契約と戦い 2
「啓羅、啓羅!」
そう誰かが何度も俺を呼んで、右目が脈打つようにズキズキと痛む。
目を開けると奶流の顔があった。
奶流が水色の瞳で俺を覗き込んでいる。
「奶流、無事でよかった!ここは?」
「気が付いた?ここはあんたの家よ。地面の穴に吸い込まれてから二日も行方不明だったの。今は昼間だけど太陽たちは現れてない。外は真っ暗なままだよ」
あの時助けを呼びに村に戻った奶流は、俺の伯母夫婦を連れて地面の穴に引き返した。
「けど戻ってみたら穴が消えて無くなってた。すごくすごく心配したよ」
そして俺は行方不明になった。
で、今から数時間前に家の外に倒れていたところを絵留羅伯母が見つけた。
体の至る所に包帯を巻かれ、右目には眼帯を当てられてる。
「身体中擦り傷や打ち身だらけで、両方の手首には青く入れ墨されて。それに啓羅、右目がなくなって顔が血だらけだったのよ。酷すぎる!何があったの?誰かに拷問でもされた?穴の中に別の化け物がいたの?」
奶流は水色の目に涙を浮かべ、興奮した様子で立て続けに聞いてきた。
擦り傷や打ち身は夢中で受けていた戦闘訓練の時のものだろう。
青い刺青はイオが言ってた武器を召喚する魔法陣だ。
気を失っている間にイオが刻んだのだろう。
ちょっとは痛いって話だったから、イオなりに気を遣って俺が失神している間にやってくれたんだろう。
でも今はそれを奶流に言うわけにはいかない。
地底で俺の身に起こったことをどう話せばいいのか。
災難にあって記憶が混乱したか、頭でも打っておかしくなったと思われるだろう。
信じてもらえる自信が全くない。
俺が新月の生まれで純粋な人間じゃないことは迂闊に話せない。
それを言ったらもう、奶流の近くにいられないだろう。
目覚めたばかりの頭で懸命に考えた。
考えても奶流にちゃんと説明できることはあまりにも少ない。
「奶流、頭がぼーっとしててうまく言えないんだけどさ。俺が吸い込まれた場所で、あの太陽の事や退治する方法を教えてくれる連中に会ったんだ」
俺は言葉を選んで慎重に話した。
「本当?」
眉を寄せて疑わしそうに奶流は言った。
「本当なんだ。その証拠を連中が見せてくれたから、すぐに確かめてきて欲しい。伯母さんたちがいるならここに呼んでくれる?」
「わかった」
奶流は絵留羅伯母たちを俺の枕元に呼び寄せ、俺はまず村のみんなの避難場所が作られたことを話した。
「俺たちに味方する人たちの力で作られた場所がある。その場所を確かめて、一刻も早くみんなに知らせて欲しい。あの太陽たちはまたやって来る。だから奴らが現れる前に避難して欲しいんだ」
「場所はわかった啓羅。私たちで確かめて来よう。しかし啓羅が出会ったその人たちは地下で暮らす人間なのかい?それとも全く別の生き物というか種族なのか」
そう波違流伯父さんが言った。
「それはあの、人間じゃあない。でも言葉が通じるし文明がある。俺たちより高度な文明みたいだった」
内心ヒヤヒヤしながら伯父に話す。
わかって欲しくて必死だ。
「俺の右目は穴に落ちた時硬い岩にぶつけて潰れてしまった。ひどく血も出て、その人たちの手術で取り除かれたんだ」
そこはそういうことにした。
奶流は疑わしげな表情を変えずに聴いている。
手術と言うには杜撰すぎるし。
目玉を手荒くえぐられて食われたという事実は、グロすぎて決して言えない。
ベッドに横たわる俺のそばに膝をついた絵留羅伯母が俺の髪を撫で、黙って瞳を見つめた。
「そういうわけで、その人たちが人間を助けてくれる代わりに、俺はこれからあの太陽達と闘うことになった。俺がやり抜くなら手助けすると言われたんだ。だから俺はやる。これは約束なんだよ」
「でも、……」と奶流。
「人間が太陽と闘えるなら、何も啓羅一人が辛い思いしなくてもみんなでやればいいじゃないの?片目になって怪我までしてるのに。その人達やっぱりちょっとおかしくない。別の化け物じゃないの?」
すると、それまで黙って聴いていた絵留羅伯母が静かに言った。
「啓羅、それはお前でなきゃできないような仕事なの?何か特別な」