喚ばれた者 3
なんとか重い事実を受け止めた俺は、落ち着け、冷静になれと自分を励ましながらイオに言った。
「俺が片目になったら、戦闘に不利にならない?」
するとイオは鼻を鳴らして答えた。
「ふん。お前、五つもある太陽を直視して戦えると思うか。どのみち目なんか役に立たん」
でも普段の生活は不自由になりそうだし、俺のイメージがかなり変わるぞ。
奶流には何て話す、伯母達にだって。
話がややこしくなるばかりだ。
だが、元から一つ目のキュクロプス達にとっては問題外みたいで、誰もそれ以上反応しない。
今のところ彼らの話に嘘はなくて、人間が五つの太陽に追い込まれている以上、彼らの力を借りるしかなさそうだ。
他に打開策も見えない状況を俺もだんだんと受け入れて、ついに言った。
「わかった、もうわかったよ」
「よし。そうと決まればさっそく実戦に向けて戦闘訓練を始めるぞ」
俄然楽しそうにイオが言った。
「敵の奴らは兄弟だけどそれぞれ力に個性があって独立した邪神とも言える」とサイオン。
ただし一つはこの地上のために残す必要がある。
後の四つをどう攻略して捕獲するかだ。
「大きく開閉できる鳥籠みたいなものに捕まえられないかな」と俺が言うと
「面白いな。太陽の鳥籠か」イオが言った。
「そう。でも鳥籠は目立たないよう折りたたんで置いて、必要な時に取り出せるといいな」
「できるぞ。俺たちには文字はないから呪文を封じた紋章で格納したり展開できるようにしてやる。紋章は体に刻んでやろう」
「入れ墨みたいな感じ?」
「そうだな。その部分に触れると呪文が発動する」
「いいね。でもそれって、体に刻むときは痛いの」
「まあ多少はな」イオが平然と言う。
畜生、痛い思いをするのは俺だぞ。
「そもそも俺も空中に浮かばなきゃ連中と戦えないんじゃない」
「これをつけろ。周りの大気を岩のようにして走ったり跳んだりできるぞ。そら」
とプロメデが手にした金の輪を俺の両足首につけた。
というか、輪が蛇のようにスルスル勝手に動いて俺の足首に巻きつき、金のアクセサリーみたいに落ち着いた。
こいつはなかなか見た目がカッコいい。
「いいだろ。昔ヘルメスの奴に同じものを作ってやったんだ」プロメデは自慢げに言った。
「まあ、後は日焼け止めでも塗ったら?人間は肌が弱いからなあ」と呑気にサイオン。
いや、日焼け止めどころの話じゃないだろ。
ゴミみたいに燃えちまうよ。
「お前は純粋な人間じゃない。だから燃えたりしないさ。俺たちは日焼けじゃ済まない、長時間日光を浴びると石化して命を落とす。だから地下で暮らすのさ」
イオは俺に言った。
キュクロプス達は太陽の光に弱いのか。
また、純粋な人間じゃない、というイオのセリフが刺さる。
「実戦は俺だけとして最初の戦闘だけでも、あなた方と連絡しながら戦えないの」
「あ、悪い。それを忘れてた」
サイオンが首からかけていた革袋から小石を取り出した。
それは見たところツヤツヤした普通の猫目石で、
「こいつを使おう」とサイオンは一個の石をまるで粘土細工みたいに二つに分けた。
そして俺を手招きして側に寄せるといきなり耳を引っ張って、伸ばした石で挟んだ。
「痛っ!」
もう片方の耳も。
あっという間に俺の両耳に猫目石のピアスが付けられた。
触れるともうちゃんと硬くて、サイオンがしたように粘土細工みたいには扱えない。
「聞こえるか」
急にサイオンの声が耳のそばで響いた。
あれ、サイオンは口も動かさず喋ってもいないのに。
「念じるだけで話せるからな。戦うってのに敵に作戦を知らせるわけにはいかないだろう」
そうだね、これはいいや。
「ふん、そりゃあいつのキモから出てきた石だぜ。小汚ねえ」とイオが毒づいた。
へえ、キモの石。人間で言う胆石みたいなもんかな。結構綺麗でどう見ても猫目石だけどね。
そしていよいよ、イオがさっき造ったばかりのロケットランチャーを試す時が来た。
「これを装填して、ぶっ放す」
イオは半透明の水の球みたいなカプセルを何個か手にしていた。
手渡されたスーパーボールくらいのサイズのそれは、実際水みたいにひんやりしてプニプニ柔らかい感触だった。
「水を編んだ網さ。そう簡単には千切れないから被れば逃げられない。壁に向かって練習してみろよ」
釣り糸のように、ランチャーに取り付けた自動のリールで巻き取ることもできる。
イオのロケットランチャーは触感も作動音も金属そのものだけど、人間の世界のものとは比較にならないくらい軽くて楽に扱える。
人間界の金属とは違うものだろう。
この重量なら両肩に二本でも持てそうだし構えて余裕で走れるな。
よし、やるぞ。
目の前の空中に向かって一歩踏み出すと、まるでそこが地面のようにどんどん空気中を歩いたり走ったりできて、跳んだりバク転もできる。
最高の気分だ。
寝転がることだってできるから、身を低くしたりローリングして敵の攻撃をかわせるだろう。
「お前、なかなかすばしこいのな」とサイオンが感心した。
「俺が円盤を打ち出してやるから、お前が網で捕まえてみろ」
イオがそう言って、石のディスクが何枚も装填された別のランチャーを抱えて来た。
「行くぞ」宙に向かってイオが打つ。
俺が狙うけど全くダメだ。かすりもしない。
「しっかりやれ、合いの子!」
またイオが打って俺が狙う。ダメだ。
「クソが!装填から照準まで時間がかかりすぎる、逃げろと言ってるようなもんだ」
イオから散々に檄を飛ばされるが、なかなかうまくいかない。
訓練は続き、失敗するたびイオは容赦なく罵声を浴びせながら修正を求めてくる。
飽きて来たプロメデとサイオンは地面に寝そべって見物し、俺が罵られるたび大笑いした。
イオは気が短いはずなのに延々休みなく訓練を続け、時々俺自身を狙って石のディスクを撃ってきた。
そのうち俺はディスクをかわしたり、連射されるディスクを迎撃し破壊できるようになった。
訓練のスピードは上がり、イオはどんどん移動しながら俺に向かってディスクを連射する。
スピードに慣れた俺は、とっさにイオに向けて水の煙幕弾を発射し、彼の視界を奪って一枚のディスクをかわし、一枚を迎撃した。
煙幕の中から水網弾でディスク一枚を捕獲し、まだ生きている煙幕の中を回り込んでついにイオを水網弾で捕獲した。
「やりやがったな。この野郎っ!」
水網弾の中からイオが叫んだ。
「やったな啓羅」
「勝負あったな」
プロメデとサイオンが手を叩いて俺も笑った。
「早く電磁カッターを持ってこい。動くと網が締まるように出来てるんだ、俺を殺す気か!」
血走った一つ目でイオが喚いた。
「いや、そいつはほっとけ。見ものだぜ」
とサイオン達が言ったけど、頭にきているイオは鬼の形相で睨みつけた。
水網から解放された途端、イオは全員に向けて石のディスクを乱射しまくり俺たちは逃げ惑った。
とても人間界の存亡を賭けた戦いの特訓とは思えず、事の重大さも目玉をくり抜かれる恐怖も一時忘れて、俺はただ夢中でイオの特訓を受け、しかも楽しんでいた。