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第83話

 元夫は、駆け付けてきた警察に、現行犯逮捕された。

救急車で運ばれた翼くんは、緊急手術を受けて、今は、主治医の説明を聞きに、翼くんのお父さんである事務所の社長と、お兄さんの専務が診察室へ入っている。


こんな時、親族で無い私は、診察室前の長椅子に座って待つ事しか出来ない。


ガラッ……


どれだけ時間が経ったのだろう。ふいに診察室のドアが開き、社長と専務が出てきた。


「またお前か……よくもウチの商品を駄目にしてくれたな……」


長椅子から立ち上がった私に目を留めた専務が、詰め寄ってくる。


「どれだけの損害が出ると思ってるんだ!」


怒鳴り声にビクッと身体をこわばらせた時、社長、つまり、翼くんのお父さんが専務の肩に手を置いた。


「この人と話がある。先に車へ戻っていなさい。」

「はい……」


私に一睨した後、渋々ながらも専務は、エレベーターホールへと向かった。


「君に怪我は?」


専務の姿が見えなくなったのを確認して、翼くんのお父さんが尋ねてきた。


「私は大丈夫です。翼くんが庇ってくれましたので……」

「服に付いている血は?」

「……翼くんのものです。」

「そうか……君は無事なんだな。」


翼くんのお父さんの顔には安堵が見える。


自分の息子が酷い目にあわされた原因は私にあるのに、私の事まで心配してくれている……


「あの……翼くんの容体は……」


教えて貰えないかもしれないけど、思いきって尋ねてみる。翼くんのお父さんは、何処か言い難そうに口ごもりながらも、ポツリと語りだした。


「翼は……命に別状は無いそうだ。出血量が多かった為、今はまだ意識は戻っていない。数日のうちに目が覚めるとの事だ。」

「そうですか……」


ほっとひと安心し、小さく息を吐き出す。


「ただ……」


顔を痛々しそうに歪めながら、翼くんのお父さんが言葉を続けた。


「全身に傷が残るだろうから、モデルをするのはもう無理だろう……」

「そんな……」

「それと、右足大腿部の傷が深いようで、自力で歩くのは難しいかもしれないらしい……」


そこまで酷かったなんて……


「もちろん、リハビリをすれば歩ける可能性はあるが、俳優も続けられないだろう……」


聞かされた現実に、顔がこわばり、手が微かに震えだした。


「も……申し訳ございません!」


震える手をギュッ!と握り、翼くんのお父さんに向かって、思いっきり頭を下げた。こんな事で許される筈も無いのはわかっている。

だけど、聞こえてきた翼くんのお父さんの声は、意外にも穏やかなものだった。


「……私はね、君に感謝していたんだよ。」


えっ……?


思わず顔を上げて、翼くんのお父さんに目を向けた。


「聞いているかもしれないが、私はあの子に寄り添ってやる事が出来なかった……優しく接する事さえも……」

「……」

「だから、君とお付き合いを始めて、あの子の本当の笑顔を見た気がしてね……渋っていた俳優への転身も自らが進んでするようになったし、物書きも楽しそうだった。君があの子の能力を引き出してくれたおかげだ。」

「そんな……元々翼くんが持っていた才能です。」

「それでも、きっかけは君のおかげだと聞いている。」


翼くん……私の事を、そんな風に言ってくれていたんだ……


「だが……」


不意に、翼くんのお父さんの声が硬くなった。


「同時に心配もしていた……不倫の噂や、クスリの使用をでっち上げられた事で、それ以上のトラブルが無ければ良いと……」


謝っても謝りきれない……今回の事で、翼くんからモデルや俳優の仕事を奪い取ってしまった……何てお詫びをしたら……


もどかしさに唇を噛み締めていると、翼くんのお父さんが、いきなり私へ深々と頭を下げてきた。


「このとおりだ!あの子と……息子と別れて欲しい!」


えっ……?


「君達が本当に思い合っているのは承知の上で、お願いだ!」

「か、顔を上げて下さい!」


翼くんのお父さんの肩に手を添えて、頭を上げて貰う。


「あつかましいお願いかもしれませんが、翼くんの足が不自由になるというのであれば、私にお世話させて下さいませんか?」


こんな時こそ、翼くんの力になりたい……俳優でなくても、モデルでなくても、関係ない……翼くんの傍で支えたい……翼くんの心を守りたい……


だけど、そんな思いは、すぐに否定された。


「……その間に、また君の元旦那が出所してきたらどうするんだ?もう二度と、一生襲って来ないと……安全を絶対に保障出来ると言えるかい?」

「それは……」


何も言い返せない……

すべては、元夫がやった事……私と関わらなければ、起こらなかった事……


「君があの子の傍を離れれば、元旦那に狙われる事も無くなるだろう。私はもう二度と、あの子に今回と同じ思いはさせたく無い……君が傍を離れてくれる事が、あの子を守る一番良い手段なんだ。」

「私……は…………」


頭の中が真っ白になって、言葉が出て来ない……翼くんと別れるなんて、考えもしなかった……


「頼む……親として、あの子は私が必ず守る事を約束する。だから、何も言わずに、あの子と別れて欲しい……」


何も言えず、俯く私の肩に軽く手を触れ、翼くんのお父さんはエレベーターホールへと静かに向かった。


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