第23話 飛鳥翔子と桜井桂
「翔子、俺と付き合ってくれ」
高校を卒業するその日、
いつも軽薄そうな言葉ばかり口にしていた男が私に言った。
彼の名前は桜井桂。
私と同じ将棋探究部に所属する部員だ。
彼は学校で有名人だった。
理由は至って簡単、容姿が極めて優れていたからだ。
そよ風のように流れる髪の毛に優雅さを感じられる整った眉、
意志の強さを感じられる力強い瞳に、艶めかしい唇。
普通の女子は彼と話している舞い上がり、
まるで長年ファンだったアイドルと話しているように、
恍惚とした表情を浮かべて話す。
そんな彼が自分に告白したことが、私には信じられなかった。
私は彼のことを全て知っているわけではない。
だが、学校に流れる彼の噂は彼のことを十分に教えてくれた。
また、部室で彼が同じ部員との会話は嫌でも耳に入ってきたため、
私は見知らぬ他人よりは彼のことを知っていた。
彼は特定の人を深く愛するタイプではなかった。
他校を含め多くの女子から告白された彼は、
たとえその女子がどれだけ美人であっても、
数ヶ月以内に別れていた。
彼が自分から誰かに告白したことはなかった。
彼と彼の親友の瀬川歩が部室でしていた会話を耳にしたことがある。
「桂、君はどうして女の子と付き合ったり、別れたりしているの?」
私は部室で黙って本を読んでいたが、
同じことを疑問に思っていたため、
ひっそりと聞き耳を立てた
「探しているのさ。俺が心から血が騒ぐ相手をな。
俺が人生を懸けて愛してもいいと思える、そんな女をな」
「なんかイラッとくるね、その言い方」
「お前が聞いたんだろうが……」
軽薄そうに見えた彼は、心から愛せる女性を探すために、
様々なタイプの性格や容姿の女子と付き合ったようだ。
運が悪かったのか、彼の正確に問題があるのか、
どんな女子でも彼は熱中することができず、
数ヶ月して自分から別れを切り出していたようだ。
そんな彼が自分から私に告白してきた。
うぬぼれるわけではないが、
私が彼の御眼鏡に適ったということだろうか。
何故彼が私を好きになったのか、私にはわからなかった。
当時から私は探偵として活動していた。
時には警察に協力を求められ、
時には直接事件の被害者から依頼され
求められれば全国各地に出向き、
血なまぐさい事件と向き合う日々だった。
どうすれば事件をより素早く、正しく解決できるのか、
そればかりを考えていた私にとって、
友情や愛情、それから生じる人間関係は障害でしかなかった。
ゆえに、私は彼の気持ちに応えることができなかった。
「すまない。私は君にふさわしい女ではないよ」
決して嘘を言ったわけではない。
私みたいな、事件が直ぐそばにないと気が気でなくなる、
一種の病を持った人間が彼にふさわしいはずがないと、
心の底から思っていた。
「そうか……」
私の言葉に対し、彼は反論はせずに、
ただ悲しげな表情を浮かべてそう答えた。
彼には大変申し訳ないことをした。
卒業式の日から6年がたち、私達は24歳になった。
彼はいまどうしているだろうか。
御堂家を経つ、前日私は何故か彼のことを思い出していた。
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