紅龍と蒼龍 6
裂いた空間から村の大地に降り立った俺の頭の中にサイオンの声が響いた。
「啓羅、急いで大砂漠に行って。イオのやつ、ここで自爆しようとした太陽の鳥籠を抱えて転移した。プロメデも追いかけた」
「何だって」
懐かしい村の地面のいたるところから黒煙が上がって熱気に包まれ、山も草原も焼け焦げている。目を凝らしたけど人影はない。村のみんなは、伯母さん達は無事でいるのか。
「村は焼かれちゃったけど、みんなは湖の方に逃げたからね。大丈夫」
サイオンの言葉に気を取り直した俺は、タイタンの目に転移を念じて大砂漠をめざした。熱と放射線を放つ太陽の鳥籠を抱えてだなんて、無茶苦茶だよイオ。
砂の上に降り立った瞬間、目を射抜かれそうな閃光を見た。
黒い鳥籠がラグビーボールみたいな形に歪んで膨張しながら震えている。
その中に捕らわれた太陽はゴウゴウ吠えながら白い光と炎を放って放熱し、広大な砂漠の砂から白煙が上がって火山地帯のように地面が熱い。
その熱気の中、ゴーグルを着けて銀の義足の片膝をついたイオと全身銀のプロテクター姿のプロメデが、ランチャーを構えて鳥籠に向け氷結弾を撃ち続けている。
衝撃波をものともしない二人の足元には大量のマガジンが打ち捨てられているが、太陽の威力に押されて明らかに苦戦しているようだ。
「イオ、プロメデ」と叫ぶと、振り向かないままイオが怒鳴る。
「来たか合いの子、遅いぞ」
「ごめん。磁気嵐をお見舞いして、かたをつける」
「よし行け」とプロメデも砲撃を続けながら怒鳴った。
自爆なんて絶対させない。
気力を振り絞って額の目に意識を集中し、自分のものと思えないくらいに重だるくなった両腕をクロスして磁気嵐を放つ。
「痛い、波動が刺さる、タイタンの目か。忌み子がまた現れたとはまさか、楼焔様あ」
鳥籠の中で太陽が叫び、その表面に次々と黒点が現れてきて奴の光が暗くなる、今だ。
「奴に近づく、援護して」
太陽の間近に飛び込んだ俺は雷の短剣を振るって空を切り裂いた。
紫色に揺らめく空間の切り口に鳥籠ごと飲み込まれながら、断末魔の太陽はいきなり激しい光と熱を放ち一気に膨張した。
「くそお、このまま黙って吸い込まれるものか。ウガアアアア」
剣をランチャーに替えて氷結弾を撃ち込む俺に異空間から吹き出た爆風が一気に迫って、大きく飛び退いたが一瞬遅れて全身が炎に包まれた。
「アツッ、焼かれる」
「啓羅」
火だるまになった俺の正面に、義足を鳴らして駆けてきたイオが立ちはだかると氷塊弾を撃ち込んだ。
ジュジュッ、シュウウウと水蒸気が立ち込めて火は消し止められた。
「イオありがとう、助かった」
けど蒸気の雲が晴れて目に映ったのは、炭のように真っ黒く焼けて割れかけた木のように亀裂が走るイオの背中だった。
ひどい火傷でイオの体が炭みたいになってる。
早く地底に戻って手当てしないとまずい。
「これで最後だ。イオ下がって」そう叫ぶと俺はまた前に出た。
太陽に押し負けるもんか、もう一度だ。
「重力制御、磁気嵐」
渾身の力で技を放つと、周囲の景色が揺れて乱れるような感じで空間がブレた。
「イオ、撤収だ」
駆けつけたプロメデが大柄なイオと肩を組む。イオはそのまま彼に引きずられるようにして二人は地底に姿を消した。
断続的にブレる空間から、光を弱めた太陽は何か叫ぼうとした。
でももうその声ごと異空間に飲み込まれると、揺らめく空間が消滅してあたりは急に静まり返った。
「やった。やったぞ勝った。奴らに勝った」
そう呟くと、足元にポタポタと汗の雫が落ちてきた。
と思って額をぬぐい顔をあげると、太陽を失い再び暗くなった周囲にムッとするような熱気が沸き起こり、シュウシュウ音がし始めた。
間もなくそれはバタバタ、ザーという激しい雨音に変わった。
汗じゃない。これは、雨か。
雲などなかったはずの大砂漠の空には、いつしか灰色の雨雲が重く立ち込め、温かい雨が激しく降り注いだ。
そしてその雲の合間を縫って空高く白い鳥達が飛び交うのが見えた。
あれはベガとその仲間達だ。
暗く果てしない大砂漠に見渡す限りどこまでも雲が垂れ込めて、連なる砂丘の彼方は煙ったように陸と空の境界が曖昧に溶けている。
空を見上げて立つ俺にベガの深い声が語りかけてきた。
「啓羅様、あなたはついに四つの太陽に勝利しました。そしてこの雨が全ての炎を消し去り、地上の命を取り戻します」
「ありがとう、ベガ」
「人間のために、ジュピター様の元で改心した太陽を解放するよう言いつかってまいりました。しばらくの間は、紅焔たち鞭を振るうものの一族に代わってジュピター様がこの太陽を監視します」
そう言うとベガは、太陽を入れた黒い鳥籠を咥える仲間の白鳥を呼び寄せて砂の上に降りた。
「さあ啓羅様、鳥籠を開いてください」
俺はベガにうなづくと黒い鳥籠に命じた。
