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新月の忌み子  作者: のすけ
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風の血統 4

 向かい合わせに腰掛けている木製のテーブルには白いクロスが掛けられて、まろやかな白い肌合いのティーカップには深いグリーンの線画で植物の絵柄が描かれている。

 紅茶の香りと赤い色合いも目に鮮やかな甘酸っぱいサクランボのタルトの香り。

「せっかくだからタルトを食べてみて。遅くなったけど、啓羅お誕生日おめでとう」

 奶流が切り分けてくれたタルトを二人で食べた。

「ありがとう。おいしいよ」

「よかったあ、うまくいったな」奶流も食べた。

 地底世界で暮らすようになってからは気を取り込むせいで空腹を感じなくなり、俺は食事をせずに暮らしていた。誰かと食事をするのって久しぶりだ。

「俺、サクランボ好きだな」

「思い出したの、啓羅カボチャのパイも好きなはずだよ」

「へえ、俺って結構食いしん坊だね」

 しばらくそうして話してたら玄関のドアが開く音がした。

「ただいま、いい匂いねえ」

「ほんとだ。啓羅!やっぱり啓羅がいる。やっと来てくれたんだね。嬉しーい!」

 そう言って摂津さんと瀬識流が食堂に入ってきて、瀬識流は水色の目を輝かせ、俺の隣の椅子にストンと腰掛けた。

「いつ来たの?」

 瀬識流の銀色のショートヘアは、くせ毛なのか少しクシャッとしているけど可愛らしい。

「ほんのさっきだよ。そして運よくタルトにありついちゃった」

「二人でお茶会なんてロマンチックだね。ずるーい」

「瀬識流、手を洗いなさい」摂津さんの声がして、照れ臭い気持ちから俺は救われた。

 その後は賑やかなお茶会になった。

 子供っぽいところのある妹みたいな瀬識流が俺と一つしか違わない十五歳だってことや、摂津さんには双子の妹、坩堝さんがいることや、事故で両親を亡くした瀬識流が坩堝さんと暮らしていることも知った。

