新月の生まれ 2
ガレージに来ると気持ちが落ち着く。俺の好きな場所だ。
そこでこれからのことを考えながら伯父から譲り受けた古いバイクを点検した。
オフロードタイプで俺が自分で修理し若干の改造も加えた愛車だ。
ボディーもブルーを基調に炎の形のアクセントを入れて塗装し直した。
そのアクセントは俺の両手首の内側にある炎形の刺青と、やけに良く似ている。
愛車をこういう塗装にしたことさえ、俺の内側に流れる異形の血が関係していたせいじゃないかと皮肉に感じる。
俺について世間が知ろうとするより先にこの村を出よう。
伯母達は詳しい事情を知らないままの方がいい。
そう俺は考え続けた。
その前に地底を訪ねてキュクロプス達と話す。
俺はバイクで家出した感じにして、地底に身を潜めることができればいいかも。
思いつくと俺は猫目石のピアスに触れて心でサイオンに語りかけた。
「啓羅、どうした?」サイオンの声が答えた。
「これからそっちの世界に行きたい。イオとも話したいことがあるし。できたらこのまま村を離れて、そっちでしばらく暮らすことはできないかと思ってる」
「今後の作戦会議もあるしそれは構わないが。啓羅、人間達との間でまずいことにでもなったの」
「いや、そうじゃない。でも家族に迷惑をかけるかもって。それが気がかりなんだ」
「そうか。お前には人間としての日々があるからな」サイオンは温かい声で言った。
「でも、俺は合いの子として、やらなきゃいけないことはやり通す。そのためにもね」
「よく言ったぞ。俺たちはお前を待ってるからな」
「わかった。バイクで村はずれに向かうつもりだ。そこでまた呼びかけるよ」
「バイクだと。よし、そうしたら入口を示してやるから、カッコよく飛び込んでこい」
力強く言ってくれたサイオンの言葉に沈んでいた気持ちが上向く。
地底の世界は、場所という感覚が人間の世界と違っている。
それはクラーケンに会いに行った時わかった。
多分この村を離れても、地上のどこからでもサイオン達のいる場所に俺は到達できるだろう。
その時、「啓羅」と呼ばれて波違流伯父がガレージに来ていた。
「どうした。独り言を言ってたぞ」
しまった。
俺はサイオンと心で会話していたはずが、つい言葉にしてしまっていたのだ。
それを伯父に聞かれたに違いない。
伯父はどの辺りから聞いたのだろう、なんとか誤魔化せるだろうか。
「ああうん。あんな風に何かと戦うなんて全く経験ないし、もっと上手くやれないもんかって。一人反省会っていうか」
「啓羅、村を守るためにお前は何かを引き受けた。そうだろう?」
波違流伯父が言った。
「え?どういうこと」
俺は動揺していたけど、とぼけて言った。
でも伯父は言った。
「こんな命がけの戦いを一人で背負うには理由があるはずだ。でも、それがお前にとって人に告げられないものなら言う必要はない。どんな理由があるにせよ私と絵留羅はお前を誇りに思っている」
伯父は俺の両肩に手を置いて正面から俺を見た。
伯父さん、俺を認めてくれてありがとう。
全部を話せなくてごめんなさい。
秘密を知って背負う人間は少ない方がいい、だから。
そう思いながら俺は言った。
「伯父さん。実は俺、村を離れるつもりなんだ。最初の戦いはなんとか勝つことができたけど、次からは連中もどう出て来るか予想がつかない。俺がここの人間とわかれば、この村が狙われるかもしれない。奴らとは砂漠とか、できるだけ人間のいないところで戦いたいんだ」
「お前の考えはわかった。その言葉はもっともだが、私たちは今度こそお前に何もしてやれなくなるな。今も、大したことはできていないが。ただ、心配なんだ」
「それなら大丈夫。俺がどこにいても手助けすると言う人たちとの約束がある。だから俺のことは心配しないでいいんだ。伯父さんはここのみんなのために、これまで通りしてあげてよ」
俺はもう心を決めている。
この場所が大事なんだ、ここに暮らす人たちが大切なんだ。
俺は思いを込めて伯父にそう言った。
「お前が一人じゃないと言うのなら、その人たちを信頼しているのなら、私もお前を信じるよ。必ず無事に戻ってくれ。私たちはお前を愛してるんだ」
俺はうなづいた。
けれど、この先の戦いを通して俺が何者かを周りに知られたら、この村に俺は戻って来られるだろうか。
きっと難しいことなのだろうな。
そう思いながらも伯父の言葉を俺は胸に刻んでいた。
「俺を信じて。それとできるだけ早く、今夜にも出発したいと思っていたとこなんだ」
「そんなに急ぐのか?体の傷も癒えていないのに」
顔をしかめて伯父は言った。
「またいつ連中が現れるか、俺も仲間の人たちも予測できない。だから次の戦いに備えたい。勝手に決めちゃってすまないけど」
そうして伯父と話しているとガレージの前に絵留羅伯母が来た。
今夜この家を出るつもりでいる、そのことを伯母にも話した。
「どこに行くか、はっきり言えなくてごめん。俺はバイクで家出した、旅に出た。そういうことにして欲しいんだ」
そう言って、これまで息子として可愛がり、育ててきてくれた二人を俺は抱きしめた。
絵留羅伯母は俺を抱きしめ返すと、黙って涙を拭っていた。
それから、少しばかりの着替えや身の回りのものをまとめると、俺はバイクのエンジンをかけた。
「愛してる。どうか気をつけていってらっしゃい、啓羅」と伯母が言い、「気をつけてな」と伯父が言った。
二人にうなづいて俺はガレージからバイクで外に出た。
敷地を出て、道に出ると向かいの奶流の家からアニスが吠える。
まずい、静かにするんだアニス。
奶流には黙って行くんだから。
胸が痛むけどそう自分に言い聞かせながら、俺はサイドミラーに目を走らせた。
ガレージで見送る伯母夫婦に手を挙げて合図すると、バイクを加速させて家を後にした。




