午前三時の熱波
君の生まれた国では、君の生まれた日には、
どんな月が夜空にかかっていただろう。
どんな月が出ている日に君は生まれたのか。
満月、それとも新月?
俺の名は啓羅。
俺は実の両親を早くに亡くし、母の姉で子供がいない絵留羅伯母さん夫婦の子として育てられた。
でも両親が亡くなったのは、俺が本当にまだ赤ん坊の頃だったらしく、親のない悲しみや胸の痛みは正直よくわからない。
まあ、それは俺が無神経だっていうだけかもしれない。
実際俺は明るい方だしクヨクヨしないタチだ。
それは育ててくれた伯母たちの優しさがそれだけ大きかったからだろうと日々感謝している。
俺は、どういうわけか刀剣や銃器に人一倍興味があって、一目見るとそれがどのように作られているかがわかる。
大人たちは不思議がるけど特に専門書を読んだり勉強したことはない。
ただ直感的にどこをどう改良すれば、もっといいものになるかもわかる。
ひょっとして俺は天才なのかも。
将来は鍛治職人になりたいから、天才鍛治職人と名を馳せることになるはず。
十六の誕生日を迎えたら、家を出て鍛治職人に弟子入りすると決めていた。
何もないけど素朴な田舎の村で、自然と穏やかな大人達や友達に囲まれて育ってきた。
そんな俺の暮らす村に、ある日とんでもないことが起こった。
猛烈な暑さと眩しさで叩き起こされた。
でもまだ眠い。
それもそのはずで、枕元の時計は午前三時を指している。
だが外は真昼の明るさだ。
一体何が起こったんだ?
窓から外を覗くと大人たちが集まり外で騒いでいた。
暑さで空気がユラユラ揺らいで陽炎が立っている。
外に見えるうちの庭や向かいの家の菜園の草木が軒並みしお垂れて、いつも俺に吠えつく向かいの家の飼い犬アニスもぐったりとうずくまっていた。
帽子をかぶったり傘を差した大人たちが空を指差し、目の上に手をかざして叫んでいる。
「五つだ!五つある」
「ありゃ本当か?」
俺はパジャマがわりの短パン一枚で外に飛び出した。
暑い!
異常なほど外は暑く、そして見上げた空には。
太陽が五つ!
一列に行儀よく並んでギラギラと輝いている。
なんだこれは?
しかも、ゴウゴウと響く音がする。
その音に大人たちは気づかないのか誰も反応していない。
でも俺にははっきり聞こえた。
「虫けらめ、虫けらめ」
五つの太陽のうち四つがそう言って俺たちを見下ろしあざ笑っているようだった。
残る一つだけは、決まり悪そうに黙っている。
顔が見えるわけじゃないのに連中の思ってることが伝わる気がする。
俺は頭がおかしくなったんだろうか?
しかし、とにかく暑すぎる。
焼け死にそうで家の中に戻った。
そもそも太陽が五つあることが異常事態。
それに連中は人の言葉を話していて、少なくとも俺には聞き取れる。
そして他の人間には聞こえていないらしい。
何が起こっているんだ?
居間に行くとパジャマ姿の絵留羅伯母夫婦がテレビに釘づけになっていた。
「啓羅、脱水になるよ。これを飲みなさい」と伯母が水のボトルを渡してくれる。
カラカラになった喉に水を流し込みながら一緒に臨時ニュースを見た。
テレビの中もとんだパニック映像で何の情報も無いに等しい。
突然現れた四つの太陽が、これまでの一つと合わせて地球を焼いている。
五つの太陽は地球から自由に離れたり近づいたりしていて、今日未明からいきなり徒党を組んで地球に急接近してきたものらしい。
このままでは地球は焼け焦げ人類はおろか生き物すべてが滅亡の危機にさらされる。
でもやはり、連中が人語を話すと言う情報は全く出ていない。
さっきの連中の言葉は俺の幻聴?
急な暑さで頭がやられたってこと?
また連中は今のところ五つとも「太陽」と呼ばれてはいるが、その実態は不明ということだ。
知能と熱を発するエネルギーを持った未知の生物が地球侵略を意図して現れた可能性もある。
それから半日余りがたった。
ニュースで聞いた外の気温は五十度。
まるで砂漠みたいな暑さだ。
外も静まり返り、もう誰一人外には出ていない。
みんな家の中に避難し、ただ耐えている。
やがてテレビで非常事態宣言が流された。
むやみに外に出ないように、水分補給をするように呼びかけられた。
俺も暑さで頭が朦朧としてきて、伯母達もソファにもたれてぐったりしている。
その時急激に外が暗くなった。
同時に俺はまたゴウゴウという連中の言葉を聞いた。
それはこう言った。
「今日はこの辺にしておこう。虫けらどもはだんだんと弱らせなぶり殺しにしてやるさ。なあ兄弟」
「慌てるところも見飽きた。弱って穴倉に引っ込んだのも多いな」
「あっけない連中だ。この星は脆弱すぎるな、退屈で遊びにもならないだろうよ」
奴らが兄弟だって?
そしてこれが遊びだと?ふざけるな!
