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新月の忌み子  作者: のすけ
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契約と戦い 5

 水網に捕らわれた太陽が暴れ、黒い鳥籠に触れるたびバチバチッ!と鋭く弾けるような音がする。

 初戦で俺は太陽を一つ捕まえた。

 籠の中でも水網に締め上げられ、奴は熱や光が弱まっている。


 それにしても他の四つの太陽が近寄ってこない。


 一気に反撃を仕掛けてくるかもと思い、覚悟して連中から目を離さずにいた。

 が、奴らは一向に反撃して来ない。

 一つが捕まったのは気づいたらしい。

 兄弟が敵に捕獲されたというのに、やけに慎重だな。


 残った四つはあのゴウゴウと聞こえる声で喋ることもせず、地表のあちこちを焦がすように上下しながら停滞していた。

 そして数分後、次々と打ち上げロケットよろしく遠ざかって消え、地上はまた闇に包まれた。


「よし啓羅、このまま地底に喚ぶよ」

 俺の疑問をよそに耳元でサイオンが言う。

「わかった」

 黒い鳥籠をランチャーの先にひっ掛けて地上に降りると、足元に再びあの蟻地獄が口を開けて俺を吸い込んだ。

 地底に通じる穴の底から歓声が湧き上がる。

 近づくにつれて沢山のキュクロプスが集まっているのが見えた。

 彼らに「啓羅、啓羅!」と囃し立てられ、まるで何かの試合に勝った選手のようだ。


 水網の力で圧縮されバレーボールくらいまで縮んだ太陽は、空中で感じた熱も光も影を潜めている。

 上から熱と光よけの黒い布を被せられた鳥籠を前にキュクロプスたちが集まった。

「よくやったぞ!合いの子お!」

 興奮したイオが一つ目をぎらつかせて満面の笑みをたたえ、硬い掌で俺の頭をガシガシ撫で回す。

「さてとこいつはどうしたものか。ここにおくのは暑苦しいし邪魔だな」

 眩しそうに目を細めながらプロメデが言った。

「このままポセイドンにくれてやろう、きっと喜ぶよ。いい海底ランプになるんじゃないの」とサイオン。

「そいつがいい。イカしたインテリアだぜ」とイオ。


「一つ目小鬼ども!お前ら、俺の兄弟が黙っちゃいないぞ!」

 急に鳥籠の中に捕らわれた太陽がキーキー言った。

 声までもミニサイズに感じる。

「太陽ってもっと巨大なもののはずなのに、連中はどれも気球くらいのサイズしかない。一体どういうこと?」

 いつも当たり前に空に浮かんでたはずのものについて、俺は考えずにいられない。

「太陽は大きくは見えるがほとんどガスでできたエネルギー体だ。そして星も生きている。星の中には様々な意思が渦巻いてるのさ。奴らは意思のあるその命が分散したものだ」

 プロメデが言った。

「だから圧縮して閉じ込める。おいこの野郎!おとなしく海の底で光ってろよ。さもなきゃ極限まで圧縮するからな!」

 イオがすごむと太陽はピタリと押し黙った。


 こいつに効く脅しって。

「イオ、それってどういうこと?」


 俺が尋ねるとイオは意地悪く横目で鳥籠を眺めながら「ふん、そりゃ大きな声じゃ言えないけどなあ、……」と言いかけた。

 横からサイオンが小声で「光まで消えてブラックホールになっちまうんだよ」と言い、イオは「チェっ、話の腰を降りやがって!」と毒づいた。


 そうか、星は生きている。

 この宇宙も生きて意思を持っているなんて考えたこともなかった。

 宇宙がもし今と違う何かの意思に目覚めてバラバラに活動を始めたら。

 そう思うと背筋が寒くなった。



「啓羅が捕まえてくれた奴は海神のポセイドンに預けることにする。さっそくだけど啓羅、俺と一緒に来てくれ。いいものを見せてやるよ」

 サイオンはそう言うと俺を肩の上に乗せ鳥籠を手にして歩き始めた。


 入り組んだ岩の通路を次々と抜けて行くと、やがて磯臭い香りと一緒に波の打ち寄せる音が岩に反響してきた。

「海の近くなの?」

 俺はこれまで、この目で海を見たことがなかった。

「そうだ。もうじき見えてくるよ」

 通路が明るくなり、岩の通路は外に通じる洞窟となって、俺たちは満天の星空の下に広がる波打際に出ていた。


 山育ちの俺は生まれて初めて海を見た。

 何と広い、果てのない水面だろう。

 畝り絶え間無く打ち寄せる波頭が淡い光に照らされて光り、美しい。

 これが海。

 しかも波に紛れて星屑のように淡く光を発するものが水に溶けている。


「この小さな光は何なの?」

「海の中に暮らすプランクトンだ。無数の生き物が放つ光さ」

 そう答えて「おーい、持ってきたぞ」とサイオンが岩場の海に向かって叫んだ。