「開け鳥籠。太陽を解放しろ」
ガシャリと金属音がして鳥籠は解錠し、中から静かに暖かい熱と光を放ちながら太陽が外に出て来た。
そしてそのままどんどん空高く登ると、みるみるうちに地球から遠ざかった。
それと同時に地上には光が戻り夜が明けて、周囲の景色が鮮明になった。
雨粒を落としながらも黒雲は薄い灰色になり、雲間にのぞく空は青さを増していった。
太陽が確かにある。
太陽は気ままに近づくことも飛び去ることもなく、ちゃんと空にとどまっている。
「啓羅様、これで全ては成し遂げられました。私どもはジュピター様の元に帰ります」
ベガがそう言うと、大きくて美しい彼と仲間の白鳥達が俺の前に降り立ち、揃って丁寧にお辞儀をした。
「助けてくれた君たちに感謝しているよ。ジュピター様にも感謝を伝えておくれ」
飛び立ったベガ達はV字に隊列を組み、空に向けて両手を振ると大きく旋回して応えた。
そうして広大な砂漠に俺は一人きりになった。
激しい疲労と熱を帯びた体にあたる雨の雫がまるでシャワーのように心地よく、すっかり明るんだ砂漠の果てには二重の虹が出ていた。
取り戻したこの世界はなんて美しいんだろう。
これでもう人間は怯えて暮らさなくていいんだ。
でも別の気がかりが心を曇らせ、俺はすぐにキュクロプス達の待つ地底世界に降りた。
ほの明るい鉱石の光に包まれた広場にあるあの平たい大岩の上、そこに人だかりができていた。
広場に現れた俺を見ると「おお、啓羅様が還ってきたぞ」とどよめきが起こり、岩を取り囲んでいたキュクロプス達が道を開けた。
大岩の横には朦朧とした表情のプロメデが座り込んでいる。
「やつも早く冷やしてやれ」と言葉が飛んで、試合後のボクサーみたいに数人がかりで彼の全身のプロテクターが外され担がれて別の大岩の上に寝かされると、熱で赤くなった体に青い色をした水が絶え間なく浴びせられた。
人だかりしている大岩の真ん前には、俺に背を向けてそばに置いた手押し車からスコップで青い氷をすくいあげるパンドーラーの姿があった。
大岩の上にはイオが寝かされていて体にはスコップで青い氷がかけられているけど、それはすぐ青い水になってどんどん流れ落ちている。
「誰かもう一人手を貸せ、早く彼をこの氷に埋めるのだ。もっと大量に深層の氷を運べ、これでは足りぬ」
姉さんは俺が初めて見る余裕のない表情で、声を荒げ氷を運ぶキュクロプスに命じた。
スコップで幾度もイオの体に青い色の氷をかけている姉さんは、彼を氷漬けにして体温を下げようとしているんだな。
「姉さん、俺にやらせて。イオ聞こえる、大丈夫」
大岩に近寄って声を掛けたけど、イオは身じろぎもせず何の反応もしない。
「おお啓羅、よく戻った。ついに勝利したな」
必死だった姉さんは、俺を見るとスコップを放り出して強く抱きしめた。
「勇者の帰還に出迎えもせず、すまない」
「姉さん、それどころじゃないんだろ。イオはどうなの。背中にもの凄い火傷があったのを見た。今はどんな状態なの」
「彼はここに連れ戻される途中で気を失って、まだ意識がもどらない。太陽の放射線で負った火傷が酷いので、水の気が強い深層の氷で治療を施しているところだ」
「イオ、しっかりしろ」
スコップを取って氷をかける手伝いをしようとしたが、姉さんは俺を制して言った。
「お前も怪我を負っているではないか、早く手当を受けて休め。私は彼の治療を続ける。おおい誰か、急いで我が弟を診てやってくれ」
その声にすぐに数人のキュクロプスが来て「啓羅様、こちらへ来てください」と別の岩の上に俺を案内し全身の診察と治療に取り掛かった。
でも地底に戻ってすぐ俺は気力が戻って頭がスッキリとし、激しい疲労も身体中の痛みすらも引いていくのを感じていた。
「啓羅様、診察の間にも傷や火傷が回復しています。タイタンの目が地底の気に反応し吸収するためですな、深層の水で一度傷を洗えば治療はおしまいですよ」
診察したキュクロプスもそう言った。やっぱりそうなのか。
青い水で体を洗ってもらうと、俺はすぐにまたイオのそばに戻った。
イオは三人がかりで青い氷をかけ続けられていたけど、さっきと同じくその氷はすぐに溶けて流れてしまう。身じろぎもしないし目もつぶったままだった。
「意識はまだ戻らないの」姉さんに尋ねる。
「おや啓羅、もう治療は。そうかお前はタイタンの目を統べて戦士の体を得たのだな。すでに地底の気で回復したと見える。素晴らしい」
「俺がかわるよ」
姉さんの手からスコップを取ると俺はピクリともしないイオに青い氷をかけ始めた。
「こやつ、もはや地底の気を取り込む力すらないのかも知れぬ」と小声で姉さんがつぶやく。
「そんなに悪いの」
「今度は厳しい、瀕死の状態だ」
イオ、戻ってくれよ。目を覚ましてくれよ。
彼の体に必死で氷をかけながら俺は心で呼びかけ続けた。




