第10話 事件発生と死
遺産分割の最終会議は御堂権蔵の屋敷で行われることになっていた。代々御堂家が住んできたこの屋敷で家族の問題に決着を付けたいと権蔵は望み、残る四人の兄弟も異を唱えなかった。
そして、権蔵の提案により、会議が終わった夜、御堂家の一族で晩餐会が開かれたことになった。
当日、翔子は権蔵の警護に当たり、片時も彼の側を離れることはなかった。遺産分割の会議は権蔵の屋敷の一室で開催され、翔子は会議の間も他の兄弟の動向に目を光らせ、不審な行動を取ればすぐに対処できるように警戒していた。
午後三時から開催された会議は午後五時には意見がまとまり、閉会を迎えた。
翔子には細かい内容はわからなかったが、それでも権蔵が終始主導権を握り、自分のペースで話を進めていたことだけは理解できた。長男でもあり現当主である権蔵はその威厳を最大限に活用し、弟達は権蔵の鋭い眼光で威圧され、本来なら言うはずだったこと、言いたかったことを満足に言うことすらできなかっただろう。弟達を制するその様子は、以前権蔵の部屋で話した時とはまるで別人だった。
そして、午後六時から晩餐会が開催された。開催場所は遺産分割会議と同様御堂本邸、権蔵や春香が普段食事をしている、十二畳程の大きな食事室で行われた。
出席者は権蔵と三人の弟達、それに春香だった。権蔵は春香の晩餐会への参加に反対したが、春香が希望したため参加することになったらしい。
晩餐会への参加は春香の意地なのかもしれない。現当主の一人娘として親族と対等に向き合いたかったのか。
翔子は晩餐会の間、調理室にずっと待機していた。食事室には権蔵に仕える執事やメイドを複数配置し、不審者が侵入した場合、又は権蔵の弟達が怪しい行動を取った場合、即座に対処できる態勢になっていた。
翔子は調理室で、晩餐会で提供される食事に毒が盛られないかを見張っていた。
翔子の探偵としての経験上、最も気を付けなければならないのが毒殺である。刺殺、射殺、絞殺、撲殺、世の中には無限に殺し方が存在するが、そのうちのどれもが実際に事を為すには多分の労力を要する。また、加害者が仮に実行できたとしても、被害者を確実に殺せる保証はない。銃で目標を撃ち抜いたとしても、ナイフで目標を刺し貫いたとしても、往々にして即死には至らず、被害者が助かる場合が多い。
しかし、毒殺だけは全く別である。適切な毒を目標が口にする飲食物に忍ばせるだけで、確実に殺害することができる。たとえ、被害者が死に至らなかったとしても、毒殺は犯人の捜査が他の犯罪と異なり、困難を極める。
何せ、犯人は直接、物理的に手を下すのではなく、毒を忍ばせるだけでよい。これほどお手軽かつ、確実な犯行方法は他にない。
ゆえに、現在のボディーガードとしての使命を全うするため、翔子は毒殺を最も警戒し、可能な限り御堂権造が口にする飲食物をチェックしていた。今回の晩餐会でも、用意された食事の調理過程を見張るために、翔子はキッチンに待機していたのである。といっても、調理担当は権蔵の使用人であるため、料理に毒が仕込まれる可能性は低く、念の為に見張っていた程度ではあるが。
そんな翔子の警戒が功を奏したのが、午後九時に晩餐会はつつがなく閉会した。
晩餐会の終わりに権蔵から、気分の優れない春香を部屋まで送るように頼まれ、翔子は了承した。既に危機は去ったと翔子は思っていた。一応、権蔵に警戒を怠らないように進言し、翔子は春香を連れて食事室から出ていった。食事室には、権蔵とその弟達、そして執事、メイドが数名残っていた。
しかし、そんな翔子の隙を突くように、事件は突然起こった。
――晩餐会の後に開催された茶会で、権蔵が毒殺されたのだ。
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