新月の生まれ 4
「おい!もうこの辺で納得したか?」
どうやらイオはこの話に飽きたようだ。
そう聞かれて俺もうなづいた。
どのみち真実は重く、彼の言うとおり易くはないのだから。
「お前が言ってたスピナーってやつを試作した!新しい銃もだ」
そう切り出されて驚いた。
それは俺がこの前夢で見た話じゃないか!
なぜ俺の夢をイオが知ってる。
「どうして俺の夢をイオが、……」
「夢じゃないぞ。意識だけで俺と作戦会議をしただろう」
「あれは夢じゃなかったのか」
あんなに全身痛くて頭痛に襲われて、薬の力を借りて眠ったってのに。
「時間がもったいないからなぁ。でも夢で話しかけてきたのはお前の方だぜ!覚えていないのか」
「俺が?そんなことできるなんて知らないし、ちっとも覚えがないなあ」
「無意識でそれができるとしたら大したもんだ。あれから俺は徹夜で作業にかかったんだ」
だからイオは赤い目をしていたんだ。
でも鍛治職人、いや武器職人イオは俄然勢いづいて「早速シミュレーションにかかろうや」と言うと、スピナーの試作品を俺に見せた。
ちょうど手のひらに乗る大きさのそれは、マットな銀色の三枚羽のブーメランのようだ。
回して初速を与えると電磁コイルが作動し周りに磁場が生まれる。
「そう、これこれ。夢で見た通りだよ!投げでも撃ち出しでもいいけど射程をやや短くして……」と俺が話し出すとイオは真剣に耳を傾ける。
「見えない電線みたいなもので配置して行くのだろう。前の戦闘で使ったランチャーを改造したから、スピナーの撃ち出し用にも使えるぞ」
「やっぱり、イオと啓羅は息がぴったりじゃない」
意見を交わす俺たちの様子を見ていたサイオンはうなづきながら帰って行った。
目を血走らせたイオは鼻息荒く新しい銃を持ち出して来た。
それはざっくり言うとサブマシンガン的なもので、ランチャーで攻撃すると見せかけて今度はこっちで攻撃する。
連中は俺がランチャーを使うところを見ているからそっちを警戒すると俺たちは予想した。
でもランチャーで撃破するつもりはなく、このサブマシンガンでもない。
サブマシンガンはランチャーより威力が低いから、引きつけたりかわしたりの駆け引きに使いながらスピナーの地雷原に誘導し、実効はそっちだ。
作戦会議は熱を帯びて「啓羅、今回は俺も参戦するぞ」とイオが言いだした。
「でも光に当たるのは危険だって言ったじゃないか」
「いや、やるぞ!もう一台俺もランチャーを使う。それで煙幕を張りながらスピナーを配置していく。お前、奴らを攻撃しながらうまく囮になれよ」
イオはすでにスピナーと同じマットな銀フレームのカッコいいゴーグルまで準備していた。
この親方、やる気まんまんじゃないか。
「無茶言うなよ心配だなあ。日焼けじゃ済まないんでしょう」
「俺も大昔には兵士として戦ったこともある。人間と戦ったこともあるぜ。タイタンの目が欲しくて戦いを挑んで来るものがいたからな。キュクロプスの目をえぐり出して人間の額に埋め込むこと、この世の覇者となれると信じられていたせいだ。そりゃ迷信だけどなあ」
人間も力を求めて随分とひどいことを考えていたんだな。
「でも、俺たちの中にも迷信はあった。人間を食らうと光に強くなる、地上を自由に歩き回れるようになるってな。似たようなもんさ」イオはそう言った。
「地底の一部で、かつては人間と俺たちが一緒に暮らしていたこともあったよ。が、タイタン族も様々だ。迷信を持つタイタン族の一部の者は食人を容認していたから、やがて共存は出来なくなってしまった」
俺も丸ごと食われるのは、さすがに勘弁してほしい。
「まあ人間の目玉は珍味だってのは俺も否定しないね!実際うまいし、迷信を排除しても人間を食いたいという美食マニアがいても仕方ないなあ。でも当時の俺は人食い反対派として鳴らしたんだ」
俺を見てニヤニヤしながらイオは言った。
俺の右目を喰らっておいて意外だけど、イオは人食い反対派なのか。
「今は人間とは交流してないじゃないか。そっちの食料問題はどうなってるの?」
「いや、本来俺たちは大地の気を吸収して生きるから腹が減るってことはない。別に食事として人間が必要なわけじゃない」
そうだったのか。
そう思いながら俺はハッとした。
空腹を感じない。
そうだ、この頃腹が減らない。それに喉の渇きを感じない。
怪我をしたり色々あってまともに食べていないことが多かったのに痩せてもいない。
「イオ、俺もひょっとしてそうなのかな?最近、腹が減らないんだけど」
嫌な胸騒ぎを覚えながら言った。
「ああ、そりゃタイタンの目を持つものは当然だな。大地の気を存分に吸収してる」
やはりそうか。
そう腑に落ちるのと一緒に苦い思いがやってくる。
俺の体が知らず知らず変化してる。
この新月生まれの体に潜んだ異形の血が力を増していることを自覚させられる。
大切に思う人たちを、一緒に暮らす村を守るために始めた戦いなのに、俺は人間の枠からだんだんと外れて行くんだろうか。
体はもっと変化して行くんだろうか。
他にも見た目が変わってしまうことはあるんだろうか。
もしそうなったとして、俺は人の輪の中に戻って暮らしていけるのか。
隠してはいても新月生まれという事実は変わらない。
戦いが無事に済んだとき俺は家に帰れる?いや、帰っていいのだろうか。
くそ。弱気と悲しみが小さな雨漏りみたいに入り込む。
俺は黙って立ち上がるとサブマシンガンを手に取った。
その後イオと俺はまた外に出て、銃を使ったシミュレーションを始めた。
ほの明るい岩壁の空間に太陽に見立てた発光素材の気球を二個飛ばし、スピナーを撃ち出したり配置していく練習をして射程を調節したり、イオと連携して攻撃する訓練をした。
シミュレーションに入ると気持ちが上がって純粋に楽しい。
俺は以前より銃の扱いに慣れて気持ち良く集中し疲れも感じない。
「啓羅!動きが良くなったなあ」
「一回戦ったからせいかな、実戦がイメージしやすいよ」
動体視力が上がってる気もするし、ベテラン兵士でもないくせに銃の照準を合わせることもほとんど無意識でやれる。
これもタイタンの目のせいなのか。
「違いない!だから言ったろう。人間の目が片方なくなったところでなんの問題もないんだ」
銀色のランチャーを弄っていたイオはそう言って、突然俺に向けてぶっ放した。
ドシュッ!!
