喚ばれた者 1
目を開けると、薄暗い中で岩の天井が目に入る。
「お、気がついたようだぞ」と誰かが言った。
蟻地獄みたいな穴に吸い込まれた俺は助かったらしい。
しかも穴の中に人がいたのか。
何か固いものの上に寝かされていて背中が痛い。
「おい、お前目が覚めたか?」
さっきの声の主が俺の顔を覗き込んだ。
うわ!
俺は息を呑んだ。
一つ目の人間……いや人間じゃないぞ!
姿は人間みたいだけど身長はもっとある。二メートル以上?三メートル?
顔には目が一つしかない!
でも後のパーツは人間と同じ数だ。
その一つ目は褐色で表情があり、俺の顔を覗き込んでどうやら心配してくれている。
とにかくそういう姿の何者かが俺の目の前にいる。
「ここはどこ?俺、ここに落ちたのか」
「落ちた、と言えば落ちてきたなぁ。まあ、大地に喚ばれたことは確かだよ。ここは人間の住む世界じゃないから」
一つ目の奴が言った。
「呼ばれた?確かに引きずられるように落ちたけど。俺の友達と犬が一匹、一緒にいたけどここに落ちてませんか」
奶流のことが心配になった俺は相手にやや丁寧に尋ねた。
「ああ?居ないよ。彼らは喚ばれていないからね」
呼ばれていない?
よくわかんないけど、落ちていないなら奶流とアニスは多分無事だ。
ひとまず安心。
「あなたが俺を助けてくれたの?」
「俺は落ちてきたお前を拾っただけだ。別に助けちゃいない」
一つ目は、気の良さそうな感じでその目を細めて言った。
俺は恩人が気を悪くしないように考えながら聞いてみた。
「あなたはあの、人間とは違いますね?」
「ああ違う。俺はキュクロプス族のもので名はサイオン」
「サイオン、俺の名前は啓羅です。キュクロプス族って俺は伝承でしか知らないけど」
伝承の神々が住まう世界で、キュクロプス族とは一つ目の巨人族。
鍛治の技術に長けた彼らは神々の扱う武具などを生み出した者のはず。
今も実在するのか?
しかもこうして人間の俺と会話ができるなんて。
「おかしいな。喚ばれた者なのに事情を知らないとは」
サイオンは独り言を言った。
さっきから呼ばれたって言うけど、俺は何かの事情でこの場所に呼ばれて来たというのか。
「その事情って地上で太陽が急に五つに増えたことと関係あるの?」
「そうだ。あれは何とかしなくてはならないが、人間の世界と神々が住まう世界の架け橋となって動くものが必要でそれがお前、ということだ」
「どうして俺が?」
「啓羅、お前は新月の日の生まれのはずだが。神の一族と人間の合いの子だ」
俺が神との合いの子?
意味がわからない。
でも俺は新月の生まれなんかじゃない、そして人間だ。
俺は国民が持つ正規の身分証をちゃんと持ってるぞ。
そこに生年月日と出生時間がちゃんと書かれている。
そもそも俺たちの世界では、人間は新月の日には生まれない。
草木や動物以外で新月の日に生まれる者がいるとずれば、それは異形だ。
いやもし、もしも。
「ありえない」
俺は無意識に口にしていた。
「いや、お前はここにいる。キュクロプスを含めたタイタン族は新月の日に生まれる。教え込まれて来た誕生日は違うものだろうね」
サイオンはあっさりと言ってのけた。
俺は人間ではなく誕生日も違うものだと?
俺が異形、人間ではない……忌み子とされるもの?
真実を知らされず人間の中に暮らしてきたというわけか。
なぜだ?
俺は神にとっての忌み子?それとも人間にとっての忌み子なのか?
ああ、人と異形の、俺はつまりどっち寄りなんだ?
意味がわからず、ショックで俺は黙り込んでいた。
サイオンは飄々とした一つ目で俺を見つめて言った。
「啓羅、なぜそう気落ちする。古代の英雄は皆、新月の日に神と人の間に生まれた者達だぞ。そいつらの見た目は人間の遺伝子が優性だが、能力は神と同じだ。むしろ誇るがいいさ」
その時、足音が響いて他の誰かがやって来た。
「サイオンこいつか。大地に喚ばれた者は」
「ああ、啓羅というそうだ。プロメデ」
プロメデと呼ばれた別の一つ目巨人はサイオンよりも痩せ型で、やや疑り深そうな顔つきだ。
そいつも褐色の一つ目でジロジロ俺を見ながら言った。
「立てるか、啓羅」
「ええ」
俺は言ってその場に立ち上がった。
周りを見るとさっきまで寝ていた岩のベッドは、開けた岩場の中に位置する結構大きな一枚岩だった。
目に飛び込んだ辺り一帯の景色は、岩盤の中にできた広大な空間で、空はない。
周囲を取り巻く岩盤は地層がくっきりと見えて、化石や鉱物の原石を豊富に含んでいるのがわかる。
改めて見回すと岩壁や地面には短い草木も生えて意外と緑が豊かだ。
空も太陽もないのに周囲がほの明るいのは、岩盤に含まれる鉱石が発する色とりどりの輝きのためだ。
これがキュクロプスの国か。
周囲の温度は暑くも寒くもなく快適で、地上よりも空気は湿っている。
ここなら、あの凶悪な太陽の兄弟達が再びやって来ても怯えて暮らさなくて済むだろう。
「珍しいのか?」プロメデが尋ねてきた。
「ええ。それにここなら、あの太陽達に焼き殺されずに済むなと思って」
「だがここは普通の人間はたどり着けん。別世界だからな、しかし」
プロメデは言葉を切って俺を見た。
「お前が神と人の仲だちとして闘うというのなら、この世界の力を人間界の地上に注いで、ここと同じような空間を作ってやれるぞ」
俺が戦うといえば人間に力を貸すってこと?
持ちつ持たれつの取り引きっていうやつか。
でも、あの太陽の連中と戦うなんて簡単じゃないに決まっている。
「俺があいつらと戦えるっていうの?それができれば人間の避難場所を作ってくれるのか」
「そうだ。連中が何をしようと俺たちの世界は簡単には揺るがない。しかし、連中の力は神の領域に属する。つまりあいつらは邪神だ。このままでは早晩お前達人間は連中に滅ぼされる。お前達が自らの手で世界を守り抜きたいというなら、力を貸そう。ただし契約の証が必要だ」
プロメデはそう言って、鋭く光る褐色の一つ目で俺を見つめた。