いや、これだけは言わせてくれ。
敬意を持ってお前のことをーー財布と呼ばせてくれ」
「なんという敬意のなさ!?」
翔子はもう泣いていなかった。
桂と歩がいつものように冗談混じりの会話をして、
悲しい気持ちを吹き飛ばしてくれた。
自分を怒るのではなく、甘えさせるのではなく、
それにもかかわらず自分を優しさで包んでくれる彼らに、
翔子に感謝の気持ちがあふれる。
「ふたりともありがとう。それでは、お言葉に甘えてもう一年、私は旅するとしよう」
翔子は顔を上げて前を向き、再び歩き始めた。
彼女にもう悲壮な雰囲気は漂っていなかった。
再び度に出る彼女は、
名探偵として、この一年も数多の残虐な事件や怪事件に携わるだろう。
しかし、彼女は確信していた。
この旅の果てにたどり着くのは、『希望』であることをーー。
翔子が主人公の「鳥籠の姫君」は本エピソードで終了です。
いかがでしたでしょうか。
明日は22時にあとがきを更新する予定です。
明日もよろしくお願いします。