「うわっ!何するんだっ」
俺は何とかかわしたけど、心臓が飛び出そうに驚いた。
しかも空砲じゃなく、ソフトボールほどの氷塊でできた水煙幕弾が俺の横を掠め飛び、遠くの岩壁に弾けて岩をえぐった。
白い雲がブワーッと湧き上がって周囲を包む。
「ほらな!」
雲の向こうからイオが言った。
「戦いに入ったら啓羅、集中を切らすなよ。気持ちの揺れは命取りになるぞ。まさか、なんてことはないんだ。全てに備えろよ!」
「わかったよ、親方」
赤い目を獰猛に光らせて言うイオに俺は答えた。
それにしても徹夜からの戦闘シミュレーションで、イオもそろそろ休んだ方がいいんじゃないか。
この場所は暑くもないが、動き続けて汗まみれだし俺もシャワーを浴びたいけど。
「イオ、汗かいたよ。一旦終わりにしてシャワーを使いたいんだけど」
「シャワーはあるが、そうだ温泉があるぞ。人間にはちょっくら熱いが何とかなるさ、案内しよう。肩に乗れ」
イオはサイオンが俺を海に連れ出したときのように肩に俺を乗せ、悠々と歩き出した。
岩壁の世界は奥へと向かって拓けて、まもなく湿気が強く肌にまとわりついてきた。
向かっていくに連れ足元の植物も鬱蒼と濃い緑に密生して来る。
視界の向こうに切り立った崖が見えて、ドーッという重い水音が聞こえる。
「湧き出た湯が落ちてくる滝があるんだ」とイオ。
さらに行くと、生い茂る緑の植物の間に、ほのかにきらめき湯気が漂う岩の河原が現れた。
周りがとても暖かい。
足元から上がって来る地熱。ここら一帯の地面が暖かいんだ。
イオはザブザブと湯気の立つ河原に踏み込んで行く。
川湯の底から細かい気泡が上がっているけどイオは平気そうなので、屈み込んでいるイオの肩から俺も足を降ろして湯に浸けた。
「熱っ!」
こりゃ熱湯じゃないか。キュクロプスの皮膚ってどうなってるんだろう。
「ああ、お前にゃ熱いか。まあ待てよ」
イオは岸寄りの岩壁からちょろちょろ水が流れ出る場所を見つけると、ダンボール箱くらいの岩をいくつか運んで周りを囲った。
「今度はどうだ」
俺は慎重に足を浸した。「気持ちいい、ちょうどいいや」
河原にTシャツもジーンズも脱ぎ捨てて素っ裸になり、地底の露天風呂に飛び込んだ。
イオはもう囲いの外側の熱湯の川にそのまま浸かり、小ぶりな岩を枕にくつろいでいる。
これが外の世界なら、頭上には空が広がってもっと開放的なんだろうけど、高い岩壁に囲まれているのも特別巨大な風呂にいるみたいな気分で楽しい。
ここの岩はどこも縞模様が鮮やかで、大小色とりどりの鉱物が埋まって光を放ち、薄暗い中でそれがすごく綺麗に見える。
湯に浸かって気持ちがほどけてくると、俺はいつしか奶流のことを考えていた。
心配して手当てに来てくれた奶流。
彼女に知らせずこっそり家を出たこと。何も言わずに来てしまったけど、もう気づかれたろうな。
怒ってるかな。優しくしてくれたのに傷つけてしまったかな。
でも、俺がだんだん人間とは違うものになって行くことを奶流には話せない。
知られたくない。
戦いを続けるうちに結局は知られてしまうのか。
そうなったらなったで、もう今までみたいには付き合えないに決まってる。
せめてこの自然の秘密の宝石箱に紛れ込んだような景色を奶流に見せることができたら、なんて言うかなあ。
水色の瞳を輝かせて感激する奶流の様子。
銀色の髪と少し日焼けしたすらりとした姿を想像する。
あ、ここは風呂だしこれ以上想像しすぎはまずいぞ。
そう思った時。
「ゴワアアアッ!」と周りに反響するイオの凄まじいイビキに、俺の淡い想像はかき消された。




