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【ギャグ満載の本格推理】瀬川歩の事件簿  作者: 瀬川歩
【解決編】鳥籠の姫君
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第21話 二人の鳥籠

こうして、彼女の告白は終わった。


翔子は何も言わず、ただ静かに聞いていた。


この時、翔子はようやく自分という存在が、

御堂権蔵にとって薬にも毒にもなりかねない存在が

屋敷に招かれた理由を知った。


私が権蔵氏に雇われたのは、

形式的な脅迫状対策という理由だけでなく、

春香が望んだからという理由もあったのか……。


むしろ、後者の方が大きいだろう。


私の存在は明らかに権蔵氏の計画の障害だった。


権蔵氏は娘を心から愛していた。


娘の数少ない願望を叶えてやりたいというのは

親として、当然の想いか。


だから、できるだけ春香といてくれと、

私に何度も言っていたのか……。


一方、春香の語る犯行動機を、

翔子は予想すらできていなかった。


権蔵氏は外見上娘想いの父を装い、

人知れず娘を虐待していた。

積年の恨みを晴らすために娘は父を殺した。


人としてあってはならないことだが、

可能性は低いと思いつつも、

動機があるならそれぐらいか……と、

そんなストーリーを翔子は想像していた。


動機の中心に潜む自分の影を

彼女は捉えることができなかった。


その才能が故に、人が望むが故に、

名探偵としてしか生きれなかった翔子は、

御堂家に来て春香と話すうちに、

新しい自分の人生を見つけつつあった。


春香という儚くも美しい存在を守りたい。

このまま春香の側でこの街に根を下ろすのも悪くない、

翔子は心の底からそんなことを思っていた。


しかし、そんな翔子の願いは見事に叶わず、

春香は自分の人生を生きた証を残したいがゆえに、

父親を殺してまで翔子に挑んだ。


自分が、自分が翔子に父親を殺させたのだ……。


刹那の間、翔子の心には後悔と罪悪感、

さらにそれを漫然と見過ごしてしまった慚愧が襲い掛かる。

しかし、翔子は鋼の精神で懸命にそれを制した。


ここで自分が彼女に掛ける言葉は、

彼女を犯行に導いたことに対する償いの言葉ではない。


彼女は、人生の最初で最後の望みとして、

強敵と見定めた自分に勝負を挑んだ。


愛する父親の命を賭けてまで、

勝負に全身全霊を捧げたのだ。


ゆえに、そもそも彼女の犯行を防げなかったことに対する謝罪の言葉は、

勝負そのものを侮辱する言葉になる。


翔子は勝者として、高らかに笑い、

自らの力を誇示する強者であらねばならない。


個人としての責苦は、

一人になった時に存分にすればいい。


翔子は押し寄せる負の感情をぐっと抑え込み、

春香が敬愛する天下無敵の名探偵の仮面を被り、

目の前の少女に言葉を掛ける。


「春香。今回の勝負、なかなか楽しめたよ。


君との約束通り、私はこれからも名探偵で在り続け、

無数の事件に関わり続けるだろう。


この事件はその中の一つでしかない。


――だが、御堂春香。


君の名前は生涯、私の心に刻んでおこう。


愛すべき妹――そして、私を苦しめた恐るべき強敵として……」


翔子の言葉を受け、

それまで気丈に振舞っていた春香の眼からは

自然と涙がこぼれ落ちた。


恋焦がれた偉大なる名探偵が自分の存在を認め、

生涯記憶に留めるという

最大級の賛辞まで自分に与えてくれた――。


生まれてからずっと病魔に苦しめられ続け、

自らの無力さを嘆き、

存在意義を模索していた彼女の心を支配したものは、

ただただ喜びの感情だった。


ようやく、ようやく春香は自分の生を肯定することが出来たのだ。


もはや、彼女は自分の心に一片の悔いもなかった。


「ああ、生きていてよかった……」


春香のその言葉を最後に、

翔子は応接室から去り、

そのまま御堂家の屋敷を離れた。


応接室を出て扉を締めた翔子は懸命に涙をこらえながらも、

思わず本心が口からこぼれ落ちた。


「私は……名探偵としての人生なんていらなかった……。ただ……私を君の鳥籠の中に入れてほしかったんだ……」


その後、二人が会うことは二度となかった。

本小説は毎日22時に更新する予定です。

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