「ちょうどよかった。啓羅に聞いてほしいことがあるの」そう前置きして、摂津さんが切り出した。

「奶流と話したんだけど、私たちにあなたの右目を治療させてほしいの」

「啓羅、もともと私がここに来たのは、啓羅の右目を取り戻す方法がないか知りたかったからなの」そう奶流も言った。

 奶流が俺のことを気遣ってこの場所まで来てくれたのか。

 それから摂津さんは、風の血統と呼ばれる一族とその力について話した。

「それと啓羅、私たちに隠す必要はないわ。あなたのタイタンの目を」

「え……」ギクっとした。

 俺はずっとニット帽を被ったままでいたけど、そう言った摂津さんは俺に向かってうなづいた。奶流も、瀬識流も。知ってるの、この目のことを。

 怖いって、気持ち悪いって思わないのかな。

「そうだよ啓羅。三人のレディの前なんだから帽子をとって」瀬識流が言った。

 奶流の視線を意識しながら俺はキャップをとった。

 タイタンの目が開いてから初めて他の人間に素顔を見せた。

「私たちは、あなたの味方。覚えていて」

「摂津さん」

「目を制御する助けになる紋章が周りに描かれているのね」

「わかるんですか」

「少しだけね。これは、(あるじ)の心に従え、という意味よ。それと同じブルーで龍の紋章。これを描いたのは啓羅の家族かしら」

「父の手で施されたものです」

「ほんと、ならやっぱり啓羅は王子様だよ」

 瀬識流が言って奶流がはっとした表情で俺を見た。

「地底の主にしてタイタン族の神、ヘパイストス神の紋章ね」摂津さんは言って、俺は今度こそ彼女達に隠すことは何もなくなったと知った。

「あなたは神と人間の間に生まれた子、そうなのね?」

「そう聞きました。摂津さん、俺は新月の生まれだそうです。キュクロプス達は俺を合いの子って呼びますよ」

 新月の生まれで合いの子の俺は、風の血統と呼ばれるこの風蓮渓谷の白魔女達と心から打ち解けて、なくなった右目の再生と効果について考えた。

「でも眼の色は以前と同じにならないかも知れない」

「私は、啓羅に目を取り戻してほしい。闘いが終わったら、鍛治職人になる夢を叶えてほしいよ」

 奶流が言って「私も啓羅の目が治るといいな、啓羅カッコいいし、眼帯じゃない方が王子様らしくていいよ」と瀬識流も言った。

 いつのまにか日が暮れて来ていた。

「ねえ啓羅、今日は一緒にご飯を食べて、ここに泊まって」

「でも瀬識流、うちには余分の部屋がないのよ」

「うちなら使ってないお部屋があるもの。ねえ啓羅、坩堝婆ちゃんと私のうちに泊まって」

 確かに摂津さんのこの家は、もともと一人暮らしのためにこぢんまりしている。そして、地上でゆっくり過ごせるのは魅力的だった。

「わかった、そうさせてもらうよ」

「坩堝婆ちゃんに知らせなきゃ、何かおいしい物作るね。私一度帰る、七時にうちに来てよ」

 早口にそう言って瀬識流がガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。

「落ち着いて瀬識流。私は今夜は仕事と調べ物があるから、またにする。坩堝のところには奶流と啓羅が行くわ」

 駆けていく瀬識流を家の窓から見送りながら「お転婆で、子供みたいな子でねえ」と摂津さんが言った。

「私も坩堝も両親を亡くしたあの子が痛ましくて、つい甘やかしてしまったから」

「瀬識流は素直で可愛いもの」と奶流。

「奶流、あなたと啓羅、本当は恋人同士なんじゃない」摂津さんは笑みを含んでそう言うと奶流と俺を見比べた。

 奶流の頬が染まり少し俯く。

 俺も答えられなくて黙っていた。

「いいえ、違うんです」

 奶流がそう答えて、俺はその答えを噛み締めた。

 付き合ったりもしてないのに俺のことを気にかけてここまで来てくれたってことは、深い友情の証なのか、それとも家族同様に心配してくれてるのか。

 新たな疑問が渦巻いて心が騒がしい。

 そして摂津さんと奶流が作っている最中の、新しい目になる核というものを見せてもらった。

 温度と湿度を一定に保つガラスケースの中で保管されているそれは、透明感のある濃い緑色をしたビー玉みたいなものだった。

「これをもう少し、あと一週間くらい育てたら、あなたの右目があった部分に埋め込むことができるの」

 核が体に定着すると眼球が再生されてくるはずだという。

「ただ、なにかの副作用があるかも。それが気がかりなところよ」摂津さんが言った。

 風の血統の力と地底の力、この二つはもともと相反するものだそうで、うまく働けば中和する。タイタンの目を持つことによる、俺の体への負担も和らげてくれるはずだという。

 でも、これまで誰も試したことがない方法だから未知の部分がある。考えなきゃ、と思った。

 サイオンに相談してみようか。

 日が暮れて、俺は奶流と一緒に坩堝さんと瀬識流が暮らす緑の屋根の家を訪ねた。

 内壁を漆喰塗りしたシンプルな摂津さんの家と違い、坩堝さん達の住まいはカントリー調の小花柄の壁紙をあしらい、白木の家具が少女趣味で可愛らしいインテリアだった。

 またとてもいい匂いがして、人間としての感覚が蘇るように俺は食欲を感じた。

「ミートローフを作ったよ。ハーブと焼いたポテトもたくさん」

「いらっしゃい。トマトのスープもあるわ」

 お揃いの白いフリルのエプロン姿の瀬識流とモスグリーンのワンピースを着た坩堝さんが、満面の笑みで迎えてくれた。

「おしゃれで素敵」壁に飾られた色々なドライフラワーを見た奶流が感心する。

「坩堝婆ちゃんは、手芸やこういう事も得意なの。家の中のことやペンキ塗りだって」

「俺もペンキ塗りは好きだよ」

「じゃあ、屋根の塗り替えは啓羅に頼もうかな」

 摂津さんと双子の妹という坩堝さんは、柔らかな表情で気軽に言った。

 理知的で学者っぽい感じの摂津さんとは違った感じだ。楽しく話して夕食を食べて、瀬識流が坩堝さんと運営しているサイト「白魔女セシルの館」をチェックした。

「瀬識流が立ち上げたの?」

「そうだよ」

「やるなぁ、よく出来てる」と、俺が褒めると瀬識流は得意そうに目をクルクルさせた。

「占いコーナー、やってみない?」

「占いは俺あまり信じないけど」しかも恋占いじゃないか。俺は五行の土だった。

「秘めた想いを形にする時です。素敵なリボンをかけたら相手に手渡して、だよ」

 なんだろう、不思議な言葉だな。心がくすぐられるみたいだ。

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