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新月の忌み子  作者: のすけ
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鞭を振るう者 4

「臭う、この場所は臭う、地底のモグラ連中の臭いがするぞ」

 とある村のはずれで、そう独り言を言いながら、楼焔は赤いジープを降りた。

 森の手前にできた、真新しい黒い土が軟らかく緩んだ場所に降り立った男は、朝焼け色の赤毛に紅の双眸で「鞭を振るう者」の異名を持つ楼焔(ろうえん)だった。

 黒土を踏んで楼焔は確かめた。おそらくこの場所から地底への道が開かれ、捕らえられた太陽たちは、いったん地底世界に運び込まれたのだろう。

 タイタン族め、日光が弱点のくせに俺の太陽どもに焼き殺されずに三つまで捕獲するとは。

 暗がりの中で辺りを見回していると、どこからか馬の蹄の音がした。夜半に乗馬とは物好きな。

 音を捉えて顔を挙げると、宵闇の中を銀糸のような長い髪をなびかせた娘が、馬に跨り森の中に向かって駆け抜けて行った。

 今のは何だ。こんな時間に娘が一人でどこへ向かおうというのか。

 しかも美しいあの銀糸の髪、しなやかそうな肢体、一瞬見えた真剣な表情の瞳の色は淡く、あれは水色か。

 あの娘、もしや風の血統か。

 風の血統は美貌の一族だが、この頃ではめっきり民族の人口が減少したと聞く。

 ふん、あの娘がそうなら、この俺「鞭を振るう者」と婚姻を結ばせ、新たな一族の繁栄に尽力してやらんでもない。楼焔は口角を上げて声もなく笑った。

 一通り周辺を探索すると、再び楼焔はジープに乗ってヘッドライトを消したまま、娘が馬を走らせた方向にゆるゆると進んで行った。

 さて、どのようにあの娘を手なづけるか、あの村の住人ならば地底の連中の情報も見知っているかも知れぬし。

 そして彼女はどこに向かっているのか。

 楼焔はしばし心踊る画策を講じた。この地球という場所は、こうしたちまちまとした気晴らしに富んでいる。

 ところどころに美女も存在するゆえ、ただ破壊するのも惜しい星だ。

 楼焔は、付かず離れずの距離を保って奶流を追った。

 彼女は数日の間、昼は馬を駆けさせ、夜にはいずこかの村や小さな町で休んでは、手持ちの薬の類を商い、旅費の足しにしているようだ。

 楼焔は日中、奶流の光を弾く銀色の髪と青空を映したような水色の瞳を遠目で確かめ、やはり風の血統に違いないと確信を得た。

 どうやら目的地は風蓮渓谷か、馬ではあと数日はかかるだろう。よし、この辺りで仕掛けてやるとするか。

 楼焔は奶流が道端で馬を休ませているところに何気なくジープで行き合うと、自身の魔力で出現させた羽虫を馬の耳に送り込んだ。

 奶流が休ませていたヘリングが突然ひと声いなないた。

 目の色を変えて後足で立ち上がると、繋いでいなかった手綱を引きずったまま、森に向かって駆け出した。

「ヘリング、どうしたの。待って、どこか痛いの」

 奶流は声を掛けて追った。

 しかし楼焔の魔力でそれまでの記憶と奶流への忠誠を失ったヘリングは、あっという間に森の奥へ走り去って、二度と戻らなかった。

 ヘリングがいなくなってしまった、これでは移動ができない。

 呆気にとられて立ち尽くしていた奶流のそばに、後ろから林道を走ってきた一台の赤いジープが停まった。

「お嬢さん、お困りのようだが」楼焔は紳士然として声を掛けた。

「まだ旅の途中なのに、突然、乗ってきた馬に逃げられてしまいました。賢い聞き分けのいい子のはずなのに、どうして」

「昨今、地上は騒がしい。動物が血気にはやるのも、いたしかたないこと。ああ、僕は新聞記者のローリーというものだ。あなたは」

「私は奶流といいます。あの、ローリーさん、図々しいお願いとは思うんですけど、もう日が暮れてしまうのでとりあえず、この辺りの村まで乗せていただけませんか」

「もちろん、そうしたほうがいい。お安い御用だ。いっそ、目的地まで君を送り届けてあげるにもやぶさかでないが。どこまで行きたいのか教えてもらえるかな」楼焔は何食わぬ顔で行き先を押さえた。

「私は風連渓谷を目指しています」

「なるほど、そちらへは私もちょうど取材に向かうところでした。あなたは運がいい。馬はさておき、この際明日からは私と共に移動してはいかがかな」

 見たこともない鋭い紅い瞳だけれど、上品で優しい口ぶりと、もの柔らかな笑顔を見せた赤毛の紳士ローリーを奶流は頼ることにした。

 彼は途中の村でも、自ら村人に交渉して宿を調達してくれたり、明日からの水や食料の手配まで買って出てくれた。

「その代わり、と言ってはなんだが、あなたの村で起こった出来事について取材したい」と彼は言い、「大丈夫だ、村の名前や人名は裏を取るまで決して出さないから。個人情報も守るよ」と断って、奶流に色々と質問してきた。

 夜中に突如、太陽が現れたこと。

 友達の男の子啓羅が地底に飲み込まれたこと。

 突然帰ってきた彼は太陽と戦ったが、戦いの傷も癒えないまま行方不明になったことを奶流は話した。啓羅は地底に吸い込まれて戻ってきたときに右目を失っていること、自分は右目を取り戻す方法を探して風連渓谷を目指していることも話した。

 記者のローリーは、穏やかな優しい微笑みを覗かせながら話を聞いてくれるので、奶流の警戒心は知らず識らず解けていた。

 間違いない、啓羅というそいつは地底の血を引くタイタンの目の持ち主だ。

 これは大収穫だぞ。

 俺の魔力で奶流の目的を助けると見せかけて、タイタンの目を封じよう、そう楼焔は画策した。


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