新月の生まれ 1
その時、突然激しい頭痛に襲われた。
「ああ、頭がやけに痛いや!どうしたんだ急に」
痛みのために俺は唸った。
「啓羅、どの辺が痛いの?あれ、これ何だろう。おでこの真ん中に何かあるよ」
そっと確かめると痛みの中心は額の真ん中で、急に熱を持ったように熱く腫れている。
もっとしっかり確かめたいけど激痛のあまり触れない。
痛さで冷や汗が出て来てめまいがする。
「せめて横になったら」
奶流が手を貸してくれて力なくベッドに横たわった。
この痛みの正体は一体何だろう。
確かに戦闘ですごく疲れているし、とりあえず痛み止めと鎮静剤を飲んで休もう。
やっと奶流のそばに戻れたのに。
悲しくなった。
心配そうな顔の奶流はベッドに入った俺のそばにいてくれて、いつの間にか俺は眠りに落ちたようだ。
その夢の中にまでキュクロプスの世界が現れた。
俺はイオの工房に居て、彼と武器や戦い方について話し合っている。
「コイルみたいな働きをする投げ型のスピナーを沢山作りたい」俺はイオに言った。
「それをどうする?」
「それを放るか打ち出して空中に電磁波の地雷原を作る。そしてそこに連中を追い込む」
「なるほど。でも追い込むには知恵がいる!うまく掛かるかな」
「そこなんだ。今度はおそらく連中は複数で俺を狙うと思う。そこをついて少なくとも一つ、うまくいけば二つ捕まえたい」
そう俺が言うとイオはニヤッと笑って言った。
「面白いことになって来た。お前は野心家だ!そして命知らずな新月の生まれよ。お前は簡単には死なんよ、いや、死ねないんだ!」
「死ねない?どういうことさ」
「どういうことだのそういうことだの、お前ときたら。つまりは、……」
そこで目が覚めた。
目が覚めた時奶流の姿はなく、ベッド脇の目覚し時計の下にメモがあった。
『啓羅、よく眠れますように。早く傷が治りますように。また傷の具合を見に来るね 奶流』
体のあちこちに負った火傷の痛みはほとんど良くなり、あのひどかった頭痛も消えた。
が、額の中央の腫れものはそのまま。
そっと指で触るとしこりみたいで、やはりそこは痛い。
キュクロプス達に聞いたら何かわかるだろうか。
さっきまでの妙な夢のリアルさがつきまとっている。
そして俺は絵留羅伯母と話したかった。
俺の出生についてキュクロプスから聞いたことを。
俺が新月の生まれでそれは隠されている、それを伯母に確かめたい。
村の小学校で教師をしている伯父と伯母は、あちこちに避難している子供達の集合場所を日替わりで巡回しながら授業をしていて毎日帰宅は遅い。
あり合わせのもので夕食の支度を整え、俺は伯母たちの帰りを待った。
「啓羅、戻ったんだね。傷は奶流が診てくれたのか」
二人が家に帰ってきて、波違流伯父が言った。
「うん。手当てしてもらったよ」
「戦っている様子を心配したけど、眩しくてよく見えなかった。どうなったのかと思っていたよ。啓羅が押していて化け物が退散したから、啓羅が勝ったと思ったけどね」と絵留羅伯母。
強い光でみんなはじっと見てはいられないんだ。
それは俺にとっては助かる。
俺の正体はなるべく知られたくないからラッキーだ。
その夜遅くやっと、絵留羅伯母に俺が地底で経験したことを話した。
「伯母さん、奶流と村はずれの穴を見に行った日に、なぜか俺だけが地底に引き摺り込まれた。そこには伝説でしか知らない一つ目のキュクロプス族と言う連中がいた。そして彼らに、俺が人と神の一族との混血で、新月の日に生まれたはずと言われた。俺の経験した本当のことなんだよ」
伯母は俺の目を見て話に耳を傾け、そして言った。
「疑ったりしない、啓羅。このことはずっと十六年間私だけの秘密だった。でも知ってしまったのね。そうよ。その人達のいう通り、あなたは新月の生まれなの」
やはりキュクロプスの言った通り、俺には異形の血が流れていた。
胸の奥に、寂しさとも悲しみともつかない思いがひたひたとやってくる。
「俺は純粋な人間じゃないんだよね。じゃあ俺は何者かって思い続けてる。本当のことが知りたいよ」
