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第85話

 「……鳥井さん?」


名前を呼び掛けられ、ゆっくりと瞼を開ける。そこには白い天井と、俺の顔を覗き込む看護師の姿があった。


「目が覚めましたか。先生を呼んできますね。」


いそいそと看護師が視界から消えていき、代わりに白衣を来た医者がやってくる。


ここは……病院?


「鳥井さん、ちょっと診察させて下さいね。」

「……」


喉がカラカラで、上手く声が出ない。そんな俺に構わず、医者は手馴れた様子で俺の服をはだけさせ、冷たい聴診器を当ててくる。


「ご気分が悪いとか、痛むところはありますか?」


そう尋ねられ身体を動かそうとすると、腕や腰、右太ももに激痛が走った。


「っ!!」


それと同時に、百合ちゃんの元旦那に襲われた時の光景が甦ってくる。


はっ!百合ちゃんは無事なのか?!


「あぁ、無理に動こうとしないで下さい。」


なだめる医者に、掠れる声で何とか問いかける。


「……一緒にいた女性は?」

「彼女なら無傷ですよ。」


よ、良かった……百合ちゃんは無事なんだ……


それを聞いて一安心したところで、またしても激痛が襲ってきた。


「全身が……痛い……」

「わかりました。では、点滴に痛み止めを入れておきますね。足は暫く不自由かもしれませんが、怪我が治ったら、リハビリをしていきましょう。」

「はい……」


それから間もなくして、俺は個室に移された。




 ひ、暇だ……


個室に移されてから数日が経ち、ひたすらベッドで横になる日々が続いている。マスコミ対策とやらで、見舞いには誰も来られないようにしているらしい。病室を訪ねてくるのは、事務所の社長だけだ。しかも何故だか、甲斐甲斐しく俺の世話をしている。


「あの……」

「何か欲しいものでもあるのか?」


慣れない手つきで俺の服を畳む社長に、何度目かわからない同じお願いをしてみる。


「せめて百合ちゃんだけでも、来て貰えるように出来ませんか?」

「……何度も言ってるだろ。マスコミ対策で、来るのは私だけに絞っていると。何人も許可すると、病院にも迷惑をかけるからな。」

「ですよね……」


百合ちゃん、元気にしてるかな……声が聞きたいな……お腹の赤ちゃんも元気かな……

って、そうだ!


肝心な事を思い出し、改めて社長へ顔を向ける。


「社長。俺、退院したら、百合ちゃんと入籍する事に決めたんで。」

「……結婚は焦らなくてもいいだろう。まずは怪我を治した後にリハビリをして、動けるようになる事を考えろ。」


まぁ、普通はそう言うだろうな……でも、俺には家族が出来るしなっ♪


コホンと、わざとらしい咳払いをし、満面の笑みを浮かべる。


「いやぁ~、実は、赤ちゃんが出来たんですよね~♪」


社長の動きが、ピタッと止まった。


「……今、何て言った?」


実の子供と認めて貰えていないとはいえ、社長は間違いなく俺の父親だ。身内に報告する照れ臭さを感じながらも、言葉を続ける。


「百合ちゃんのお腹に、俺の子供がいるんです!俺、父親になるんですよね~♪」

「……」

「まぁ、リハビリをしなきゃいけないんで、結婚式は赤ちゃんが産まれた後になると……」

「……」


社長は目を見開いたまま、固まってる。あまりの驚き振りに、思わず報告を止めた。


「……社長?」

「……」

「社長、どうかしましたか?」


俺の呼び掛けに社長はハッと我に返り、今度は不自然な程、目を泳がせ始めた。


「そ、その……間違い無いのか?」

「何がですか?」

「子供は……」

「間違い無いです!ちゃんと病院で判明してますんで♪」

「そ……そうか……」


社長は俺から目を逸らし、落ち着きなく椅子から立ち上がった。


「き、急用を思い出した!何かあれば、看護師を呼んでくれ。」

「……?はい。」


それから違和感を感じるくらい俺と目を合わせる事無く、社長はそそくさと病室を後にした。




 「……何なんだ?」


結婚に反対って感じでも無さそうだけど、想像以上の狼狽振りが、何か引っ掛かるんだよな……


「まぁ、いっか♪名前は何がいいかな……男の子と女の子、どっちかな……」


この時俺は、百合ちゃんとまだ見ぬ子供に囲まれて過ごす将来を思い浮かべ、社長の事は深く考え無かった。

まさか百合ちゃんが居なくなるなんて、想像すらしていなかった。




 傷も塞がり、車椅子に乗れるようになった。いよいよ退院だ。


やっと百合ちゃんに逢える♪


逸る気持ちを抑えつつ、社長が押す車椅子に乗り、病院の裏口から久しぶりに外へ出た。


「ふわぁ~!やっぱり外の空気はいいなぁ~♪」


日の当たらない駐車場ではあるけれど、解放感から思いっきり上半身を伸ばして空気を吸い込む。


「医者も言っていたが、まだ傷口が塞がったばかりだ。無理をして動くなよ。」

「わかってますって♪」


呆れたように嗜める社長の小言を、話半分に聞き流す。

それから腕と動く左足を駆使して、迎えの車に乗り込んだ。


車窓から流れる景色さえもどかしく感じながらも、見覚えのある風景が見えてくると、むねの高鳴りが止まらなくなる。


そうだ!改めて社長に百合ちゃんを紹介しよう!百合ちゃんのご両親に会う時には、親代わりに会って欲しいと、お願いしてみよう!


そんな事を考えている間に、車はマンションに到着し、社長が押す車椅子に乗り換えた。


部屋の前まで来ると、社長が鍵を取り出してドアを開けた。


「ただいま~♪」


満面の笑みで玄関ドアをくぐった俺を出迎えたのは、寒々しい真っ暗な部屋だった。


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