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第87話

 夜になり、シュウが春樹も連れて、やってきた。春樹は、テーブルの上に転がった酒瓶やビールの缶、コンビニ弁当が手付かずで山積みされているタワーを見て、言葉を失っている。


「翼、今日は春樹んところのオードブルだ。心して食えよ。」

「さんきゅ~!コンビニ弁当ばっかで飽き飽きしてたんだ。」

「よく言うよ。ほとんど食ってね~くせに。」


シュウは苦笑いしながらオードブルの容器を開け、春樹は黙ってテーブルの上に転がったビールの缶を、袋にまとめ始めた。

ある程度片付いたところで、オードブルや冷えたビールをテーブルへ置き、三人で軽く乾杯をする。


「翼、無精ヒゲは何とかしろよ。モデルの面影も無いような不審者に見えるぞ。」


シュウはビールに口をつけながら、苦笑いをしている。


「どうせ何処にも出掛けられね~し、面倒くせぇよ。」


春樹は眉間に皺を寄せて、服や洗濯物が散らかった部屋を見回している。


「翼……もしかして、ソファで寝泊まりしてるのか?」

「まぁな。」

「ちゃんとベッドで寝ないと、治るものも治らないぞ。」

「……この方が、動く範囲が少なくて、楽なんだよ。」

「そっか……」


春樹はそれ以上、何も聞いてこなかった。勘が鋭い春樹の事だ。ベッドで寝たくない理由は、何となくわかっているのかもしれない。


一人で寝れる筈が無い……百合ちゃんの残り香がするベッドなんかに……


俺は退院してからというもの、ほとんど現実逃避のように酒を飲み、いわゆる荒れた生活を送っていた。


「翼、昨日、社長が俺のところにきたぞ。リハビリへ行くよう説得してくれってな。」


ちっ……あのくそ親父、シュウに泣きついたか……


「あいつの言う事なんか、聞かなくていいって。」

「遅れてきた反抗期かよ。」

「……別にいいだろ。」

「まぁ、お前の気持ちがわからんでも無いが……」

「あいつの自業自得だ……」


溜め息をつきながら、ビールを流し込む。


「だけどな……今のお前の姿を見たら、百合さんは何て言うか……」


……えっ?


何となく、シュウの呟きに違和感を覚えた。


「シュウ、お前、百合ちゃんの居場所を知ってるのか?」

「あぁ、知ってるよ。」


事も無げに言ってのけたシュウに、食いつくように身を乗り出す。


「教えてくれ!何処にいるんだ!」

「……知ってどうする?」

「逢いに行くに決まってる!」

「百合さんの負担になりに行くつもりか?」

「何だと?!」

「今のお前には教えられね~よ。ぐずぐず反抗期引きずって、何もしようとしねぇお前にはな。」

「てめぇ、黙って聞いてりゃ……」


頭にカッと血が上り、シュウの胸ぐらを掴もうとソファから下りる。掴みかかる直前、春樹が二人の間に身体を入れて、止めに入ってきた。


「まて!翼、落ち着け!シュウも言い過ぎだ!」


くっ!

空を切った手の勢いに、思うように動かない右足では踏ん張る事も出来ず、ドサッと床に倒れ込んでしまった。


「翼!大丈夫か!」

「触るなっ!」


素早く駆け寄ってきたシュウの手を、思いっきりはね除ける。


「……翼……」


息を飲むような声で、シュウが俺の名前を呟く。だけど、それを気遣う余裕なんて、俺には無い。


「何で……俺が、こんな……」


思い通りに動かない右足をどうする事も出来ず、やり場の無い悔しさに、倒れたまま拳を握り締める。

シュウは声を落としたまま、言葉を続けた。


「翼……お前の悔しさも、よくわかってるつもりだ。だから、こんな生活送ってるお前に、今まで文句も言わなかったんだ。」

「……」

「だけどな……今のお前は、ただ拗ねてる中坊と変わらねぇよ。これ以上、見てらんねぇんだよ。」


シュウのかわりに春樹が俺を助け起こし、ソファに座らせてくれた。そして、俺を伺うように、顔を覗き込んでくる。


「私も、シュウの意見に賛成だ。百合さんの居場所を知っているが、今の翼には教えるつもりは無い。」

「春樹まで……」


眉間に皺を寄せる俺を諭すよう、春樹は静かに続けた。


「今の投げやりな生活を送っている翼を見たら、百合さんは絶対に、自分を責めると思わないか?」

「それは……」

「それこそ百合さんに、一生消えない罪悪感を負わせる事になるぞ。それは、お前の本望か?」

「……」


一度、感情を爆発させると、冷静に物事を考えられるようになってくる。


確かに、二人の言うとおりだ……足が動かないままの状態で百合ちゃんに逢っても、百合ちゃんに世話の負担を強いるだけだ……しかも愛情ではなく、俺をこんな身体にしたという罪悪感で……


「お……俺は……」


俺は……足を動かせるように努力もせず、置かれた環境を嘆くだけで、何もしてない……

だけど……


冷静になると今度は、心の奥底に閉じ込めたはずの喪失感が、沸き上がってくる。


「ただ……一目でいいから、百合ちゃんに逢いたい……」


俯きながら涙声まじりに、声を絞り出す事しか出来なかった。


コトン……

ふと、目の前に酒瓶が置かれた。シュウが差し出してきた酒は、フォアローゼスのプラチナだった。

まだ付き合う前、百合ちゃんと再会出来るよう願掛けをしたバーボン。何も言わずそれを用意してくれるシュウ。


やっぱこいつは、俺の事を俺以上にわかってる……


それからシュウも春樹も黙ったまま、三人で夜中まで酒を飲んで過ごした。


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