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新月の忌み子  作者: のすけ
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風の血統 1

「あなたがセシルなの?」

 奶流が言って瀬識流とお互いに見つめあった。

「サイトの白魔女セシルって……」

「そう私よ。サイトはうちのもうひとりのおばあちゃん、坩堝ばあちゃんと一緒にやってるの」


 白魔女セシルは、こんな小さな女の子だったのね。奶流は驚いた。

「どういうこと、瀬識流」

 摂津が理知的な小声で尋ねる。

「奶流は私のサイトにメールをくれてた人だったの。ここを訪ねたいって。でもこんなに早くここに来るとは思わなかった」

「そう。私、相談したいことがあって」

 奶流はちらっと啓羅を見やって、摂津に言いかけた。



 その時、啓羅の耳元でサイオンの声がした。

「啓羅、急いで戻って!まずいことになった、ポセイドンに預けた最初の太陽が奪われた」

「え……」と言いかけたが、サイオンの声は自分の心に語りかけていると思い出した。


「摂津さん、俺、戻らなきゃ。用事があったんだ、忘れてて」

「ええ?啓羅お茶も飲まずに行っちゃうの、摂津ばあちゃんのスコーン美味しいのに」と瀬識流。


 奶流は動揺した。

 せっかく、やっと会えたのに!

「啓羅、私も行く!待って、置いていかないで」

 ベッドから起き上がろうとしたけど体は重だるく、今は半身を起こすことも容易でなかった。


「奶流、無理だ。休まなきゃ」

「そうよ奶流。ここにいなさい、あなたは何か負のエネルギーに当てられてるわ。回復にしばらくかかるかも知れない。啓羅、また奶流を見舞ってくれるわよね」

 摂津が二人に向かって言った。

「ええ必ず。だからね、休んで」

 啓羅は微笑んだ。

「啓羅、きっと来てね。お願い!」


 奶流は思わず、啓羅の左手に触れた。

 啓羅の手首の内側に青い紋章が刻まれている。

 右手首の内側にも。

 啓羅が右目をなくして村に戻って来た日に刻まれていたものだ。

 また戦いに行くの啓羅?そんな気がする。


「ねえ、そこの王子様、私とも約束してよ」

 二人を見た瀬識流がせがんだ。

「俺は王子様じゃないって。また会いに来るよ、森には何かうろついてるかも知れないんだから、瀬識流も無茶するなよ」

「うん、わかったよ」

 瀬識流は無邪気に愛らしい笑みを向けた。


 奶流はその夜から数日の間、高い熱に浮かされた。

 彼女の左の首筋に、親指の爪ほどの大きさの赤い痣がある。

 そこから強力な陽性の気が注がれたのだと、摂津は考えた。

「強い熱が体にこもっている。放出させて解毒するしかないようだわ」

 摂津は体力と気力を養う薬を調合し、瀬識流に手伝わせて看病に当たった。


 その合間に少しずつ、奶流の話を聞いた摂津は驚いた。

「奶流、あなたは沙或の孫だったのね?彼女は私と坩堝の姉よ」



「確かに、今はやつれているけど、沙或姉さんの若い頃に似ているじゃない。間違いなく、あの子は風の血統だわ」

 奶流を見舞った坩堝が摂津に言った。


「南の国の田舎に嫁いで、姉さんは平穏に一生を暮らせたようでよかった。でもあの子は風の血統についてわかってないわね。体調が戻ったら話す必要があるわ」

「そうね。奶流みたいに、沙或姉さんも若い時に家を出たのよねえ。ヒーラーもしていたのね」

「私たち、親戚だったのね」と瀬識流。



 すぐに体調は戻らなかったけれど、同じ銀色の髪、水色の瞳の女たちに囲まれて奶流は安らいだ。


 うちでは、父さんも母さんも栗色の目と髪をしていて、どういうわけか私だけは違った。

 小さい頃は友達に「どうして奶流は」って言われることもあって、私って本当に父さん母さんの子供なのかなって思う時もあった。

 けど、私は沙或おばあちゃんと同じ見た目だったから、それが心の支えだった。

 ここの家の女の人たちはおばあちゃんと同じだわ。


 そう思いながら、奶流はまた熱のために頭がぼんやりして、周囲の景色が薄れていった。



 摂津の家を後にした啓羅は、針葉樹の森に乗り捨てたバイクで地底世界に戻った。

 タイタンの目が発動してからは、自分の好きなように地底と地上を行き来できる力が身についた。


 イオの工房に帰るとすでにサイオン、プロメデ、パンドーラーが集合していた。

「海底から太陽が奪還されたって?どうやって」

「楼焔が現れた。魔力でポセイドンの海域に燃える巨岩の流星雨を降らせ海水を沸騰させた上に、竜巻を起こして海水を吸い上げた。で、海底の洞窟に閉じ込めていた鳥籠を奪われた」


 海が沸騰するなんて、すごい力だ。


「クラーケンは?」

「心配ない。奴は体を石化して防御することができる。楼焔もゆでダコにはありつけなかったわけだ」

 イオが豪快に笑い飛ばした。

 でも周辺にはかなりの被害が出たようだ。


「啓羅、楼焔が出て来た以上、これからの戦いは肉弾戦以上にタイタンの目の力を使わなきゃならないよ」とサイオン。

「目の制御は練習しなけりゃ、実戦でうまく使いこなせない」とプロメデ。


「そうだな、マルスに演習場を借り受けることで話はついている」とパンドーラーが言った。

「マルスの演習場へは、また父上が同行されるからな」


「今度は月よりもっと遠い、火星だよ」とサイオンが言った。

 そうして再び、俺は龍紋の力でタイタンの目の能力を増幅し、父さんとともに火星へと向かった。


 火星の土地は赤茶けた錆色の乾いた土に、同じ色の岩場や砂漠が広がる荒涼とした場所だった。

 植物も、水もなくて大地は所々冷たく凍りついている。


 父さんは幾分厳しい面持ちで言った。

「啓羅、今回は波動を起こし、瞬間的に利用する力を体得する。波動を起こす力、これを大地に向けて発動させると地震が起こる。力が大きければ巨大地震となるから、地球では演習ができないのだ。波動を相手にぶつければ破壊の力となる。そして難しいのは、重力の制御だ」

「重力ですか?」

「そうだ。ピンポイントで発動させると相手の動きを鈍らせる。そして例えば、太陽に向けて重力を極限まで高めると、奴を圧縮するばかりか、しまいにはブラックホールを発生させる」


 目に見えない、強大な大地の力。

 俺にできるのか?

 でも楼焔と戦って太陽を取り返すために、みんなが安心して暮らせるように、力の制御をこの身に叩き込まなけりゃならない。


「覚悟はいいか、啓羅。今回は私を敵とみなすのだ。無論こちらも反撃するぞ。お前が倒れても、意識があるうちは容赦しない。わかったか?」

 父さんは厳しい表情を崩さずに、そう俺に言った。

「わかりました。始めてください」


 父さんが俺に手のひらを向けると、青い光とともに急激に体が重くなって来た。

 すぐに腕をあげることすら難しくなり、両足が赤い地面にめり込んで行く。

 地上の何倍もの重力が襲いかかり、俺は必死で意識を集中した。


 反撃するぞ!

 タイタンの目の力が増大し、体がバトルモードに入るのがわかる。

 ただ戦いに向かって意識が高揚して来る。

 ああ、まただ。

 多分俺は楽しんでる。そう思った。

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