第11話 事件の詳細
翔子は食事室から響いた悲鳴を聞き、
急いで春香の部屋から食事室に向かった。
そこで翔子が見たものは、
生気のない顔で地面に横たわる権蔵に、
そんな権蔵を見て唖然とする人々、
そして、ダイニングテーブルに並べられたポットと
紅茶が注がれた人数分のカップだった。
茶会は晩餐会終了後、
翔子が食事室を去ったあとで権蔵の提案により、
急遽開催された。
翔子や使用人達は
誰も茶会の予定を知らされていなかった――。
すぐに警察に通報され、
殺人事件として捜査が開始された。
検視の結果、権蔵の毒殺に使用された毒物は農薬であることが判明した。
一部の農薬は死に至るほど人体に有害な影響を及ぼす。
さらに、使用された農薬と同じ成分の農薬が
御堂家の屋敷の庭にある倉庫から発見された。
権蔵が住む御堂本邸には敷地に畑を備えており、
かつて農薬を利用して、
野菜をいくつか栽培していた。
いまは、春香への影響を考え、
無農薬の有機栽培に切り替えている。
畑の管理も使用人の仕事の一つである。
使われなくなった農薬は倉庫に放り込まれていた。
倉庫には鍵が掛かっておらず、
御堂家の人間なら誰でも農薬を入手することができた。
詳細な成分分析の結果、
警察は犯行に使用された毒物は
御堂家の倉庫にあった農薬と断定し、
内部犯の可能性が高いとの結論に至った。
農薬はポットの紅茶に混入されていた。
紅茶は、晩餐会で調理を担当していた、
使用人の一人である近藤陽子がキッチンで沸かし、
ポットに注いだらしい。
その時、調理室には近藤一人しかいなかったため、
一人で茶会の準備を行ったとのことである。
準備をしている最中、
突然権蔵が調理室にやってきて、
ポットを自分で運ぶと言い出したらしい。
近藤は人数分のカップとミルク、
砂糖をトレイに載せ、
ポットは権蔵が持って、
二人は食事室に向かった。
近藤が三人の弟達の前にカップを並べると、
権蔵は自らポットからカップに紅茶を注ぎ、
最後に自分の分の紅茶を注いだ。
そして、茶会の開催の挨拶を簡単に行い、
権蔵が最初に紅茶に口を付けたところ、
紅茶に混入されていた農薬により亡くなった。
農薬はポットだけでなく、
兄弟の前に並べられた全てのカップの紅茶からも検出された。
警察は何者かがポットの紅茶に
農薬を混入したと判断し、
関係者に当時の状況の事情聴取を行った。
その結果、当然ではあるが、
ポットに触れる機会があった人間は、
ポットを運んだ権蔵と、
調理室で茶会の準備をした近藤の二人だけだった。
警察は御堂権蔵殺しの最有力容疑者として、
近藤に目星をつけ、調理室を捜索した。
すると、調理室のゴミ箱からスポイトが発見された。
スポイトに残留していた液体の成分を分析すると、
それが農薬、しかも犯行に使用されたものと
同じであることがわかり、
事件から五日後、近藤は逮捕された。
逮捕はある意味で必然だった。
農薬が混入されていたポットに近付くことが出来た人間は
権蔵と近藤の二人だけ、
しかも権蔵は被害者として死亡している。
ならば、生き残った方が犯人と考えるのは至極論理的だ。
近藤は取り調べで、
自らの犯行であることを頑として否認している。
しかし、警察が近藤の過去を調査した結果、
近藤の父は、御堂権蔵の父である御堂光太郎が
原因で自殺していたことが判明した。
実業家として様々なビジネスを行なっていた御堂光太郎は、
かつて貸金業を営んでいた。
現在では貸金業の規制は厳しいが、
光太郎が営んでいたのは二十年ほど前であり、
金利は法外に高く、取り立てはかなり厳しい、
典型的な高利貸しだった。
その悪質さから警察に目を付けられたため、
五年ほどで貸金業からは撤退したらしい。
小さな会社の経営者だった近藤の父は、
当時経営が厳しかった会社を存続させるために、
光太郎の経営する貸金会社から多額の資金を借りた。
しかし、高金利により膨れ上がった借金を
返済することができなくなり、
熾烈な取り立てを受け、
ついに心労が祟り自殺したらしい。
父親の死の原因を作った光太郎は既に亡くなったが、
御堂家はまだ存続している。
近藤が光太郎に対する復讐として、
権蔵を殺害したというのが警察の考える、
近藤の犯行動機だった。
近藤は、茶会で紅茶に毒を混入することにより、
御堂一族を皆殺しにしようと目論んだ。
兄弟が同時に紅茶を飲んでいれば、
兄弟四人全員が亡くなっていただろう。
権蔵が他の兄弟に先駆けて
最初に紅茶に口を付けたのは不幸中の幸いだ。
以上が警察の見解だった。
脅迫状を送った犯人も近藤だと警察は判断した。
権蔵の死から十日が過ぎた現在でも、
近藤は警察署に勾留され、
取り調べを受けている。
犯行機会、犯行動機、
二つが揃っている近藤を警察だけでなく、
世間も犯人だと思い、
事件は収束を迎えるかに思われた。
しかし、近藤の逮捕に疑問を持った人間が一人だけいた。
飛鳥翔子だった。
翔子は事件の関係者の一人として
事情聴取を受けたあとも、屋敷に留まり続け、
警察の捜査や鑑定の様子を静観していた。
事件から五日後に近藤が逮捕されてから、
翔子は警察とは独自に捜査を開始し、
警察と同じ情報を入手することに成功した。
警察の持っている情報、
及び自分だからこそ知る御堂家の情報を基に、
彼女は名探偵として培ってきた能力を駆使して推理を行った。
こうして、彼女は辿り着いた。
近藤とは異なる、
権蔵を殺した真犯人の存在に、
そして、この事件が悲劇的な終わりを迎えることに――。
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