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新月の忌み子  作者: のすけ
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風の血統 5

「今夜は賑やかで嬉しいわ。昔はこんな風にみんなで食卓を囲んだわね。瀬識流」

 坩堝さんがそう言って瀬識流がうなづく。

 もう時間は二十一時を回っていた。

「そろそろ摂津さんのところに奶流を送ってきます」そう言って、俺は奶流と外に出た。


 月面に置いた鳥籠入りの太陽のおかげで昼と夜が戻り、澄んだ空気の中、今は美しい星空が頭上に拡がる。木々の放つ香りがして遠く梟の鳴き声と、足元の草むらで虫の声がする。

「ありがとう啓羅、楽しかったね」

「うん。まさか泊まることになるなんて。けど、ここはいいところだよね」

「そうだね、私もそう思ってる。ねえ啓羅、目のことどうしたいと思う?」

「それは俺も両目が戻ったら嬉しいよ」


 林の中の一本道で奶流はふと立ち止まった。

 星明かりの中で、俺を見つめる奶流の瞳が不思議な輝きを宿している。

 光が弱いせいか水色は影を潜めて、代わりにほの赤く火のような色がオーロラのように浮かんで、なんだか吸い込まれそうだ。


「一度、地底の仲間と相談してみようと思ってる」

 美しく静かに火が灯ったような彼女の瞳を見つめて俺は言った。

 奶流の左首すじに昼間見かけた赤い痣が目に付いて、それがやけに気になる。

 首すじから鎖骨、そして隆起する胸元から細くくびれていく線を視線がなぞってしまう。

 だめだ、俺ときたらそんな風に見ちゃだめだよ。

 知られたくない罪悪感に駆られて目をそらした俺は奶流に言った。

「明日は戻る前にまた寄っていい?」


「啓羅……」

 問いかけには答えずに奶流が俺に近づいて、オーロラを宿したように揺れる瞳とプラチナの流れる髪で、胸にそっと頭をもたせかけた。

 いつしか俺は奶流の背を撫でて、彼女は手を伸ばすと俺の右目の黒革の眼帯を外し、髪を撫でた。


 細い指の感触が体を巡って逆らえない。

 このまま強く抱きしめてしまいそうだ。

「啓羅……」

 また俺の名を呼ぶと奶流は首に手を回してきて、俺は彼女に向かって少し身をかがめた。

「俺は。奶流、君を想ってもいいのか?」


 ゆっくりとうなづいて、何かに浮かされたように少し背伸びをした奶流は俺の右の瞼に唇を寄せた。

「啓羅、好きだったの。ずっと」

 柔らかく湿った感触が瞼に落ちて、俺の胸にも彼女の柔らかな感触が触れた。


 ずっとなの、奶流?

 君に名前を呼ばれるたびに、それが何かの呪文のように心を揺らして惹きつけられていく。

 額に新たな目が現れて純粋な人間じゃないとわかっても、君は俺のそばに居てくれるの?

「奶流、俺は君と同じ人間じゃない。それでも……」


 俺の言葉の途中で奶流は首を横に振ると言った。

「啓羅も私を想って。そして右目を取り戻して、私を見つめて」

 俺は両手で奶流の頬に触れると暗がりで艶めくその唇に口付けた。

 急かされるように、正体のない熱に炙られるように苦しい。

 このままこうしていたいという思いと、ちゃんと奶流を送り届けなければ、という思いがぶつかり合ってひどく苦しかった。

 凛としてお行儀に厳しい摂津さんを思い起こして、俺は何とか紳士としての自分を立て直した。




 啓羅とキスしてしまった。


 その夜、奶流は胸が高鳴って眠れなかった。

 啓羅の気持ちを聞いてそれから私、あの時どうしてあんな大胆なことをしちゃったんだろう。

 何かに促されるように啓羅に触れて、自分から彼の右目に口付けてしまったことを思い出した。


 ああ、ついに啓羅に好きと言ってしまった。

 気持ちは本当だけど、あの時はなぜか彼を自分に惹きつけて思い通りにしたくなってしまった。

 右目のことはわかっていない副作用もあるかも知れないし、落ち着いて考えてほしいと思っていたはずなのに。

 あれは確かに私の本音ではあるけど、気持ちが繋がったのが嬉しくて、私の中の欲張りすぎる気持ちが出てきたとしたら、それはいけないことだよね。

 そう思ったけど啓羅はそれから毎日のように地底から訪ねてきてくれた。

 過去の記憶ははっきりしないままだけど、啓羅が私を想ってくれてることが嬉しい。

 物心ついた時からの幼馴染みだったせいでその親しみと照れが邪魔して、ずっと気持ちを表に出せなかった。

 でも啓羅が昔の記憶をなくした事でそれが消えてしまったみたい。


 地上に来た啓羅のバイクの後ろに乗って、あの鏡のような湖のほとりに向かい、一緒に過ごす時間はとてもロマンチックに感じた。

 あの太陽たちは現れず、月に置かれた太陽にも異常はないみたいだった。

 日常が戻ったわけではないけど、つかの間の平穏が流れていた。

 ある日、樹齢を経た一際大きな木の幹に背を預けた啓羅は、私を抱えるように後ろから抱いていて、そうして私たちは陽光きらめく湖を眺めていた。

 啓羅の手首の内側の青い線でかたどられた紋章は、私がなぞっても何も起こらない。

「くすぐったいよ、奶流」

 そう言った啓羅はもう片方の手で私の手をとると、そのまま手を繋いでいた。

「この紋章はどんな意味があるの?」

「これは『剣よ我が力となれ』武器や防具を喚び出す陣だ」

「戦うための魔法陣。私もう啓羅に戦って欲しくないよ」

「俺も。奶流が好きだ。ずっとこうしていたいよ。でもあいつらをなんとかしないと終わりは来ない」

「そうだよね。私、啓羅が大好き、戦いが終わったら今度はずっとそばに居て」

「そうしたい、そうしたいよ。奶流、右目の眼球再生のことなんだけど、俺受けるよ」

「本当にいいの啓羅?地底の人たちと相談したの。いいって言ってくれたの」

 啓羅はうなづいた。

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