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新月の忌み子  作者: のすけ
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紅龍と蒼龍 4

 月を離れて地球に向かった太陽は、その上空に自らの主であり「鞭を振るう者」楼焔の姿を認めた。

 紅龍の姿を現して、もろ手を挙げた楼焔は流星雨を招いていた。

 (いにしえ)より獣でも躾けるように我ら五つの太陽の兄弟に鞭を当てて君臨し、この地球を含め五つの惑星の命を育むべく努めて来た火の眷属の御曹司、楼焔様。

 その強大な力を制御するために、長子の楼焔様は幼い頃から一族の中でも特に厳格に養育されてきたと聞いたことがある。

 しかしあの方はその地位にも家柄にも飽き果てて、自由にその手の及ぶ限り宇宙を巡り星々を掌握し、覇者となることを夢見た。

 野望を胸に抱いた強靭な楼焔様は、そこここで目に留まる惑星を弄び、恐れを知らず思うさま踏みつけた。

 あの方が求めたのは何にも縛られない自由だった。

 あのヘパイストスの息子、タイタン族の合いの子に関わったせいで、今ではあなたが火の眷属の一族から忌み子と見なされて、破滅の道を歩き出してしまわれた。

 どれほどのものを手に入れたとしても、土の眷属が守って来たこの星をここまで踏みつけた以上、一族からの制裁は免れない。

 すでにあの方の味方は我ら兄弟だけになってしまった。

 楼焔様をここまで駆り立てたものは何だったろう。

 そして何故それが今だったのか。

 ただ永い時を生き続ける孤独と、この星の海の色にも似た冷たい寂しさなのかも知れないな。

「ええい、土の眷属の忌み子め。お前のちっぽけな村から焼き尽くしてクレーターにしてやる」

 そう叫んでつかの間の湿り気を帯びた思いを吐き捨てると、太陽はすごい勢いで地球の周囲を駆け巡り、啓羅のいた村に向かった。

 暗闇だった世界は突然真昼の明るさを取り戻し、地表に急接近した太陽はゴウゴウと白い炎で大地を焼き付け、緑の山々はたちまち燃え上がった。

 山腹にあるキュクロプスが作った洞穴に集まっていた村人たちは、その急な明るさと轟音に悲鳴をあげた。

「何だか熱いよ、出口の方に白い光が見える」「太陽がまた来たんだよ」「ここにいたら蒸し焼きになるんじゃないのか、外に出よう」パニックした村人たちは洞穴の入り口に向かって駆け出した。

「みんな、どうか落ち着いて。外はきっと火の海、煙を吸い込んだらおしまいよ」

 絵留羅は村人に呼びかけ、彼らは冷静さを取り戻した。

「そうだ、絵留羅先生のいう通りだよ。ハンカチを濡らして口と鼻に当てよう」「そうだ、慌てて飛び出したら太陽に焼かれちまう」「将棋倒しでけが人が出てはいかんな」

 子供も大人も励ましあって危機を乗り越えようとしていた。

 その時、絵留羅は自分のそばにいつの間にか、見知らぬとても大柄な人影が立っているのに気づいた。

 麦わら帽子を目深にかぶり、見慣れない古代ギリシャ風の簡単な布の衣服を身につけたその人物は、静かに絵留羅に近づくと小声で言った。

「あなた、啓羅の伯母さんでしょ。驚かないで聞いて、僕は啓羅の友達のサイオンて言うんだ。この場所の外はもう火の海で正面の入り口からは出られない。だから奥の方に抜け道を用意したよ、あっちの方向。みんなに教えてそっちから逃げてよね、そうしたら山奥の湖の近くに出られるよ」

 そう言って彼は洞窟の奥を指差すと絵留羅の肩にポンと手をおいた。

 その手は指が六本、そして帽子のつばの隙間から一瞬だけ見えたその顔は一つ目だった。

 まさか、この人は地底に暮らすという伝説のキュクロプス。

 でも、そう思う間に彼の姿は消え失せていた。

 夫の波違流もすぐそばに居たのに、大柄なサイオンの姿には気づいて居ないようだった。

 今のは、私の夢では。

 でも白昼夢でないのなら早く逃げなきゃ。絵留羅は夫に言った。

「波違流、奥の方に覆道があるはず。私が腰にロープをつけて先導するわ。安全だとわかったらロープを引いて合図するからみんなを案内して欲しいの」

「本当かい、それなら私が先導しよう。今君が言ったようにするから後を頼むよ」絵留羅がうなづくと波違流は村人に向かって説明を始めた。

 同じ頃、その洞穴の入り口に巨大なランチャーを構えて立ちはだかるイオの姿があった。両腕につけた銀色の盾と銀色の義足が鋭く光を反射する。

 休みなく炎と熱風を吹き付ける太陽に向かって、褐色の肌に銀のゴーグルを着けたイオはドウッドウッと重低音を響かせランチャーを連射し続けた。広い背中にマガジンも大量に背負っている。

