契約と戦い 3
俺は内心驚いて伯母を見つめた。
絵留羅伯母さん、どうしてそう言うの?
その時俺は感じた。
伯母さんはきっと何か知ってる。
動揺を悟られないようにしなきゃ。
それに今はとにかく奶流を安心させたい。
契約の相手はキュクロプスだし、奶流にとっては実態不明な化け物でしかない。
でも、岩が放つ光に照らされた工房。
そこで見た青い炎で鍛える得体の知れない金属。
ゴツい指をしたイオの巧みな鍛治の技術。
全てが凄かった。
「うーん、俺の武器なんかの知識が戦いの役に立つみたい。それにその人たちは太陽の光にすごく弱くて、外の世界では長く戦えない。地下での生活のことも表沙汰にしたくないらしいんだよ」
どうか納得してくれ、頼むよみんな。
これ以上俺の頭は回らないし、うまく説明できそうにない。
祈る気持ちでみんなのを代わる代わる見つめる。
波違流伯父と絵留羅伯母が顔を見合わせた。
つと立ち上がって出かける支度をしながら伯母が言った。
「啓羅わかったわ。あなたは傷だらけでひどく疲れてる、もう休んで。奶流、悪いけど啓羅をしばらく見てあげてもらえる?オートミールや果物を用意してあるから食べさせてほしいの、いいかしら?」
「はい。任せて伯母さん」
「啓羅、あなたの傷はほとんど奶流が手当してくれたのよ。さすが沙或お婆ちゃんの血を引く孫なだけあるわ」伯母は言った。
沙或お婆ちゃんは奶流の父方の祖母に当たる人物だ。
もう亡くなったけど、いわゆるヒーラーと占い師を合わせたような存在だった。
昔は病院もなかった田舎のこの村で医者や産婆の役目を果たし、みんなに尊敬されていた。
奶流も俺も沙或お婆ちゃんに取り上げてもらった。
「そうか。奶流、世話かけちゃってごめんな」
奶流は少し赤くなって首を振った。
「そんな、たいしたこと。ねえ啓羅、その耳のピアスはその人達に付けられたの?」
「うん、これはお守りがわりだって」
と、いうことにした。
「啓羅にそれ似合ってる。猫目石かな?」
「多分ね」
奶流が顔を近づけてピアスに触れるとちょっとくすぐったい。
そう、これはサイオンの胆石らしいけど。
思い出して俺は少し笑った。
伯父と伯母は外出し、どうにか安心した様子の奶流は食事をトレイに載せてベッドに運んでくれた。
「啓羅、一人で無茶しないで。私にできることは何でもするから。ねえ、お願いだよ」
奶流は不意に真剣な顔になり、俺の手に自分の手を重ねた。
ドキッとした。
二人きりのこの部屋で急に奶流を意識する。
奶流もハッと息を呑み手を離して顔を赤らめた。
俺はしばらく奶流の顔を見られないまま大人しく食事を始めた。
会話が途切れると、右目や身体中の傷のズキズキする痛みが襲う。
「奶流悪いけど、もうしばらくこの傷の面倒見てくれよな」
「うん、もちろん。私、帰ったらお婆ちゃんの本を読んで勉強する。明日もまた手当に来るね。啓羅は休んで早く元気になって」
ああ、また奶流に会えて本当に良かった。
でもまたいつあの太陽の連中がやって来るのか。
そして俺が経験した事や誕生日のことは、絵留羅伯母さんがきっと何かを知ってるはずだ。
伯母さんにちゃんと聞かなきゃ。
様々な思いが俺の頭の中を駆け巡った。
その後も太陽たちは現れず、外は相変わらずの闇に包まれていた。
奶流は沙或お婆ちゃんが残した手引書を読んで調合した薬を持って、連日手当をしに来てくれた。
お手製の塗り薬や化膿止めはよく効き、俺の体の傷は日ごとに癒えて右目以外は痛みも無い。
その右目も薬草の湿布のお陰で腫れが引いた。
見た目は傷はなく瞼が落ち窪んで見える。
「お婆ちゃんのノートを色々調べたら、もっといい方法があったの。でもそれは今の私には難しいし、何種類かの特別な材料が必要なの。時間がかかっちゃうけど、もう少し待っていてね」
けど俺は片目の生活にも慣れて、もうこのままで充分だと思った。
「奶流、痛みが取れただけで充分だよ。それに俺、これで結構いけてる気がするんだけど」
なくなった右目の上に海賊をイメージした黒革製の眼帯をつけることにした。
パンクな感じでカッコいいし、バイクに乗るとき着る黒い革ジャンにも似合うだろう。
実際、見舞いに来た友達連中にも似合うと言われ、かなり気に入っている。
「似合ってるし、啓羅のくよくよしないところはすごいと思うよ。でも元どおりになれたらって、私が勝手に思ってるだけなの」
手当を終えて薬を片付けながら奶流は言った。
村の山あいの洞穴は、伯母たちが俺の話を確かめてから避難場所になった。
今や多くの村人が移り住んでいる。
俺も足を運んでその場所を確かめた。
中には地下水の湧き出て、岩壁にはキュクロプスの世界と同じように光を放つ岩石が埋まっていて、いつもほんのりと明るい。
小さな子供たちは凶暴な太陽に怯えず遊びまれて楽しそうだし、足腰の弱った老人も慌てて逃げる必要がなく安心したようだ。
灼熱の太陽たちから村人が避難するには、一時間か二時間に一本程度の小型バスがせいぜいで、タクシーもない。
自動車も一家に一台とはいかず、自転車や家畜兼ペットの馬に乗る人もいる。
絵留羅伯母たちは小型の自家用車を持っている。
通勤や街への買い物に出かけるときは、近所の人に声をかけて乗り合いで出かける。
俺は自転車と、波違流伯父が若い頃愛用していたバイクを修理して最近乗り始めた。
奶流の家にも小型のトラックがあるけど、それは畑の収穫物を出荷したりするのに使っていて普段は馬を使う。
灰色の毛並みをした奶流の馬はヘリングという名で、俺に吠えつく犬のアニスとは対照的に穏やかな気性の賢いやつだった。