「そうよね啓羅、落ち着いて聞いて。これからあなたの母さん、森羅のことを話すわ」
絵留羅伯母は言った。
十六年前。
俺の母、森羅が十八歳の頃に恋人ができた。
でも相手は当時の村の男ではないらしく、伯母が誰なのかと尋ねても、森羅は口をつぐんで相手の名前を明かさなかった。
「彼と一緒になりたいけど、そうなると村を出なければならない。うんと遠くにいかなきゃならないの」
思いつめた様子でそう言ったけれど結婚するという形にはならず、森羅は悩んだ末に相手と別れたようだった。
別れてしばらく経ってから体調に異変を感じた森羅はヒーラーだった奶流の祖母、沙或を訪ねた。
沙或に諭された森羅はついに姉の絵留羅に打ち明けて、一緒に沙或のもとを訪ねた。
「森羅はおそらく神と通じ、人ならぬものを身ごもっています」
沙或はそう言い伯母はとても驚いた。
地底世界のエネルギーを秘めた命が森羅の内に宿っている。
太陽のエネルギーが強すぎる人間界で出産するのは森羅にとって難しく、命とりになる危険が高い。
「一緒に地底で暮らすようにと彼にも言われました。でも、私は地上を離れることを選べず、彼について行くことができませんでした」
森羅は沙或に言った。
「森羅、覚悟が必要ですよ。定めによって、お腹の子は新月の日に誕生します。神の子であるこの命を摘み取ることは許されません。森羅の命は危険に晒されるけれど、この出産は秘密裏に進めるしかないでしょう」
森羅は身ごもったことをひた隠し、沙或と絵留羅とともに密かに出産の準備を進めた。
月日は流れて沙或は新月の真夜中に出産に立ち会い、赤ん坊を取り上げた。
赤ん坊は男の子。
苦しい出産の後、息も絶え絶えとなった森羅は寝床で赤ん坊を抱いた。
「可愛い子。あなたをこうして抱けただけでも私は幸せ。この子は啓羅、と名付けます」と笑顔を見せた。
沙或は誕生の日付を変えた出生証明書を作って森羅と絵留羅に示した。
「これを村に届けなさい」
「ありがとう沙或。こんなことをさせて、あなたには申し訳なく思います。でも、どうかこの子のことだけは守っていただきたいの」
姉妹は言って沙或はうなづいた。
その数日後、赤ん坊を絵留羅に託して森羅は息を引き取った。
絵留羅伯母は沙或が作った出生証明書を届け、長く子供に恵まれなかった自分達夫婦の間の子として俺を育てることにした。
「今まで秘密にしていてすまなかったね啓羅。両親とも死んだというのは嘘だった。ずっと嘘をついてごめんね。あなたは可愛くて元気で明るくて、ほかの子と違うところなんて全然ない。新月生まれがどうのなんて、おかしな話だって思った。ただ、あなたが新月の生まれであることは、波違流も知らない秘密なの」
そう伯母は言った。
実の母の森羅のために、俺のために。
十六年の間、伯母は秘密を持ち続けなくてはならなかった。
そして、もう亡くなったとはいえ奶流の祖母だった沙或も。
俺は伯母たちのためにもこの秘密を守らなけりゃいけない。
けれど最初の太陽との戦いで俺は世界中の注目を集める存在になった。
夕食の支度をしながらテレビをつけると、俺の戦闘の様子が流れていた。
テレビカメラに捉えられ、世界中のマスコミに取り上げられたらしい。
今はまだ俺の正体について憶測が飛び交い、空中を駆け回る姿などは映像の合成だという意見も出ている。
これ以上注目され、調べられるのはまずい。
救いはやはり相当に眩しかったことで、俺の姿や武器も鮮明な画像は出ていない。
武器や戦い方は誰が見たって疑問を感じるよな。
たかが十五の少年が得体の知れない相手に一人で挑むなんて。
とにかく伯母達には迷惑をかけたくない。
大切な身内を守るためにはどうすれば?
「伯母さん、もし何か聞かれるようなことがあったら、俺のことは元から武器だの何だののマニア少年ってことにしておいてよ」
「啓羅……」
「ね、頼むよ伯母さん。それ以上俺も説明ができないんだよ」
それだけ言うと、俺はバイクを置いてあるガレージに向かった。