 すると遠い波間に赤黒く何かがせり上がってきた。

 それはグネグネと海面に姿を見せながら急接近する。

「そら啓羅、クラーケンのお出ましだ」

 俺たちのすぐそばまで来たそいつが波間から浮き上がると、小山のような大きさの巨大なタコだとわかった。


 巨大なタコの無表情な黒い目玉がギョロリとこちらを見る。

 すごい。このタコがクラーケンっていうのか。

 サイオンは黒い鳥籠をクラーケンに差し出した。

「約束のランプだ、ポセイドンに渡してくれよ」

 クラーケンは皿のような吸盤が並んだ赤黒い腕をグネグネと伸ばし鳥籠を抱え込んだ。

 賢いんだ、言葉がちゃんとわかるんだな。


「怪物タコ。化け物!」

 鳥籠の中で太陽がキーキー叫んで暴れバチバチッ!と音がしたけれど、クラーケンは全く動じない。

 そして、別の腕を俺に向けて伸ばす。

 その腕の先に半透明の球体がくっついていた。


「何だろう。俺にくれるの?」

 クラーケンにそう言うと無表情な黒い目玉が一度だけまばたきをした。

「ポセイドンからの礼だな啓羅。そうか、それは多分クラゲのレインコートだ。それを着れば戦闘で熱や光に焼かれるのを防げる。太陽との戦いで必ず役に立つぞ」

「貰うよ。ありがとう」

 ピンポン球くらいのそれを受け取り俺が礼を言うと、黒い目玉がじっと俺たちを見てクラーケンはまた波間に体を沈めて行った。


 俺たちは来た道を引き帰した。

「ここはいったいどこの海?村の近くには海はないはずだし」

「人間世界の地図で、ここの地形を考えるのは無理だなあ。この場所は人間世界の海じゃない。

 でもポセイドンは俺たちと同じように、ここと人間世界の海とをつなげるんだ」

「俺が最初に吸い込まれた穴と同じ?」

「そうだ。地底はヘパイストス様が場所をつないでる。でも今はこの戦いのために、俺たちにも場所をつなぐ力が解放されている。またお前を村のどこかに送り返してやるよ。家の前でも村はずれでも」

「家の前はやめて。村はずれがいい」

「なんだ、人生の初戦に勝利した勇者のくせに。そいつは地味な帰還だねえ」


 サイオンはそう言って笑う。

 けど、新月の生まれで純粋な人間じゃないと言う事実を背負った以上、なるべく慎重に行動したかった。



 地上に戻ると太陽たちは引き上げたままで、昼間にもかかわらず外は闇に包まれている。


 奴らに一度手の内を見せてしまったから、もう同じ作戦は通用しないだろう。

 次からはまとめて相手をすることになるかも知れない。


 今回の戦いで大きな傷こそないけど、連中の熱に灼かれて体のあちこちに火傷を負った。

 赤く灼かれた皮膚が痛み、シャワーを浴び上だけ脱いだまま薬箱を漁っていると呼び鈴が鳴った。


 バスケットを手にした奶流だった。

「啓羅いるの。あ、……」

 俺を見て小さく奶流が言った。

「ごめん。シャワー入ったとこでさ」

「ううん、啓羅戻ったのね。戦うところ少しだけ見えてた。また怪我したでしょう?」

「ちょっとあちこち火傷しちまった。何かいい薬でもないかな?」

 そう言うと奶流がバスケットを掲げた。

「そう思って来たんだ。火傷の薬を作ったから手当てさせてよ」


 木々の新芽のような薄いグリーンの、ふわりと足首くらいまで丈のある袖なしのワンピース姿でプラチナの髪をなびかせた奶流。

 その姿は、いつも黄昏のように暗いキュクロプスたちの世界から戻った俺の目に眩しい。

 彼女が俺のそばにくると何かのハーブのいい香りがする。


「奶流、ハーブのいい香りがするよ」

 そう言うと奶流は少し頬を染めた。

「そうかな。色々薬の調合していたせいだよ。きっと」

 奶流は塗り薬をヘラに取ると俺の手の甲に乗せてくれて、俺は手足の小さな火傷にそれをつけていった。

 ひんやりした感触の薬が気持ちいい。

「啓羅、背中のあちこち火傷してる。痛いでしょう、薬つけるね」

 そう言うと奶流は背中に薬を乗せていってくれた。

「今日はシャツ着れないなあ。このままうつ伏せで寝るよ」

「そうだね、でもきっと一日経てば良くなるから。はい終わったよ」


 火傷の手当てを終えた奶流は俺と向かい合って「今度は右目。眼帯外してよ」と言った。

 見上げてくる水色の瞳とサクランボみたいな唇。


 そうして近くに来られたら、少し呼吸が苦しくなって切ない気持ちになる。

 奶流がいるこの村を守れて良かった。

 あの連中に負けずに済んで良かった。

 顔が赤らんでいる気がして俺はちょっとうつむき加減で眼帯を外した。

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