第20話 彼女が人生で勝ち取りたかったもの
「私から見ても、権蔵氏は良い父親だった。
君の病気を治すために、
高額な治療費だけでなく、
研究費を何とか捻出してきた。
確かに弟達を殺そうとしたことは
人として許されないことだ。
それでも、彼は君のために、
少しでも鳥籠病の研究を
長く続けるために罪を犯そうとした。
権蔵氏が弟たちを殺そうとした理由はわかる。
ただ、君が権蔵氏を殺す理由は
いったいどこにあるというんだ」
犯行動機を教えて欲しいという翔子の懇願に、
春香は逡巡し、少しの間時間が止まった。
しかし、翔子に犯行を暴かれ、
賭けに負けた翔子は観念して、
重たい口を開いた。
「わかりました。動機を語りましょう。
きっとそれが罪を暴かれた犯人の義務なのでしょうね。
ただ――私が動機を語る前に、
翔子さん、一つだけ私と約束してもらえませんか?」
「約束?」
「――どうか、これからも名探偵で在り続けてください。
私があなたに求めることはただそれだけです」
翔子は春香の意図が掴めなかったが、
春香の動機を聞くため、約束の言葉を交わす。
「わかった。約束しよう。
君に誓って、私はこれからも名探偵で在り続ける」
「その言葉を聞いて安心しました。それでは……」
春香は安堵の表情を浮かべた後、
父親を殺害した動機を語り始める――。
翔子さん、私はずっと自分の人生に不満を抱いてきました。
あなたは私のことを誰も恨まない優しい子だと
言ってくれましたけど、そうではありません。
私は他人どころか自分の運命を激しく恨み憎んでいます。
何故、私の身体は人より弱いのか。
何故、皆と同じ生活をすることができないのか。
何故、私は生まれたのか。
私は自分が生まれた意味をずっと考えてきました
鳥籠病のせいで普通の人と同じ生活が送れず、
単調で退屈な日常の繰り返し。
家で部屋に篭って本を読み、
家庭教師やパソコンで勉強する。
そんな人生に何の意味があるのでしょうか。
しかし、無気力に流れる時間に身を任せていた私にも……、
人生の転機と言うべきの、運命の出会いが訪れました。
――それが、翔子さん、あなたです。
刺激のない退屈な日々を送っていた反動からか、
私は小さい頃から刺激を求め、
ミステリーを愛読していました。
犯罪という非日常が綴られた物語に私は魅せられ、
シャーロック・ホームズのような名探偵という存在に憧れました。
ある日、私はあなたの活躍を新聞で目にしました。
以来、名探偵と呼び声の高いあなたに私は夢中になった。
中学一年生にしながら、
迷宮入り確実と言われた殺人事件を解決するという
輝かしい功績を収めたあなたを……。
その後、数々の難事件を解決に導いたこと、
そしてそれが原因で家族を失うことになったこと。
私にとって波瀾万丈で刺激に満ちた人生を送る
翔子さんは推理小説の主人公のような存在でした。
この人はいったいどういう人なのだろう、
何を考え、何を求めて生きているのだろうか。
自分の対極で、犯罪という非日常に接し続ける
飛鳥翔子という存在と心ゆくまで語り合いたい。
そう願うようになったのです
だから、四十日程前のある日、
御堂家に脅迫状が届いた時、
私は父に進言したのです。
「飛鳥翔子を呼んではどうですか」と。
父は私が翔子さんに憧れていることを知っていたので、
私のためにあなたを探し出し、
屋敷に招き入れてくれました。
これから犯罪を実行する父としては
あなたの存在は歓迎できないものだったと思いますが、
私の人生初めての我儘を父は叶えてくれた……
翔子さんを初めて見た瞬間のことは
今でも忘れられません。
あなたの姿は新聞で見るよりも、
美しく、凛々しく、
何よりも強さで溢れている。
私の全身は気が狂うほどの歓喜に悶えました。
私は毎日あなたと語り合った。
時には言葉で、時には遊戯で。
将棋、囲碁では一回も勝てず、
オセロですらあなたに勝つことはできませんでした。
あなたの才能を身近で感じ、
畏敬の念はますます強くなっていきました。
ただ……すごく申し訳ないのことに、
私は幸福感で満たされると同時に、
どうしたらあなたに勝つことができるのか、
そんなことばかり考えるようになったのです。
あなたが屈服する姿を見たいわけではなかった。
ただ、名探偵と称されるあなたに勝つことができたら、
それだけで自分は人生で
何かを成し遂げたことになるのではないか。
そんな身勝手な考えに取り憑かれたのです。
翔子さんに勝つ方法ばかり考えていた私にとって、
父の殺人計画はまさに天啓でした。
計画の内容については、
遺産分割会議の一週間前に、
父と山本さんが話しているのを偶然立ち聞き知りました。
父の計画を利用すれば、
翔子さんに勝てるかもしれない。
そんな悪魔のような考えが私の頭を支配し、
気が付いたら私は自分の命を盾に
山本さんに共犯を持ち掛けていました。
勿論、愛する父を殺すことに抵抗はありました。
二十年も出来損ないの娘に愛情を注ぎ続け、
優しく面倒を見てくれた父には、
言葉では言い尽くせないほど
感謝の気持ちはあります。
それでも、私には他に方法がありませんでした。
あなたを打ち負かすだけの事件を
演出するチャンスはそれしかなかった……。
犯行方法については、
翔子さんの仰る通りです。
晩餐会の五日前に、
山本さんに共犯を持ち掛け、
言うことを聞かなければ自殺すると脅しました。
不思議ですね、
自分の命を楯にして誰かに何かを求めるなんて。
山本さんが私を自分の娘のように
可愛がっていることを知っていて、
その想いに付け込んだのです。
自分への愛情を利用して
他人に言うことを聞かせる、
とても悪い女ですね、私は…
山本さんは三日程悩んだあと、
毒のすり替えを了承しました。
こうして、父は死ぬことになったのです
翔子さんが近藤さんの逮捕に疑問を持たなかった場合、
私は翔子さんに自分の犯行を打ち明け、
証拠であるスポイトを持って警察に自首するつもりでした。
結果的に、私はあなたに敗れた。
それでも、悔いはありません。
自分の全てを懸けて、あなたに勝負を挑んだ。
それだけで、私は満たされた……。
――ようやく、ようやく私を囚える運命という名の狭い鳥籠を飛び出すことできたのですから……。
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