その後夕暮れもなくいきなりストンと外が真っ暗になった。
連中が地球から遠ざかったのだ。
街路灯も少ない田舎なので、急激に闇の世界に落ちたようだ。
今度は逆に一日中まるっきり光のない夜の状態が続いた。
もう一週間も真っ暗なままで、気温も下がり外は肌寒い。
パーカーを羽織って懐中電灯を手に外を歩くと、地面はところどころ乾いてひび割れている。
まるで干ばつ地帯の写真そのままだ。
五つの太陽が来たあの日、この辺りの木や雑草はすっかりしおれたけど、少し持ち直している。
あたりを歩きながらそう思っていると、向かいの家からも懐中電灯を手にした人影が近づいてきた。
「啓羅、何してるの?」
「奶流か」
声の主は向かいの家に住む幼なじみの女の子、奶流だった。
奶流の家は農家だから五つの太陽の急襲で大打撃を受けたはず。
「畑とハウスの様子はどう?」
「もう今年はここまでの苦労が水の泡。でもこれから植えるものがあるから、またあんなことにならなければどうにかって父さんたちと話してる」
「あれは何だったんだろうな」
「全部が太陽なのかな?太陽があんなふうにうろちょろするなんて信じられないよ。ねえ啓羅、村はずれの地面に穴があいたって知ってる?」
「それ、俺も昨日聞いたよ」
村はずれの地面が地震でもないのに直径十メートルくらいの範囲で沈み込んだそうだ。
何かの影響か無関係なのか興味がある。
俺はそこを見に行きたいと思っていた。
またいつ連中が来るかもわからないけど、こうして為す術もなく怯え暮らす一週間に早くも飽き飽きしていた。
「俺、見に行こうかな」
「何だか分からないんだから、やめといたら」
「奶流はここに居なよ。俺が見て来てどんなだったか教えるからさ」
奶流は女の子だし危険な場所には近づかないほうがいい。
彼女は俺より二つ年上の十八歳。
長く伸ばした輝くプラチナ色の髪は大抵一つに束ねていて、水色の瞳に自分の家で採れるサクランボみたいな唇をしている。
小麦色の肌にすんなり伸びた手足のうぶ毛もプラチナ色で、日の光を浴びると輝いて見える。
実家の農家を手伝っていて夏はいつもTシャツにジーンズかショートパンツ姿だ。
そのTシャツの鎖骨あたりから胸元が、俺はこの頃どうしても気になってしまう。
奶流は綺麗だ。
俺は彼女には内緒でそう思ってる。
「嫌だよ、それなら私も行く。啓羅、一緒にちょっとだけ見に行こうか?」
向こう気が強い奶流がそう言った。
しょうがないなぁ……。
そしてきっぱり断れない俺も。
時間的には昼のはずだけど、俺と奶流は懐中電灯を手に暗がりを歩き村はずれを目指した。
奶流は散歩がてら愛犬のアニスも連れて来た。
俺が奶流の家の前を通るとほえ付くくせに、彼女と一緒だとアニスはおとなしい。
しばらく歩いていくと、行く手に地面の陥没している場所が見えてきた。
「あそこだね」と奶流。
近寄って光を当てながらしばらく眺めていると、中心の一段と窪んだ場所から急に地鳴りがした。
火がついたようにアニスがキャンキャン吠え出す。
「何だ?地面が動いてるぞ!」
「気持ち悪いよ。啓羅、帰ろう!」
陥没した場所の中央が蟻地獄のようにさらに落ち込み、そこに向かって土が落ち込んで、だんだんと穴が大きくなる。
まずい、足を滑らせたら大変だ!
「奶流、戻ろう!」
俺は奶流の手を引っ張って引き返そうとした。
あれ?おかしい!
穴に磁石で引き寄せられるように、引き返すことができない。
アニスが怯えて、もと来た方へ走って行く。
俺は奶流の手を引いていたはずが、逆に奶流に手を引かれていた。
おかしい!待てよ、なぜなんだ?
わかった俺だ!
俺だけが引きずり込まれている!
俺はとっさに奶流の手を離して押しやった。
「奶流行け、逃げろ!逃げて助けを呼んでくれっ!」
やっぱりだ。
奶流と俺の距離が遠くなって行く。
俺だけ引きずり込まれて、奶流はさっきいた場所に止まっている。
「いやっ啓羅!嫌だよ、いやーっ!」
奶流は叫んで俺の方に戻ろうとした。
「ダメだ、奶流!戻れ早く、助けを呼んでくれ!」
頼む戻ってくれ奶流。
俺はどうなるかわからないけど、おまえは飲み込まれちゃダメだ。
「早く行けっ!」
奶流は凍り付いていたけど、やはり引き込まれてはいない。
反対に俺はだんだんと穴の中心に落ち込んでいく。
ぽっかりと暗い穴に。
「早くっ!」
また俺が怒鳴ると奶流はやっと少し後ずさった。
でも間もなく俺は穴に沈み込み、奶流の姿を見失った。
ああ、くだらない好奇心に俺は殺される羽目になるのか?
くそ、動ける限りはあがいてやるさ!
とりあえず奶流さえ無事でいてくれるなら。