第17話 何のために毒を盛ったのか(後編)
「山本さんは言っていたよ。
鳥籠病のワクチンの摂取量が過度に多ければ、
接種者は鳥籠病に感染すると同時に、
典型的な症状である呼吸筋麻痺により死亡すると。
その原理を権蔵氏は利用しようとした。
高濃度の鳥籠病の病原体、
鳥籠ウイルスとでもいうべきものを
彼はポットの紅茶に仕込んで、
茶会に参加した弟達を毒殺しようとしたんだ。
普通の人間が鳥籠ウイルスに感染すれば、
呼吸筋麻痺が発症し死亡する。
しかし、抗体を持っている権蔵氏にとって
鳥籠ウイルスは効果がない可能性が高い。
権蔵氏はポットに毒が混入されることにより、
自分を含めた全員の命が狙われたという状況を
演出しようとしていたんだ」
次に、翔子は近藤が何故逮捕されたのか、
その理由を警察とは異なる観点から説明する。
「彼は自らの犯行を実行するために、
犯人役として半年前に近藤さんを雇った。
おそらく、彼は御堂家に恨みを持つ人間を
何人か調査して選び出し、
御堂家に誘い込む機会を伺っていたんだろう。
その点、経営難の料理屋で働く近藤さんは最適な人材だった。
そして、権蔵氏は彼女にしか毒を仕込む機会がなかったという状況を作り出し
警察に彼女を逮捕させようとしたんだ」
つまり、権蔵は自らの犯行の罪を被せるために、
御堂家に恨みのある近藤を事前に雇い入れたのである。
春香は翔子の推理を黙したまま傾聴する。
「事件当日の権蔵氏の行動はこうだ。
晩餐会終了後、
まず彼は春香を利用して、
邪魔な私を追い払った。
私がいれば、茶会を開催させたとしても、
ポットに権蔵氏が鳥籠ウイルスを仕込む隙なんか与えないからね。
それに春香に毒入りの紅茶を飲ませるわけにはいかないし、
私と春香の退室は、彼にとってまさに一石二鳥だった。
私を追い払った後、彼は茶会の開催を提案し、
調理室の近藤さんに紅茶を沸かすように命じる。
その後、自ら調理室に向かい、近藤さんの隙を見て、
ポットの内部の紅茶に用意していた鳥籠ウイルスを混入した。
鳥籠ウイルスの入っていたスポイトは調理室のゴミ箱に捨て、
あとで警察が捜索すれば容易に発見できるようにしておく。
そして、彼はポットを自らの手で運び、
食事室で鳥籠ウイルスの入った紅茶を弟達のカップに注ぎ込んだ。
その後、彼は茶会の開催を宣言し、真っ先に紅茶に口を付け、
紅茶に毒が含まれていないことをアピールした。
この時、当然紅茶には鳥籠ウイルスが入っているが、
彼の持つ鳥籠病の抗体により、
ウイルスは無毒化される。
――ここからは実際の行動というより、計画になるが、
紅茶に毒が入っていないと信じた他の兄弟は
安心して紅茶に口を付けたところ、
鳥籠ウイルスの感染により呼吸筋麻痺が発症し、
即座に死亡する。
事件の後、警察の事情聴取で彼の共犯者である山本さんは
こう証言するつもりだったんだろう。
『研究所に保管していた鳥籠病のワクチンが
何者かに盗まれた痕跡がある。
盗まれた鳥籠病のワクチンが
紅茶に混入されたのではないか』とね。
そして、鳥籠病のワクチンを開発する際、
権蔵氏の体で臨床実験を行い、
その過程で権蔵氏は鳥籠病に対する抗体を獲得したと供述し、
あくまでも権蔵氏が偶然鳥籠病の抗体を
持っていたため助かったことを強調する。
これで、警察は権蔵氏も命を狙われた一人とみなし、
ポットに鳥籠病のワクチンを
混入することが可能だったもう一人の人物、
近藤さんを犯人として疑うだろう。
そして、近藤さんが警察に逮捕され、
自分達は完全犯罪を成し遂げる。
これが、権蔵氏とその共犯者である山本さんが
企てた犯行計画の全貌さ」
翔子は権蔵の陰謀を一気に語り、一息つく。
「それでは、父は何故死んだのですか?」
春香は誘導するように翔子に続きを促した。
この時点で、春香は、翔子が権蔵の死んだ理由、
さらに自分の用いたトリックを全て見抜いていることを察していた。
しかし、たとえ自分が何をしたかを翔子に見抜かれたとしても、
それでも春香には勝算があった。
翔子の推理の穴を指摘する自信が彼女にはあったのである。
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