「なんだあ、体が光っていると思ったら死に損ないのキュクロプスじゃないか。貴様、真っ先に焼け死ね」

 太陽は白い炎を吹き付けたが、イオは迎撃し氷結弾でことごとく白い雲に替えた。周囲の田園風景は白い蒸気と黒煙で刻々と火山地帯のようになって行く。

「お前こそ、ここら一体にばらまいたスピナー地雷を喰らえ」

「なにい」

 そう喚いた太陽の周りで次々と爆発音がしてスピナーが起爆し、それを合図にスピナーの別働隊が起動すると、ブウンと低音が響いて遊撃を始めて電磁拘束網が敷かれた。

「電磁波か、動きが鈍る」

「そうか客人、電磁波のブラックカーペットでお出迎えしたが、それはあいにくだなあ」

 ゴーグルの陰でイオは片頬をあげてニヤリと笑うと、これでもかとばかり太陽に氷結弾を浴びせかけた。

「キュクロプス風情に舐められるとは、畜生」

 イオは黒い鳥籠を呼び出し、それを前にした太陽は電磁拘束網の上で暴れた。

「こうなったらここで自爆する。お前も一緒にぶち殺す」

 そう言うと太陽は今までになく強烈な白い光を放ち、イオの両腕と顔が熱に黒っぽく焼かれて電磁拘束網が破られそうだ。

「おっと、させるかよ。行け、鳥籠。ホールドしろ」

 イオは叫び、黒い鳥籠はブウンとひときわ高く唸りを上げると大きく口を開いて太陽に突進した。

「お前たちと上手に鬼ごっこする為にこいつを賢くしたんだぜ。逃げても素早く追尾するぞ」

「ええい、しつこい死に損ないめ」際どいところで太陽は捕獲を免れた。二匹の蜂がハイスピードでダンスでもするように、太陽と鳥籠の攻防が続く。

 土の眷属は高度な技術力を誇る連中だ、力で押し切るしかない。いらついた太陽はさらに膨張し、熱と光を放った。

「おーいやだ、強烈な紫外線だぜ。日焼けは嫌よっと」

 腕につけた盾でガードしながらそばに仁王立ちするイオの両腕は光で黒っぽく硬化してきた。

「イオ、加勢する」

 全身に銀のプロテクターを纏ったプロメデが隣に現れ、巨大ランチャーで氷結弾を連射し始めた。

「今だ、ホールドしろ」イオが叫ぶ。

 黒い鳥籠が再び大きく顎を開くと、追尾していた太陽をついに取り込み閉じ込めた。

「ついにやったな」プロメデは言った。

 が、捕獲されて必死の太陽は圧縮する鳥籠の力に対抗し押しつ押されつの状態を繰り返していた。

 閉じた鳥籠がうなって圧縮すれば、太陽は白い光を強めて膨張し鳥籠を破壊しようとした。

 ギシギシと鳥籠が軋み、時にたわむ。見守るイオとプロメデは周囲に氷結弾を撃ち込んで鳥籠を冷却し援護した。

「あまり近寄るなよプロメデ。こいつしぶとい奴だ、強烈な紫外線を出してやがる」

「イオ、お前こそもう退却しろ。早く、命取りになるだろ」あちこち黒っぽく硬化しているイオの両腕や顔を見つめてプロメデが言った。

「なあプロメデ、先に頼みがある。俺の背後の、この洞穴の入り口を塞げ。もしもこいつに自爆されて強い紫外線と爆風が吹き込んじゃ、啓羅の村のやつらはおしまいだ」

「了解。頼むからお前は退避してくれ、こいつを砂漠に転送する」

「わかったわかった。早いとこ頼むぜ」イオはランチャーに氷結弾をリロードすると猛烈な勢いで鳥籠を冷却しにかかった。

 プロメデの力で背後の洞穴が塞がれるのを確かめるとイオはランチャーを降ろし、唸りをあげて膨張と収縮を繰り返す黒い鳥籠に近づき、肩に抱え上げて言った。

「このクソガキめ、転移するぞ。啓羅のために、この村はこれ以上破壊させねえからな」

 そしてイオは忽然と姿を消した。

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